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🔖01



 人に創造する力があるだけ“世界”は無限に存在する。
 そしてちょっと想像力があれば、誰だってその世界へ行くことができる。
 たとえばそれが自分の夢でも。たとえばそれが誰かの作った物語の中でも。

 私は今、二つの世界の狭間で迷っていた。どちらに行こうか。どちらにも行けるのだ。でなければ引き返して別の場所へ行くことも。
 少しビターな感情を求めている。あまり明々としたハッピーエンドの気分ではなかった。だからこの二つの世界を選んだ。
 そして最終的に私は、片方の世界へ足を進めた……。



 振り返ると遠く雪に覆われた山脈がある。その中腹で街の明かりが揺れていた。
 またしても与えられた選択肢は二つだ。あの街を目指して歩くか、ここで休んで目的の人物がやって来るのを待つか。
 風は冷たく、何の装備もないまま野宿をしたら凍死の危険もあった。
 かといって街に向かったところで中に入れてもらえるかどうか。
 おそらく今はオープニングイベントの真っ最中。ナルシェに近づくだけでも帝国の人間と見做されて攻撃を受けかねない。
 仮にガードをやり過ごして坑道に潜入できたとしても、ティナたちと合流するにはシビアなタイミングが求められるだろう。

 手ぶらの私はどう控え目に見ても不審者だ。
 緊張状態のナルシェに、そんな私を仲間として迎えてくれる者はいない。
 ティナにしてもロックにしても、この微妙な時期に私を同行者として受け入れる可能性は低かった。
 もう少し警戒心を解く言い訳が必要だ。

 迷う私のそばにもう一人の闖入者が現れた。彼の姿を見留めた瞬間ギョッとする。
「あーっ、またかよ! 今度はどこッスか?」
 髪の根本に茶色を覗かせた明るい金髪と真っ青な瞳。よく陽に焼けた筋肉質な体。
 キョロキョロと辺りを見回す彼の名を私は知っている。ティーダ……彼はこの“世界”の、というよりこの“作品”の登場人物ではなかった。
 私が最後まで迷っていた二つのうち、もう片方の世界、FINAL FANTASY Xの主人公じゃないか。

 彼は私を見つけ、一瞬戸惑った。すぐにそれを振り払って声をかけてくる。
「あの……こんちは。言葉分かる?」
「分かる」
「よかったぁ! あ、俺ティーダッス。そっちは?」
「ユリ」
 もしかしたら。私が旅先を二つの世界のどちらにするか迷っていたせいで繋がってしまったのだろうか?
 だとすれば彼がここにいる原因は私かもしれない。
 ティーダはとても危うい存在だから……ふとした拍子に世界を越えてしまってもおかしくはなかった。

 私の様子を窺いながらティーダが尋ねる。
「あのさ。変なこと聞くかもだけど、ここって、どこ?」
 北には炭鉱都市ナルシェ、南にはフィガロ砂漠がある草原の真ん中。けれど彼が求める答えはそんなことではないのだろう。
「スピラでも異界でもない場所。まったく別の異世界ってところかな」
「え……スピラのこと、知ってんのか!?」
「うん、まあ」
「じゃあユリも……」
「私はスピラの出身ではないけどね」
 そっかと項垂れるティーダを見ると申し訳ない気持ちになる。この状況でスピラとの繋がりを期待するのは無理もないことだ。
「……でも、私は君のこと知ってる。君がスピラでどんな旅をして、どんな選択をしたのかも」

 こちらにも一応、聞いておくことがある。
「ティーダはどうしてここにいるの? というより、そっちの旅はどこまで進んでるの?」
「それってつまり……どーゆーコト?」
「ユウナには当然会ってるとして。ザナルカンドに行った? もうシンは倒したの?」
 しばし愕然としていたティーダは「なんでそんなことを知ってるんだ」と詰る余裕もなく頷いた。
「……うん。シンは倒した。もう、復活しないんだ」
「そう。それで飛空艇から飛び出して、気がついたらここにいたってところかな」
 そのまま異界へ旅立つはずだった。それがどうしてか隔たれた世界へやって来た。やっぱり、私が繋げてしまった気がしてならない。

