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🔖05



 サーベル山脈を目指して草原を歩きながら、私は密かにマッシュの腕を引いた。筋肉が固い……。どれだけ鍛えたらこんな風になるんだろう?
 ここまでムキムキにはならなくてもいいにしても少し鍛えたいという思いはある。
 魔法を使えるようになるのは、まだ先だし。一応、毎朝槍の素振りくらいはしているけれども。

「マッシュ」
「うん? どうした」
「ティーダのことなんだけど。あいつ、リターナーの首領みたいな人に会わせるにはちょっと血の気が多すぎるから心配なんだよね」
 彼はティナの一件で間違いなくキレると思われる。もちろん、そこまで詳しいことはマッシュに話せないけれど。
「もしなんかあった時、私だと止められないから、マッシュにも協力してほしいの」
 リターナーのアジトで下手を打ってティーダが恨まれたら困るのだ。

 マッシュはチラッとティーダの方を見つめたあと、なぜか私の髪をぐしゃぐしゃに掻き乱した。
「世話焼きだなあ、ユリ」
「ちょっ、やめ、頭フラフラするから!」
「悪い悪い」
 男子たるもの妄りに女性の髪に触れるべきではないでござる。とカイエンなら言うだろう。
「一応は彼の保護者を自負してるから」
「分かったよ。俺も気をつけて見ておく」
 心配するなとまたしても、今度は優しく頭を撫でられてしまった。なんだろう、この子供扱いは。不服だ。


 山肌に隠れるように洞窟の入り口があった。中はとても入り組んでいて、行き止まりやループだらけ。
 ロックの案内がなければとてもリターナーのアジトには辿り着けなかっただろう。
 ここに所属している者はみんな道を覚えているんだろうか。
 それとも一度仲間として受け入れたからには簡単には外に出さんぞ、という意図もあるのだろうか。
 後者だとしたら少し怖い。

 大勢の兵士と共にバナンが私たちを出迎えた。といって、視線を集めているのはティナ一人。
 適当に挨拶を交わしたあと、バナンはティナの前に立った。
「伝書鳥の知らせで聞いておる。帝国兵を一人で皆殺しにしたとか?」
 一瞬、何を言われたのか分からないような顔をして、理解に到達した瞬間ティナは膝から崩れ落ちた。
「ティナ!」
 顔面蒼白の彼女にロックとティーダが駆け寄って助け起こそうとする。
 ティナは足が震えて立ち上がることができなかった。よほどの恐怖……帝国にいた頃の記憶を思い出しているんだろう。

 案の定、キレたティーダがバナンに突っかかる。
「お前、何なんだよいきなり!」
「ティーダ落ち着いて」
 慌てて羽交い締めにしたものの、力負けして引き摺られる。私の後ろからマッシュが手を伸ばし、ひょいっと襟首を掴んでティーダを引き戻してくれた。
「気持ちは分かるが、ここは俺たちの出番じゃない」
「だけど!」
「今は大人しくしとけ」
 私たちには大した発言権がない。無礼なことをされても、周りにいるリターナー兵の心証を悪くするよりは黙って耐えなければならない。

 まだ自力で立ち上がれないティナをロックが支える。
 いつになく険しい顔をしたエドガーがバナンを睨み付けた。
「バナン様、あんまりなお言葉では」
 ロックは彼女を自分の背後に庇おうとしている。けれど、そこへまた叱責が飛んでくる。
「逃げるな!」
 さあ、ありがたい御高説の始まりだ。耳を塞ぐ準備はできている。

「昔……人々に邪悪な心の存在しない頃、開けてはならないとされる一つの箱があった。だが、ある男が箱を開けてしまった。出てきたのは、あらゆる邪悪な心じゃ」
 嫉妬、妬み、独占、破壊、支配。しかしどうだろう。それらは結局、人間が人間らしくいるために必要なものではないのか。
 それがなかったというなら“邪悪な心の存在しない者”は人間なんかじゃない。
 バナンの話は続く。ティナは怯えた表情のまま聞き入っていた。
「箱の中には一粒の光が残っていた……希望という名の光じゃ」

