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🔖T-06
レテ川を下ってる最中おかしなタコの魔物に襲われて、そいつは適当に倒したんだけど、やたらしつこいタコの追撃で俺は筏から落っこちてしまった。
一瞬でいろんなことが頭をよぎって、前にも落ちただろってユリに言われたのを思い出した。
あの時は水中で気絶してた俺をワッカが助けに来てくれたんだっけな。
でもこの世界にワッカはいない。ブリッツ選手並みに泳ぎが得意なやつだって、きっといない。
それでも水中は俺の領分だ。いくら流れが激しくたってすぐに筏まで戻れる。そう思ってたんだけど。
この世界には幻光虫がいない、なんて言われても、だから何? って感じだった。……今までは。
今、水の中でもがきながら意味分かんないくらい苦しい。
長く息を止めていられない。水流に揉まれて手足も思うように動かない。
目をしっかり開けていても景色はぐるぐる回って行く先が分かんないし、あちこちで岩にぶつかって体が悲鳴をあげた。
なんとか水面に顔を出して息継ぎしながら流されていく。
気がついたらユリたちの乗ってる筏なんかどこにも見えなくて、俺は一人ぼっちで川の下流にいた。
「マジかよ……」
流れが緩やかになってたから、泳いで岸に上がる。やっぱり誰もいない。
水に濡れた体が急速に冷えてきて……バージ島に流れ着いた時のことを思い出したら、すげえ心細くなった。
たとえ一人ぼっちになっても、それは俺だけじゃない。
俺とは違う異世界から来たユリ、自分が何者なのか分かんないティナも、同じ空の下で同じ孤独を味わってる。
そう自分を慰めてみたけど、淋しさは和らがなかった。
普通だったら俺が流されるのを見てみんな探しに来てくれただろう。
でも今はダメなんだ。ティナを幻獣ってやつに会わせるためにナルシェへ行かなきゃいけない。
誰も俺を探してる余裕なんかない。だから俺は、この見ず知らずの土地で、一人ぼっちでナルシェを目指さなきゃいけない……。
ビーカネルの砂漠で目が覚めた時は暑くてもう最悪! って感じだったのに、寒くて淋しいよりはあっちの方がいいなって思ってた。
「は、はっ、くしょん!」
本格的に冷えてきた。ティナがいたらファイアで焚き火を起こしてくれただろうな。
俺の着替え、筏に置いたままだ。こんなところで風邪で死んだら笑えないッス……。
でもそうなったらもしかして、スピラに……せめて異界に、帰れんのかな。
なんてことを考えてた時だった。
「ティーダ! よかった、無事だったな」
「……マッシュ!?」
「さっきのでかいくしゃみのお陰で居場所が分かったぜ」
ずぶ濡れのマッシュがどっからともなく現れた。
「もしかして、マッシュも落ちたッスか?」
「ああ。お前が落ちるのを見て飛び込んだ」
「え」
それは落ちたんじゃなくて俺を助けようとしたってことじゃないのか。
同じところに流れ着いてよかった、ってあっさり言われて、ありがとうって言うタイミングを逃してしまった。
ユリも野宿は手慣れてたけど、山籠りしてたマッシュはそれ以上だった。
枯れ木を集めてきて火を起こして、とりあえず服を脱いで乾かす。
あっという間にウサギを捕まえてきて捌き、腹ごしらえもできた。
なんか最初にこの世界に来た時のことを思い出すな。
「この川を遡ったらユリたちと合流できるッスかね?」
「うーん……レテ川は分岐が多いからなあ。たぶん、迷子になるんじゃないか」
「じゃあ、どうしよう」
「どこかで現在位置を確かめて、船を借りるのがいいだろうな」
とりあえず村か街かを探して宛もなく歩き始めた。
道中、魔物にも襲われたけどマッシュがいると安心感がある。
格闘家ってすごいな。武器なしでこんなに戦えるやつってなかなかいないと思う。日頃からよっぽど鍛えてるんだ。
そこそこ泳げるみたいだし、ここがスピラだったら絶対ブリッツ選手に勧誘するのにな。
もしもマッシュがオーラカに入ったら、って想像は楽しかった。
フォーメーション考えてゴワーズとの対戦をシミュレーションしてみたり。
あーあ、やっぱブリッツやり足りない。せっかくチームに所属したのにそのままガードになっちゃったもんな。
スピラに帰ったら……オーラカに、まだ俺の居場所はあんのかな。
不思議と、帰れないかもしれないって不安はないんだけど。この物語が終わったらスピラに帰れるってユリが言ってくれたからかもしれない。
しばらく歩いてると山の麓にポツンと建ってる一軒家があった。
あそこで情報を仕入れるか、とマッシュは言った。
「すみません、ちょっと聞きたいんですが」
どうでもいいけどさ、マッシュって見た目のわりにこういう時の言葉遣いとか丁寧だよな。
いきなりドアがバーンと開いて、出てきたのは目付きの怪しいオッサンだった。
「時計の修理屋か? 待ちくたびれたぞ!」
「えっ?」
どう見たら俺たちが時計の修理屋に見えるんだよ。
有無を言わさず家の中に引っ張り込まれる。オッサンは、一人でここに住んでるみたいだった。
「ほれ、そこの壁にかかっとる。もう何年も動いとらんのじゃ。一年……? 五年? いや、十年になるかのう?」
「待ってくれ、俺たちは時計の修理屋じゃな、」