 急にティーダは明るい声を出した。無理をしているのがありありと見てとれた。
「異界でもないなら、ここってどういう場所なんッスか?」
「説明しにくいけど、スピラと異界のような繋がりもない別世界だよ。もしかしたら私が来る時にティーダを巻き込んじゃったかもしれない」
「うーん。もうちょい簡単に言ってくんない?」
「私はある世界から別の世界へ飛ぼうとした。その時、スピラも候補の一つだった。二つの間で迷って、その隙間にティーダが紛れ込んだ」
「よく……分かんないッス」
「たとえば私がシンで、君は君。私はザナルカンドに行き、スピラに戻る。その時に君を連れて来てしまった。たぶん、そんな感じ」
「たぶん、ッスか」

 ティーダは肩を竦め、呆然と呟いた。
「何がなんだかって感じッス」
 そうだろうと思うよ。私だって別の人物を巻き込んでしまったのは初めてだから戸惑っている。
「今、この世界では一つの物語が始まろうとしてる。その結末を見届けた時、君もスピラに帰れるはず」
「うーん……」
「考え込んでも答えは出ないよ。とりあえず、夜になる前に移動しよう」
 野宿の準備もしておかなくちゃいけない。私もティーダも手ぶらなので、やることは山積みだ。



 ポケットからスマホを取り出す。いつもながら何を受信しているのか不明だけれど、ある程度の機能は使える状態だ。
 横からティーダが覗き込んできた。
「それナニ?」
「今から自分の身に起こることを確認できる装置」
「ええっ? なんだよそれ、ずりぃ。俺にも見せてよ」
「ダメ。これは私の命に等しいものだから」
「……じゃあ、仕方ないけどさ。内容は教えてよ」
 まあ、それは尤もな要求だ。彼がここに現れた原因が私にあるのかもしれないのだから、ティーダがスピラに帰れるよう私も手を尽くすべきだろう。

 でもあまり多くは教えない。結末を知っていると、そこに向かおうとしてしまう。
 今なにをすればいいか、自分がどうしたいのかという簡単な事柄さえも時には見えなくなるんだ。
 ティーダだって、召喚士の末路やエボン=ジュについて始めから知っていたら、きっと違う行動をとっていた。今の彼は存在しなかっただろう。
 この偶然で彼を変えてしまおうとは思わない。もちろん、彼自身が変わりたいと望むのならその限りではないけれど。


 街道沿いでキャンプする場所を見繕って、拾い集めた草木で風避けと簡単な寝床を作った。
 それから枯れ草を使って火を起こしてティーダを振り返り、まずは食べ物と水を探そう、と言った。

 ああ、その前に注意事項の説明を忘れていた。
「この世界の住人に会った時のことだけど」
「ん?」
「誰彼構わず『異世界から来ました』とは言えないでしょ。だから打ち合わせをしておく」
「それいいかもな。俺もまた“頭ぐるぐる”なんて嫌だし」
「私たちは帝国兵に身ぐるみはがされた旅人で、ナルシェに助けを求めようとしているところ」
「帝国って?」
「スピラで言えばエボン教に匹敵する大国かな。とにかく、仮に“頭ぐるぐる”でもあまり余計なこと言って墓穴を掘らないように」
「へいへーい」
 本当は記憶喪失でも装うのが一番いいのだけれど、これから出会う人物に対してそれは不誠実な行いになるからやめておく。


 ティーダはキャンプから離れすぎないように獲物を探していた。やがて白いものが草むらでピョコピョコ動いてるのを見つける。
「おっ、ウサギだ」
「魔物かな。捕まえよう」
「マジッスか……」
 あれ食うのかよと眉を寄せていたティーダも、空腹には勝てないと判断したのか気合いを入れた。

 彼に気づいていないように見えたウサギは、いきなりこっちを振り返ると牙を剥いて突進してきた。
「うお! 速ぇ!!」
「倒せそうにないならやめよう。怪我するより逃げた方がマシ」
「いいから任せとけって!」
 あれくらいの速さなら魔法でブーストすれば追いつけると豪語する。……魔法?
「ヘイスト! …………ん?」
 ティーダとしては、スピラで習得した魔法をいつものように使っただけだろう。
 けれどその魔法は彼の体に何の変化ももたらさなかった。正確に言えば、その魔法は発動さえしなかった。