 希望の光。リターナーにとってはそうだろう。もしナルシェでティナを得ていなければ帝国に抗う方策なんてなかったのだろうから。
「自分の力を呪われたものと考えるな。おぬしの魔導は世界に残された最後の一粒。我らにとって“希望”という名の尊い光じゃ」
 それだけ言い置いて、バナンは疲れたと奥へ引っ込んでいった。

 ロックの計らいでリターナーの兵士たちと顔を合わせずに済む部屋に案内された。
 ティナは未だ消沈しているけれど、辛いも悲しいもなく無表情でいた時よりはマシに見える。
 少なくとも傷つく程度に感情ができあがってきているんだ。
 だからといって、バナンのやり方には腸が煮えくり返りそうだけれど。

 仲間たちは好きなようにアジト内を歩き回って見物している。
 ティナも少し休んだあと、みんなの話を聞いてみることにしたようだ。
「私、自分がどうしたらいいかまだよく分からない。だから、他人が何を考えてるのか知ろうと思うの」
「それはとてもいい判断だと思う。ただ、思考誘導には気をつけてね。あくまでも最後に決めるのはティナ自身だってこと忘れないで」
「うん。ありがとう、ユリ」

 ティナは私の傍らで不貞腐れているティーダに目を向けた。
「ティーダは、どう思う? 私はリターナーに加わるべき?」
「帝国とかリターナーとか、よく分かんないけど。俺はあいつ、好きじゃないッス」
 向こうも好かれるために話してるわけじゃないからね。
 あれはただティナに罪悪感を植えつけて、弱った彼女の精神に自分たちの仲間になるのが正しいのだと囁いただけのこと。
 彼女がリターナーに加わることでメリットがあるかどうかはまた別の問題だ。

「私もバナンのやり口は好きになれない。でも、ティナが自分の正体を知りたいなら彼らと手を組むのも間違いではないと思う」
「そう……」
「他のやつらにも聞いてみたらどうッスか? エドガーは、分かんないけど。ロックとか、マッシュならティナがいいように考えてくれるだろ」
「分かった。そうしてみるわ」
 そうして彼女は他のみんなにも意見を聞きに行った。

 ティナの背中を見送り、ティーダはなんとなく不安そうだ。
「……ユウナとはずいぶん違うでしょ」
「そう、ッスね。ユウナは自分の意思ってやつ、がっちり持ってたからなあ」
 そのせいだろうか、ティナがユウナよりずっと幼く見えるのだとティーダは言う。
 それは……あんまり人に言わない方がいいな。きっと「お前が言うな」と突っ込まれることになる。
「ちなみに、ユウナよりティナの方が一つ年上」
「マジ!?」
 夢の世界で危機に晒されず育ったティーダは、ティナほどではないにせよ、この世界の人たちよりも幼く見える。


 誰の言葉が決め手になったのかは分からないけれど、ティナはリターナーに協力して帝国と戦うことを決めた。
 アジトの奥で作戦会議が始まる。といっても主に発言するのは、バナンとエドガーとロック、そしてティナだ。
 私とティーダはもちろんマッシュもこういったことには蚊帳の外。

「帝国が魔導の力を用いて戦争を始めたのは知っての通りだ。しかし、どうやって魔導の力を復活させたかは知られておらん」
 そのあとはロックが続けた。
「調査によると、ガストラは十数年前から世界中の学者を集めて幻獣の研究を始めた。そして突然、人造魔導士ってやつができあがった」
 テーブルの木目に指を這わせながら、ティナが不安そうに言う。
「魔導の力と幻獣に、何か関係がある……」
 ひいてはティナ自身に幻獣との関わりがあるかもしれないということ。不安になるのも尤もだ。