「おお、芝刈機の修理屋か! あんたらのサービスが悪いから表の庭は草がぼうぼうじゃ!」
思わずマッシュと顔を見合わせる。確かに外は「誰も住んでないんじゃない?」って感じだったけど。
「こら修理屋、早くストーブを直してくれ。寒くて寒くて堪らんわい!」
また変わってるし。今度はストーブって。
「どうする? ティーダ、直せるか」
「無理ッス。叩いとけば直るんじゃない?」
「俺と同レベルの発想だなあ」
苦笑しつつもマッシュはストーブに近づいた。
まあ、春が近いってもまだまだ寒いし。こんなとこに一人で住んでて暖房も壊れてるなんて可哀想だもんな。
って、同情したのは一瞬のことだった。
「あっちい!!」
ストーブに触ってみたマッシュが慌てて手を振る。普通に火が入ってたんだ。
「なんだよ、壊れてないじゃん」
「まったく……子供のイタズラじゃあるまいし」
悪質なことするなよって振り向いたら、オッサンはなぜか顔面が青褪めていた。
「子供? 子供じゃと? わしに子供なんぞおらん! ゾッとするわい。変なことを言うなら貴様らも獣ヶ原に放り出すぞ!」
自分で引っ張り込んだくせに今度はさっさと出ていけと俺たちを扉の方へ追い立てる。
「変なやつ。関わらない方がいいんじゃない?」
「そうみたいだな」
結局、ここんちでは何も聞けなかった。でも外に出るとこんなところに行商人と客が来てた。
早速マッシュが客の方に話しかけている。
「旅の者か? 実を言うと仲間とはぐれてしまって、ナルシェにはどう行けばいいだろう?」
黒装束の男は連れてる犬の頭を撫でながら答えた。
「南のドマ王国を抜けるしかない。だが、東の森を抜けたところで帝国の陣地が道を塞いでいる」
「帝国だって? まさか、ドマを狙ってるのか」
「小競り合いがついに本格的な戦争に発展したようだな」
リターナーってのは帝国に反抗してる組織だ。マッシュは、ドマを助けるか迷ってるみたいだった。
「でも俺たちは、急いでナルシェに行かなければならない……」
「俺がドマに案内してやってもいいが」
「本当か。そうしてもらえると助かるよ」
「ただし、気が変わったらいつでも抜けるぞ」
何だろう。この黒装束のやつ、なんとなく誰かに似てるんだよな。誰だっけ。
「俺はマッシュ、こっちはティーダだ」
「よろしくッス」
「……シャドウ」
無愛想で犬を連れてて……あ、そうそう! ナギ平原の崖下にいた祈り子。あいつに似てるんだ。
三人連れになって旅も賑やかに! ってわけにはいかなかったけど、マッシュが明るいから助かってる。
シャドウも、愛想は悪いけどバトルの腕前はすごいもんだし、それに何の用もないのに俺たちを案内してくれてるんだから、たぶんいいやつなんだろう。
変なオッサンがいた小屋を出てから一日ちょっとで俺たちは帝国の陣地に辿り着いた。
「かなり兵士が多いな……」
「ドマ陥落に予定外の時間をかけている。ガストラは焦って戦力を投入しているようだ」
「気づかれずに通り抜けられんのかな?」
「適切なルートを大人しく歩けば問題はない」
シャドウに先導されてこっそり陣地を歩く。フィガロ城から逃げる時に襲ってきた魔導アーマーってやつがずらっと並んでる。
独特の雰囲気が漂っていた。……あれだ。ミヘン・セッションの前みたいなピリピリした空気。
ここにいるのは討伐隊のやつらじゃないし、相手もシンじゃない。けど、なんかすごく嫌な予感がした。
兵士たちの話し声がすぐ近くで聞こえて、見つからないように物陰で立ち止まる。
レオショーグン? とか、ケフカとかって言葉が耳に入る。
ケフカってのは聞き覚えがある。ティナを狙ってフィガロに来て、城に火を放ったあいつだよな。
「あいつ、レオ将軍を追い出して自分が将軍になろうと企んでるらしい」
「けっ。冗談じゃないよ。あんなやつが将軍になるんだったら俺は実家に帰らせてもらうぜ」
「声が大きい。あいつに聞かれたら牢にぶち込まれるぞ」
「分かった分かった」
レオ将軍って誰だい、とマッシュが小声でシャドウに聞いた。
「ここの総指揮官だ。ケフカとはかなり仲が悪い」
「ってことは、それなりに人格者なんだろうな」
なるほど。ケフカが嫌なやつだから、そいつと仲悪けりゃいいやつってわけッスね。
「おっ!? 言ってたらおいでなすったよ。早く持ち場に戻ろうぜ」
そっと覗いてみると、ぞろぞろ部下を引き連れてケフカがやって来た。
フィガロの時はちゃんと見なかったけど……なんか、すっごいな。
「おい、こら! お前たち、ちゃ〜んと見張ってるか、ん?」
「これはこれは、ケフカ様ではございませんか。ご機嫌は如何でございましょう?」
「ふんっ。挨拶などどうでもいい! しっかり見張ってなかったら酷い目にあわせてやるからな!」
……ケフカってさ、いくつなんだ?
ケフカの姿が見えなくなると、兵士たちは「レオ将軍のツメの垢でも飲め」とか「レオ将軍みたいに人間のできた方とは違う」とか、また悪口で盛り上がり始めた。
確かに、レオ将軍ってやつの方は人望があるみたいだな。それともケフカが人気なさすぎなのかもだけど。
そのあと伝令の兵士が来て、見張りの兵士たちは突撃隊に加わるためにその場を去った。
俺たちも先に進むことにする。
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