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🔖02



 この世界に降り立ち、ティーダと出会って、一晩眠った翌日のことだった。
 北から急ぎ足の二人連れがこちらに向かってくる。バンダナを巻いた灰色髪の青年と、緑の髪を靡かせる無表情な少女。
 特に不審なところはない。逃亡者という雰囲気でもない。ただ私は彼らが何者なのか知っている。

「こんにちは」
 私が声をかけるとロックは会釈をし、通り過ぎようとして不意に足を止めた。
 何かが気になったのだろう。おそらくは、私とティーダがあまりにも軽装であることが親切な彼の気を引いたんだ。
「旅人か? こんなところで何をやってるんだ」
「帝国兵に身ぐるみ剥がされてしまって立ち往生してるところです」
 ティーダは空気を読んで黙っていた。同じく沈黙を貫いているティナのことが気になるらしく、チラチラと視線を送っている。

 ロックは焚き火の跡に目を向けた。周りには何もない。私たちが本当に無一物であることを確認し、困惑していた。
「災難だったな。これからどうするつもりなんだ?」
「ナルシェに行って助けを求めようかと」
「そいつは……やめといた方がいいぜ。今ナルシェは厳戒態勢だ。余計な問題が増えるだけだと思う」
 旅人を暖かく迎え入れるような状態ではないと続けたロックの言葉に、心なしかティナの表情が曇った気がした。

 帝国に対する反感を共有し得る私たちを相手にロックは生来の優しさと打算を混ぜて提案した。
「よかったら、俺たちと一緒にフィガロへ行くか? サウスフィガロの街辺りまで行けば装備を手に入れるなりできるだろう」
 一応ふりだけでもティーダを振り向いて、どうしようかと尋ねてみる。彼は慌てて頷いた。
「同行させてもらえるならすごく助かります」
「ああ。俺はロック、こっちはティナだ」
「私はユリ」
「ティーダ。よろしくッス」
 さすがにうっかり「ザナルカンド・エイブスの」とは言わなかったな。


 四人連れになっての旅は、快適とは言えないものの安全が保証されているので気楽だった。
 なんといっても元帝国の戦士であるティナが一緒なのだ。道中で魔物に遭ってもそんなものは彼女の敵ではなかった。

 ウサギの肉を捌くのに使ったナイフをティーダに預け、彼はそれを仮の武器として戦列に加わっている。あまり鋭利にできなかったのでほぼ鈍器だ。
 扱いにくいのか、ティーダはティナの補助に徹していた。
 戦闘が得意とは言えない私とロックは荷物を持って二人の背後からついて行く。
「あんたの相棒はなかなかやるな」
「戦い慣れしてるからね」
「ユリは?」
「私は……それなりに戦えるけどティーダほどは強くない。逃げる方が得意かな」
 まともに扱えるのは槍だ。引っ掛けて突き倒す。その間に逃げる。それが私の戦い方だった。
 本業はトレジャーハンターであるロックも似たようなものなんだろう、頻りに頷いている。私は彼の共感を得られたらしい。

 テントで休みながら数日歩き、私たちは砂漠地帯に突入した。
 ロックたちには聞こえないよう小声でティーダが「ビーカネル島よりキツいッス……」と嘆く。
 目的地が分かっているだけ、こちらの方がマシかと思うのだけれど。その辺りは実際に体験した人でないと分からないのかもしれない。
 隙を見てスマホの情報を確認しながら、私はロックに話を向けた。
「フィガロ城を訪ねられるなんて、二人は意外と偉い人なの?」
「えっ? あー……偉いってわけじゃないけど、あそこの国王とは知り合いなんだ」

 一つ大きく息を吐いて、ロックは腹を括ったようだった。
「ティナ、君の素性を二人に話してもいいか?」
「ええ」
 それがどういう意味なのかも理解できずにティナは頷いた。

「もう気づいてるかもしれないが、ティナには感情がない。彼女は元帝国兵で、ガストラに“操りの輪”をつけられていた。そのせいで記憶がないんだ」
「何だよそれ……」
 ひでえ、と呟くティーダに目を向け、ロックは更に続ける。
「ナルシェにいる俺の仲間が操りの輪を外した。そして今、ティナは彼女が持っている“魔導の力”を狙う帝国に追われている」
「それであなたの知人であるフィガロ国王に保護を求めようとしているわけだ」
「そういうこと」

 ロックがどこまで打ち明けるつもりでいるか分からないけれど、話は早い方がいい。どうせ私たちは彼らの仲間になるつもりだから。
 彼が話しやすいよう疑問を挟む。
「でもフィガロは帝国と同盟を結んでるでしょ? ティナにとって危険じゃないの?」
「ところが、国王のエドガーはその同盟を破棄してリターナーと手を組みたがっている」
「なるほど、話が見えてきた」
 というよりも“最初から知っている”のだけれど。
 ちんぷんかんぷんという顔をしているティナとティーダがどことなく似ていて微笑ましくなる。

「俺はエドガーとリターナーを繋ぐパイプ役だ」
「できればティナと、それから私たちもそこに繋ぎたいと思ってる?」
「まあ、そんなところだ。どうだろう? 悪い話じゃないと思うんだが」
「そうだね。私は……正直そこまで帝国に恨みがあるわけじゃないけど。リターナーに加わってもいいと思う」
 そう言って、さも自分には関係ないかのように聞いていたティーダの方を見る。