「魔導と幻獣。この言葉で思い出される事は一つしかない……」
「魔大戦」
「その通りじゃ」
 ティナを注視しながらバナンは話を続けた。
「一説によると、幻獣から力を取り出して人間に注入させた、というが」
「それが魔導の力……?」
「でもティナの魔法は、人造魔導士の魔法とは違っている。生まれつきのものだ」
 そう。変身や共鳴は生粋の幻獣の血がなければできないことだものね。

「ともあれ、お主には魔導の力が備わっている。ティナならば幻獣と話ができないかと考えているのだが、どうだ?」
 バナンがそれを告げると広間にざわめきが起こった。幻獣といえば争いの象徴のようなもの。それと対話するなんて馬鹿げた考えだった。
「危険だが……ティナともう一度反応させれば、幻獣が目覚めるかもしれん」
 思わず挙手をして割り込む。
「それで幻獣が暴れだしたら? あるいはティナに何かあったら、責任をとれるんですか」
「正直に言おう。確かなことは何も言えんのじゃ。しかし、これにはティナの協力が必要となる」
「無責任なんですね」

 くだらない、馬鹿馬鹿しい、ティナにとってデメリットしかない提案だ。
 こんなことを言ってくるなら最初に出会った時にもっと丁重に扱ってくれればよかったものを。
 それでもティナは毅然として顔を上げた。臆することなく、まっすぐにバナンと目を合わせる。
「私、やってみます。この力が何なのか、幻獣なら知っているかもしれない……」
 この苦難はティナにとって必要なこと。分かっているけれど、だからこそ黙っているのが心苦しかった。


 会議が落ち着きかけたところで兵士が駆け込んできた。
「バナン様!」
「何事じゃ」
 みんなで入り口の方へ向かうと、深傷を負った兵士が倒れていた。
 すかさずティナがケアルを唱える。初めて見る本物の魔法に瞠目する周りの視線は気にならないようだった。
 ケアルによって話せる程度に回復した兵士がバナンを見上げる。
「サウスフィガロが、落ちました……帝国軍がこちらに向かっています……」
「気づかれたか。作戦を急がねばならん!」
 陥落の報で顔色を変えたのは、エドガーではなくてマッシュの方だった。

 たぶんエドガーにはその覚悟があったのだろう。帝国と通じているのが誰かも把握していたのかもしれない。
 しかしマッシュにとって、あそこはダンカンの奥さんがいる大切な街。
 迂闊な言葉はかけられないけれど、彼女なら大丈夫だという思いをこめて彼の腕を軽く叩く。
 ハッとしたようにこちらを見たマッシュは、緊張を解いて頷いた。

 ここから事態は急転直下だ。
「ロック!」
「ああ。俺はサウスフィガロに行ってくる」
「頼んだぞ」
 相変わらずエドガーとロックの間で交わされる言葉は短い。
 戸惑うティナとティーダに、ロックがサウスフィガロで帝国軍を足止めしてくれるのだと説明する。

「ティナ、ユリ、手が早いので有名などこかの王様には気をつけろよ」
「ロック! 早く行け」
 急かすエドガーを無視してロックはティーダとマッシュに向き直る。
「二人を頼んだ」
「おう」
「任せとけって!」
 私はべつに大丈夫なんだけどな。
「まったく……」
 ため息を吐くエドガーをやはり無視して、ロックは洞窟を去っていった。

「兄貴、まだその癖なおってないのか?」
「私は紳士として相応のふるまいをしているだけだよ」
 まあ……そういう風に言えなくもないかな。その優しさが男性にも平等に注がれるなら女誑しの謗りは受けないのに。

 リターナーの兵士たちにあれこれと指示を出していたバナンが戻って来る。
「我々はナルシェに向かおう。裏口に筏を用意させた。少々危険だが、他に手はあるまい」
 命懸けの激流下りが始まる。私とティーダが落ちないことを祈っておくとしよう。


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