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🔖03



 危なかった。うっかり本当に『マリアとドラクゥ』の世界へ旅立ってしまうところだった。
 それもいいとは思うのだけれど、少なくとも今は駄目だ。
 私はティーダがスピラに帰るのを見届けなくてはいけない。その想いが私をこの世界に引き留めてくれた。


 ティーダとティナはあちこち見て回って好奇心を満たし、私は「ラルスって潔くていいやつじゃないか」と読み終えた本のラストシーンに満足を覚えていた。
 謁見の間に戻ると、席を外したエドガーも帰ってきていた。しかし言葉を交わす間もなく兵士がそこへ駆け込んでくる。
「陛下! 例の……帝国の者が参ります」
「ケフカか!」
 もう門のすぐそばまで来ているらしい。エドガーは私たちを振り向いて、主にティナを安心させるように笑った。
「大丈夫。君をやつらの手には渡さんよ。しばらく隠れていてくれ」

 どこから現れたのかロックに連れられて謁見の間よりも更に奥、王族の私室と思われる場所に通される。
 やがて耳障りな声が響いてきた。ケフカだろう。対応するエドガーの声はあくまでも落ち着いている。
 魔導の力を持つ娘を出せ、そんな娘は知らない、二人のやり取りが微かに漏れ聞こえてくる。
「相変わらず、気に食わないやつらだ」
 心許なげにしていたティーダがロックの呟きに応じる。
「あんなやつがいるとこにティナをやって堪るかっての。なあ?」
 とうのティナ本人はなんとも曖昧な表情を浮かべていた。けれどケフカや帝国への恐怖心はあるのだろう、小さく頷く。

 ケフカが去ると私たちは客用の部屋がある小さな塔に案内された。
 当たり前と言えばそうだけれどティーダだけ別室だ。
「邪魔者扱いかよ。べつに何もしないのにさ」
「まあ、いいじゃない。それとも一人じゃ心細い?」
「そんなんじゃないッス! ……たまにルールーみたいだよな、ユリって」
「光栄な褒め言葉として受け取っておく」
 ティーダを下の階に残して私とティナは更に塔の上へ。ロックが扉を開けてくれる。部屋は綺麗に掃除され、花も飾られていた。

 ふ、と息をついてロックが振り返る。
「さっき見た通り、フィガロと帝国の同盟なんてのは表向きだけだ。窮屈な思いをさせてすまないが、エドガーは君をやつらに渡したりはしないよ」
「帝国……私は帝国の兵士……」
「だった。操られていたんだ。今は違う」
「よく分からない……私はどうしたらいいの?」
 ちょっと目を離すと消え失せてしまいそうな危うさがティナにはあった。

 居場所なんてものを求めたことはないけれど、それでも私には根無し草なりに積み上げてきた時間があり、確固たる自分を持っている。
 ティナはそれを持っていないんだ。ティナ・ブランフォードとして生きてきた過去の記憶がない。
 操りの輪によって意思を縛られ、何も考えない人形として過ごしてきた彼女は、自分がどうしたいのかも分からない。
 ……私ってマシな人生を送ってきたんだな。ロックでなくとも今の彼女を見れば「守ってやりたい」と考えるのは当然だと思えた。

 励ますようにティナの肩に手を添えて、ロックは言った。
「自分の意思で生きるんだ。帝国の言いなりじゃなくて。……思い出すべきことはきっといずれ思い出せる。今は深く考えなくていいさ」
「自分の意思……」
「俺も下にいるから。何かあったらいつでも呼んでくれ」
 彼女の肩をそっと叩き、あとはよろしくと私に目配せしてロックは階段を降りていった。

 ティナは彼の後ろ姿を見送って困ったように立ち尽くしている。
「とりあえず、今日はもう遅いし寝てしまおう。寝てる間は考え事をしなくていいからね」
「……うん」
 それぞれのベッドに入り、ティナはふと私に尋ねた。
「さっき、エドガーが言ったこと……ユリは何か感じたの?」
「特に何も。私は恋愛沙汰が苦手だから。そういう人もいるんだよ。“普通”なんてない。だから気にしなくていいよ」
「……そう……」
 微かに安堵したようなため息が聞こえる。私たちはそのまま眠りについた。



 何時間くらい経っただろう。それともほんの数分だったかもしれない。私たちはノックの音で目を覚ました。
 ロックが険しい顔をして部屋に入ってきて、その後ろにティーダも続いた。
「帝国のやつら、強行手段に出やがった。すぐにここを発つぞ」
 不服そうにティーダが呟く。
「反撃しないのか? やっつけちゃえばいいじゃん」
「一応は“同盟国”だからな。しかもフィガロより帝国の方が立場は上だ。表立っては楯突けないんだよ」
「ああ〜、もう。俺そーゆーの苦手!」
「くだらない大人の事情ってやつさ。ほら、荷物は準備してある」
 着替え等々が入っている鞄を受け取り、まだ文句を垂れているティーダの背中を押して塔を出た。

 城が燃えている。でも火の手はあまり強くない。内部に燃え広がっていない限り、潜行すれば勝手に消火されるだろう。
 ほとんど待つ間もなくエドガーが現れた。
「あ、チョコボ!」
「何だよティーダ、初めて見たのか?」
「いや。久しぶりに見たなあと思って」
「呑気なことを言ってないで早く乗れ!」
 どういうこと、なんでチョコボがいんの、と雄弁なティーダの視線に今は答えている余裕がない。
 ティーダはティナと同乗し、私はロックの後ろに乗せてもらう。チョコボはすぐさま風のように駆け出した。