 ティナの件でティーダは帝国に反感を抱いた。念のため、私からもガストラのことを補足しておく。
「ガストラがあちこちに戦争を吹っ掛けてる現状では旅するのも辛いし」
「……俺もいいッスよ。人を操って戦わせようなんて気に入らねえ」
「よかった」
 心からホッとした様子のロックは、それじゃあエドガーに会ったあとみんなでリターナーのアジトに向かうことにしようと締め括った。

 二人連れと二人連れの組み合わせだった一行がロックをリーダーとする一つのパーティになった。
 ほんの少し残っていた互いとの距離も今はあまり感じられない。
 これでティーダをエンディングに連れていく準備は整った。ここから先は生き残ることに集中すればいい。
 流れに身を任せていれば、なるようになるだろう。



 旅慣れていても砂漠を歩き通すのはやっぱり疲れる。
 やがて遠くにポツリと小さな点が見えた。日を跨いでそれが城の形を見せ始める。
 もうすぐ目的地に着く、ということが私たちに活力を与え、日が落ちる前にフィガロ城の門を潜ることができた。

 ロックの会釈一つで謁見の間に通される。よほどの信頼関係だ。
 謁見の間では、エドガーが待ち構えていた。金髪碧眼でもティーダとはかなり印象が違う。尤も、ティーダの地毛は明るい茶色だけれど。
 夢のザナルカンドはどういう統治体制だったのか、ティーダは“国王”という存在にピンときていないようだ。
 ただなんとなく偉い人だと理解して、ロックの後ろからしげしげとエドガーを観察していた。

「ようこそ我が家へ、レディたち。サウスフィガロほどとはいかないが、精一杯のおもてなしをさせていただくよ」
 まずはティナに、そして私に見惚れるような笑顔を向ける。
「なんか俺、スルーされてない?」
「フィガロの国王様は女誑しだから」
 かなりの小声で話していたつもりだけれど、エドガーには聞こえてしまったらしい。
「どうやら私の良からぬ噂が耳に入っているようで残念だ」
 地獄耳……。

「じゃあ俺は部屋の手配をしておくよ。あとは頼む」
「ああ」
 気心知れた仲らしく、短い言葉をエドガーに残してロックはその場を去った。
 そしてエドガーの視線がティナに向けられる。
「君のことは聞いているよ。ここに来たからには心配無用だ。君の安全は私が保証する」
 仮に帝国が押し込んできても必ず守るからと宣言する彼に、ティナは不思議そうな顔をした。
「なぜ私に良くしてくれるの? 私に、力があるから?」

 彼女の戸惑いを遮るようにエドガーが一歩、前に出る。
「君の美しさが私の心を捉えたからさ。第二に、君の好きなタイプが気にかかる。魔導の力についてはその次かな」
 満足げなエドガーに対し、ティナとティーダは不審そうに顔を見合わせた。
「何言ってんだ?」
「分からない」
「おやおや、私の口説きテクニックも錆びついたかな……」
 軽く言ってみせたもののエドガーは結構落ち込んでいるようだ。

「ティナはこういうのに慣れてないんで、すみません」
「では君なら口説いてもいいのかい?」
「光栄ですけど、お断りします」
 私は旅人だ。常に根無し草でいたいんだ。……その方が楽だから。誰かと恋愛なんてしたくはないし、口説くのも口説かれるのも御免だった。
 エドガーは苦笑し、野暮用があるのでと私たちに背を向けた。
「城内は好きに歩き回ってくれ。またあとで話そう」


 ご自由にどうぞと言われてティーダは好奇心でウズウズしていた。ティナは相変わらずの無反応だけれど。
「それじゃあ、城内観光といきますか」
 本音を言えば私は休憩したかった。でも自由行動をとったらいちいち誰何されかねない。三人で固まっていた方がいいだろう。
 たまに手の空いてそうなメイドさんや衛兵たちからエドガーのこと、フィガロのこと、帝国のことを聞きつつ図書室に辿り着く。

 スピラはどちらかというと東洋的なデザインの世界だった。
 だからだろうか、夢のザナルカンドともスピラともまったく違う趣の城内にティーダはすっかりはしゃいでいる。
 彼につられてティナもなんとなく楽しそうだった。
 そんな二人を見守りつつ適当に歩いていた私だけれど……。
「あっ!」
「ん? どした?」
 本棚にある『マリアとドラクゥ』の文字が目を引いた。あれはもしかすると例のオペラの台本だろうか。

 オルトロスの邪魔が入らなければ、セッツァーがマリアを攫いに来なければ、本当はどうなっていたのか。ずっと気になっていたんだ。
「私、これ読みたいから。二人はその辺うろついてて」
「保護者に放り出されたッス。……んじゃ、行こっか、ティナ」
「うん」
 空いていた椅子に腰を下ろして『マリアとドラクゥ』の世界に入り込む。
 背後で二人がマッシュについて話を聞かされている声がしていた。それも次第に聞こえなくなるほど本にのめり込んでいく。

 別の世界へ行くなんて簡単なこと。こうやって“そこに在る自分”を想像すればいい。
 些細な未練も剥ぎ取って周囲の景色を一変させる……。


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