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🔖04



 サウスフィガロの洞窟で一晩休むことになった。
 みんなとは少し離れてティーダを呼ぶ。作戦会議というほどでもないけれど、ちょっとした警告だ。
「この世界がスピラとかなり違うのは分かってきた?」
「まーね。俺が元の世界で魔法を使ってたとか言うと、ややこしくなっちゃいそうだな」
「そう。だから迂闊に口走らないように」
 分かってるけど自信ないんだよなあと頭を掻きながらぼやく。気持ちは分からないでもない。
 スピラではティーダも、キマリやワッカやアーロンだって意識もせずに魔法を使っていたんだ。
 それが当たり前である世界から来た彼に、この世界における魔法の特異性を理解しろというのは難しい。

「あと、もう一つ。この世界には幻光虫がいないんだよね」
「そうなんだ。あれ……じゃあ俺どうやってここにいるんだろ?」
「そこはあんまり考えない方がいいと思うよ。スピラでだって、本当のことを知ったあともちゃんと存在できたんだから」
「まあ、そッスね」
 言いたいのはそこじゃないんだ。幻光虫がいないというのは、ティーダにとってかなり重要なことになる可能性がある。
 さっき彼が「物心ついたら自然と泳げるようになってた」と言ったので思い出した。……水難に次ぐ水難のマッシュ編のこと。

「川や海に落ちたりしないように充分気をつけて。水中でスピラにいる時みたいには泳げないと思うから」
「あー、なるほどね。了解ッス。でも俺そんなドジじゃないよ」
「船から落ちてワッカに助けられたことあったでしょうが」
「よく知って……いやなんで知ってんの?」
 黙ってスマホを見せる。それで彼は納得したようだった。
「ユリっていろんなこと知ってんのな。ティナの正体も知ってたりして?」
「知ってるけど、言わないよ」
「自分の目で確かめなきゃ意味ないってことか。ルールーだけじゃなくて、アーロンにも似てるよなあ」
 それはあんまり嬉しくないな。


 サウスフィガロの街でチョコボを借りて、コルツ山へ直行する。
 結局ティナは答えを出すことができず、とりあえずバナンに会ってから身の振り方を考えることにしたようだ。

 私はと言えばシャドウとの初対面と修練小屋をスルーしたことに一人で焦りを感じていた。
 シャドウについては、まあ、いいだろう。どこかで必ず会うことになるわけだし、酒場ではほとんど会話もないので顔を合わせなくても問題はない。
 ただ修練小屋を素通りしたのはいただけない。……それだって、物語の進行に差し障りがあるわけでもないのだけれど。
 でも、もったいないと思ってしまう。どうせなら花や紅茶に反応するエドガーを見たかった。
 それにエドガーと長い付き合いであるロックはともかく、ティナとティーダにはマッシュの存在を先に印象づけておきたかった、というのもある。

 しかし通り過ぎてしまったものは仕方ない。
 チョコボの鞍から遠くに小屋が見えた時、あそこに寄っていこうと言い出す理由が見つけられなかったんだ。
 そして私たちは霊峰コルツに足を踏み入れた。
 ガガゼトも雪が溶けたらこんな感じかな、とティーダが微笑む。
 その笑みがすぐに曇ってしまったのは、ロンゾ族の身に起きたことを思い出しているのだろうか。


 山の中腹にさしかかる頃、紳士的なエドガーは頻繁に私を気遣ってくれるようになった。
「ユリ、大丈夫かい?」
「…………この間で察してほしい」
 あまり大丈夫ではないということを。
 このメンバーで自分が一番の体力不足だと痛感させられてしまう。
 サウスフィガロで槍を手に入れたものの、私はそれを杖代わりにするばかりで戦闘に活用していなかった。
 戦うだけ、あるいは山登りだけなら平気なのだけれど、両方同時にやるのは厳しかった。
 なんせ修行僧御用達の霊峰だ。登山道を守るロンゾ族がいなくとも一般人の来訪を拒んでいるのは同じだった。

「何だったらおんぶしてやろっか?」
 ブリッツで鍛え抜いているティーダが冗談混じりにそんなことを言う。
「いらないです」
 私よりずっとマシとはいえ体力自慢というわけでもないエドガーが意味深な眼差しをティーダに向ける。
 ああ、心証を悪くしている。ロックやティナとは仲良くやっているけれど、女誑しのエドガーと軟派なティーダは相性が悪い。

 ぜえはあ言いながら山頂を目指す。やっと頂だ、と思ってそこに到達するとまだ上がある。
 絶望的な気分にうちひしがれながら足を動かしていると、上の方から言い争うような声が聞こえてきた。

「違う! 師はあなたの……」
 ……あれ?
「違わないさ。そうお前の顔に書いてあるぜ!」
 この台詞は、おかしいぞ。
「師は、俺ではなく……バルガス! あなたの素質を……!」
 もう戦闘が始まっているなんて。

 最後の気力を振り絞って山頂へと駆け上がる。ようやっと二人の姿が見えた時、ちょうどバルガスが必殺技を放ったところだった。
「連風燕略拳!」
 なぜ勝手にイベントが進んでいるのかと戸惑う余裕もなく、鋭い刃物のような風に切り裂かれる。
 重装備のティナとエドガーが急いで前面に立ち盾となってくれたけれど、私とティーダとロックは血塗れだ。
 激闘が繰り広げられるのをよそにティナがケアルをかけてくれる。