「ヘイスト、ヘイスト、ヘイスト〜! なんで魔法使えないんだ?」
 そこで思い出す。彼のいたスピラとこの世界の重大な違い。
「物語に取り込まれてる、ってことか」
「ふんふんなるほどね。……どういうこと?」
「この世界は大昔に魔法が滅びた世界。普通の人間に魔法は使えない」
「なんでどこの世界でも何かが滅びてるんだよ……」
 それはおそらく盛りが過ぎたからだ。何だってある程度の成長を終えれば滅びに向かっていくものだ。

 もう一つ注意事項を付け加えておく。
「魔法が使えるとか、魔法を知ってるような素振りは見せないこと」
「頭ぐるぐるだと思われるから?」
「それだけじゃない」
 かいつまんで摩大戦や魔導士狩りのことも話しておく。そしてガストラ皇帝が無茶なやり方で魔導の力を求め、人造魔導士をつくり出したことも。
「つまり普通の人は魔法なんて全然知らない。迂闊に言ったら、俺も帝国の一味だと疑われるわけか」
「そういうこと」
「りょーかいッス」
 夢のザナルカンドからスピラへ。既にある種の異世界へのトリップを経験しているティーダは物分かりが良くてありがたい。
 ただ、その注意をどこまで深刻に受け止めているかは怪しかった。


 魔法が使えないなら、たかがウサギでも捕まえるのは難しい。長期戦になりそうだ。
「私はナイフを作ってるから、その間に頑張ってね」
「うっす……あたたかい声援サンキュー」
 ちょっとやる気をなくしつつもティーダは再びウサギを追いかけ始めた。
 私は私で、そこらに落ちてた石同士をぶつけて削り簡易ナイフを作る。
 いずれティナとロックがこの道を通る。うまく合流するためには、まともな武器を持っていない方が好都合かもしれない。
 なんせ私たちは“帝国兵に身ぐるみ剥がされた”哀れな旅人たちなのだから。


 ちょうど日も暮れてきた頃、ティーダはしっかりとウサギを捕まえてきた。
 それを手早く捌いて串焼きにする。味付けがないのは難点だけれど贅沢は言っていられない。

 食べながら、ティーダは彼の中にいくつも渦巻いているであろう疑問をぶつけてきた。
「なあ、この世界にもエボン=ジュみたいなやつがいるんだよな? 倒すべき敵! って感じの」
「うん」
「そいつを倒したら、俺って……」
 どうなるんだろう? どこへ帰ることになるんだろう? その答えは……。
「君次第じゃないかな」

 私が迷ったことで二つの世界には朧気ながら繋がりができている。
 ちょっと想像力を働かせれば向こうに行くことは可能だろう。
 ただ、今は難しい。ティーダの頭も混乱している。向こうの世界で“生”を終えたと感じている。
 そんな状態ではどれだけ望んでもスピラには帰れないだろう。
「でも、ティーダはスピラで復活すると思うよ」
「……どうやって?」
「さあ。方法は分からないけど、元々数ヵ月とはいえそこで生きてたんだし、死を迎えたわけでもない。だったら帰るのも無茶じゃないと思う」
 今はただ信じることだ。

 べつに、道がないわけでもない。だって彼の物語には……正確にはユウナの物語だけれど、まだ続きがある。
「君がいない間にスピラでは二年の月日が流れていると思う」
「二年……」
 年頃の彼らにとって二年の差違はとても深い溝となり得る。しかし救いもある。
「この世界の物語も、二年くらいかかるんだ」
「偶然にしちゃ出来すぎッスね」
「うまく行けば、ここでの物語が終わると共に君はスピラに帰れるよ」
 もしもここに心を残してしまったら別の可能性も出てくるけれど、今はユウナや他のみんなの方が大切だろう。
 その気持ちを忘れなければ、きっと帰れる。

 私も……二年経って物語を見届けたら、また新たな世界に行くつもりだ。


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