「いいぞ、沈めろ!」
 距離をとったところでエドガーが手を振ると、フィガロ城は思ったより静かに砂の中へと沈んでいった。
 その雄姿に心奪われている暇はない。
 待機していた魔導アーマーが私たちを追って来る。ロックもエドガーもティーダも、もちろん私も、チョコボで走りながらの戦いには向いていない。
 ビームがすれすれのところへ飛んでくるのを見てティナは振り向き様にファイアを放つ。
 魔導アーマーの脚部が高熱で溶けて、追っ手を振り払うことができた。

 しばらく全力疾走して、敵が見えなくなったところでチョコボの歩みをゆるめる。
「ティナのお陰で助かったッスね!」
「ああ、ほんとにすごい能力だ!」
 チョコボを寄せてハイタッチするティーダとロックは、エドガーの顔が月光のせいだけじゃなく青褪めていることに気づいていない。
「すごい能力だって? 馬鹿な。ロック! 今のは正真正銘の魔法だぞ」
「ええっ! 魔法って……魔法なのか!?」
「だから、ただのファいっ、」
 ファイアだろ、と言いかけたティーダの口を慌てて塞ぐ。ロックがティナのチョコボに寄せてくれててよかった。

 エドガーは表情を引き攣らせたままティナに尋ねる。
「ティナ、い、今のは、何なのかな?」
 答える言葉がないティナは、ただ俯いた。
「ごめんなさい、私……」
 気まずい沈黙を破ったのはティーダだ。
「べつにいいだろ。魔法が使えて、なんか不便でもあんの? お陰で助かったんじゃん」
「……そうだな。俺たちの方こそ大袈裟に驚いたりしてごめん、ティナ」
「あ、ああ。魔法なんて初めて見たものだから驚いてしまった。しかし、君は一体……」

 ふと思う。ロックはどうしてあれをただの“すごい能力”として見ていたのだろう。エドガーはたった一度で魔法と見抜いたのに。
 魔導の力を持つ少女などと呼ばわっていたのだから無意識にも彼女と魔法を結びつけそうなものだけどな。
 もしかしたら、ロックは冒険家として魔物が使う魔法に慣れ親しんでいたから、かえってそれを奇異なものとは思わなかったのかもしれない。
 対して国王であるエドガーにとって魔法は伝承の中にしかないものだ。フィガロ城の図書室にも魔法に関する本がたくさんあった。
 魔法を見慣れていないからこそ、エドガーの方がそれに気づいたのだろうか。

 今度はティーダが口を開く前にロックが言った。
「いいじゃないか。ティナは魔法が使える、俺たちは使えない。それだけの話さ。そしてティーダの言う通り、ティナの魔法は俺たちを助けてくれた」
「そうそう! 便利なもんはありがたく使うべきッスよ!」
「便利なもん扱いはどうなの。頼るにしてもティナの負担にならない程度にね」
「……まあ、そうだな。ティナのお陰で助かったのは紛れもない事実だ。それだけで充分だな」
 空気が変わったことにホッとしたのか、ティナの表情がゆるんだ。
「ありがとう、みんな……」
 エドガーとロックの表情もべつの意味でゆるんでいるけれど。


 ゆっくりチョコボを進めながらティーダは私の方に体を傾けて聞いてきた。
「魔法が使えるのって、そんな特別なのか?」
「特別というか、人造魔導士でもないのに魔法が使える人はティナ以外にいない」
「ふーん……で、ティナはその人造魔導士ってのじゃないんだ?」
 これに答えたのはティーダの前に乗るティナ当人だった。
「私は何も知らないわ。この力も、気がついた時には自然と使えるようになっていた……」
「俺も物心ついたら自然と泳げるようになってたし。そういうのとは違うの?」
「全然違うと思う」
 スピラにおいて魔法はそう特別なものではなかった。だからティーダには何が問題なのか、よく分からないのだ。

 思案げに俯きながらエドガーが言う。
「ティナの力はナルシェの幻獣と反応し合った。もしかしたら、あの氷漬けの幻獣と何か関係があるのかもれない」
「そしてその秘密を帝国も狙っている。だからナルシェにティナを送り込んで、今また君を追いかけて来るんだ」
「私はどうすれば……?」
 ティナの視線がさまよう。それが偶然、私のところで止まった。
「どうするべきか、じゃなくて、どうしたいのかを考えた方がいいと思う。それが自分の意思ってやつだよ」
「私が、どうしたいのか……」

 未だそれを見つけられずにいるティナに、ロックは一つ提案をした。
「俺がリターナーの一員だからって言うわけじゃないけど、一度俺たちの指導者……バナン様に会ってくれないか」
「私が?」
 エドガーが言葉を継ぐ。
「帝国に戻ればまた操りの輪をつけられかねない。しかし君も、自分の力の正体は知りたいだろう。今回の戦争は魔導の力が鍵になっている」
 帝国に抗うリターナーに身を置くことで、何か見えてくるかもしれない、と。

 ティナは返事をしなかった。けれど今のところ、ナルシェにもフィガロ城にも戻ることはできない。
 結局は選択肢などないに等しい。
「とりあえずサウスフィガロに行きません? ティナも、それまでに考える時間ができるし」
「それがいい。もしリターナーに加わるのが嫌だったら、サウスフィガロから帝国と関わりのない国へ逃げることもできる」
 どうだろう、とエドガーが尋ねるとティナは曖昧に頷いた。
 ティーダはなんとなく不機嫌そうにしている。ユウナを思い出しているのは明らかだった。


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