 鎌鼬のごとき風から目を庇いつつ、エドガーが戦いを一心に見つめている。
「あいつは……まさか!」
 ここからだと顔はよく見えない。声はあまり似ていないようだった。
 でも黄金の砂のように煌めくあの金髪は、エドガーと同じ色だ。
「……サウスフィガロの高名な格闘家が、十年前に弟子をとったって噂を聞いたことがある」
「ダンカン先生のことかい?」
「そう、そんな名前だった」
 小屋で起こすはずだったイベントの代わりに情報を補足する。エドガーの視線はマッシュに釘付けだった。

 私たちの傷が癒えるのと勝負に決着がつくのは同時だった。エドガーにしては珍しく、ティナや私を振り返りもせずに走り出す。
「マッシュ!」
「え……兄貴!?」
 慌てて追いかけたロックとティーダが二人を見比べて目を見開いた。
「お、同じ顔……?」
「城で言ってた、双子の弟ッスか!」
 遅れて私とティナもそちらに向かう。
「弟さん……私てっきり、大きな熊かと」
「ティナ、できればそういうのは思っても黙ってよう」
「構わないよ。この風体ならそう思っても無理はない!」
 確かに、顔はエドガーそっくりの美形だけど髭も伸び放題で野性的すぎる。

「それより兄貴、どうしてこんなとこに?」
「サーベル山脈へ行くところだ」
「ってことは……リターナーのアジトか!」
 山籠りをしていたわりに事情通なマッシュはやっぱりエドガーの弟だなと感心する。
「とうとう動き出したか。フィガロはいつまで帝国に尻尾振ってるのかって、冷や冷やして眺めてたんだぜ」
 ちらりとティナに一瞥をくれてエドガーが頷く。
「反撃のチャンスが来たんだ。じいやたちの顔色を窺う必要もない、大きなチャンスがね」

 ぼんやりと成り行きを見守っている私たちをぐるりと見回して、マッシュはエドガーに向き直った。
「俺の技もお役に立てるかい?」
「来てくれるのか、マッシュ」
「世界平和のために俺の力が役立てば、ダンカン師匠も浮かばれるだろう」
「ロック、構わないよな?」
「もちろん。仲間が増えるのは大歓迎だ」
 ティーダが私の服の裾を引っ張ってそっと耳打ちしてくる。
「なんか、似てるけど似てない兄弟ッスね」
「そりゃあ十年も離れて暮らしてればね」
 だけどマッシュは野性味のある風貌のわりに仕種の端々から身についた品の良さが感じられる。
 十年山籠りしていても王族は王族なのだとまたしても感心する私だ。


 マッシュは身仕度と師匠の奥さんに挨拶をするため一度下山することになった。
 私たちはその間、山頂にテントを張ってひと休みする。
 ティナの魔力も尽きそうだし、私の疲労も限界だ。私ほどじゃなくたって、エドガーやロックも疲れているだろうし。
 現に、テントに入ると二人はすぐに寝入ってしまったようだ。
 私たちは彼らに導かれてここにいる。考えることをロックやエドガーに任せっぱなしにしていた。
 きっと精神的な疲労が濃かったのだろうと思うと申し訳なかった。

 見張りをかねて、焚き火のそばで眠らずに寝転がる。吸い寄せられるようにティナとティーダが隣にやって来た。
「私には兄弟はいないのかしら」
 ぽつりとティナがこぼした。
 彼女の父マディンは研究所で魔導の力を吸い取られている。その力で人造魔導士となった者は、ティナの兄弟と言えなくもないかもしれない。
 でもティナが求める意味での“家族”とは違う。
「どうだろうね」
 いないと断言することもできず私は言葉を濁した。

「ユリとティーダは、兄弟がいるの?」
「私はいないよ」
「俺も。でも、俺を弟代わりみたいに思ってる人はいる」
「そう……その人はエドガーに似てる?」
「いやあ、全っ然。むしろ真逆って感じッス」
 ワッカとエドガーは、確かに全然似てないな。

 どうしようか迷う気持ちはあった。
 でもエドガーとロックが眠っていて、私とティーダとティナだけがここにいる、こんな状況は二度とないだろうと決心する。
「実を言うと私とティーダは、この世界の人間じゃないんだ」
「ええっ、誰にも言うなって言ったくせに!」
「ティナならいいの」
 それとエドガーたちに聞こえたら困るから静かにしろと黙らせる。
「誰も知らない異世界から突然ここに来て、私もティーダも本当は一人ぼっちなんだよ」
「でも……」
 ティナが反駁する。それは初めてのことだった。

「私のことを知っている人はいない。私も一人ぼっち。でも、こうしてユリとティーダがいる。今は私たち、一人ぼっちじゃないわ」
「そうだね。そのこと、ずっと覚えててほしいな」
 いつか一人きりで自我の窮地に立たされ、淋しくて堪らなくなった時。
 似たような“一人ぼっち”が少なくともあと二人いるのだということを。
「このことは誰にも言わないでね」
「三人だけの秘密ッスね」
「うん……分かった」
 そう言うとティナは子供のように無邪気な笑みを見せ、つられてティーダも微笑んだ。


 ティナが一人になる時のことを思っていたせいだろうか。
 私は幻獣ラムウを思い出していた。彼と、研究所に囚われのイフリートとシヴァのことを。
 彼らは兄弟だと言っていた。血の繋がりがあるとは思えないけれど。
 幻獣たちが故郷と定めた世界から引きずり出され、孤独の中にあって彼らもこんな気持ちだったのではないだろうか。
 この世に一人ぼっち。それでも一人なのは自分だけじゃない。淋しい気持ちを分かち合える者がいる。
 それが、ティナの求める“家族”に似た絆になればいいと思う。


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