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🔖過ぎ去りし日々



 俺たちがミストに向かっている間にゴルベーザは実に手際よくバロンに入り込んでいた。
 なぜ黙っているのか謎だった赤い翼の隊員は、精神を支配されているのかセシルが死んだことに一切の動揺を見せず新隊長に従っている。
 荒っぽくてガラの悪かったやつらが大人しくなって俺としてはありがたい。ずっと操られていればいい。
 彼らと一蓮托生の飛空艇技師団では、セシルと親しかったシド技師を含む一部の者たちが陛下に楯突いて投獄された。しかしそれを咎める声はどこからも聞かれない。
 かねてよりシド技師と反目していた派閥が今は実権を握り、飛空艇の改造に精を出しているようだ。
 ギスギスしていた陸海空軍の仲も取り持たれ、戦争の名のもとに皆が平等に扱われている。ある意味では人間が治めていた頃よりも秩序が維持されているようにさえ思う。
 その方が国を豊かにできるなら、べつに王様がモンスターになっちゃってもよくないか? なんて割り切れるのはきっと俺が死人だからだろうな。
 今のところ何の問題もないけれど、彼らの目的がバロンの繁栄でない以上はいつまでも静観していられないだろうとは分かっている。

 赤い翼は近日中にダムシアンを攻める予定らしい。狙いは火のクリスタルだ。あそこに手を出せば隣のファブールも黙ってはいないから、すぐに転進して風のクリスタルも奪いに行かねばならない。
 用意は周到に、しかしこちらの動きを察した二国が手を取り合わぬよう迅速に。赤い翼も近衛も海兵隊も、皆が皆とても慌ただしく動き回っている。竜騎士団だけが相変わらず暇だった。
 前以上に、尋常でなく暇だ。なぜならばドラゴンが一匹残らずいなくなってしまったせいである。
 ゴルベーザには竜騎士の素質があるのか、竜舎に一歩足を踏み入れた瞬間にすべてのドラゴンを虜にしたのだ。ドラゴンたちは赤い翼に付き従ってダムシアンの攻撃に加わることになった。
 赤い翼の隊長がドラゴンを従えられるなら本格的に竜騎士団の解散も近い。この大事な時期にもかかわらず“なぜか”団長が行方不明で、それを誰も気にしていないことが恐ろしかった。
 ゴルベーザの精神魔法というのはどこまで影響を及ぼすのだろう。団長閣下のように、きっと俺の死も誰に顧みられることなく忘れ去られたに違いなかった。
 未練というわけじゃないけれども空になった竜舎を見ているとなんだか切なくて、ため息を吐く。今は肉体が俺の支配下にあるので吐きたいだけ不満を吐き出すことができる。
 ……ゴルベーザに従えば俺も自分のドラゴンを得られるのだろうかなんて考え込んでいたら、地面に影が射した。振り返るとベイガンが立っていた。

 じっと向き合うのは久しぶりだな。こうして間近で見るとベイガンは俺のよく知るベイガンで、その精神がゴルベーザに支配されていないのは確かに信じられた。
「カイン殿。リツのことですが」
「ああ……何か?」
「彼は死にました」
 無事に帰国しましたなんて偽者を連れてこられたらどうしようかと思ったが、ちゃんと死人扱いしてもらえて何よりだ。にしても、こういう男だと分かっていても弟分の死に些かの動揺も見せない姿は悲しいな。ほんのちょっとくらい悲しんでくれてもいいだろうに。ケチ。
 ミシディアの襲撃を知ってからダムシアンは警戒体制に入っている。俺はクリスタル貸与についての会談を持ちかける使者としてかの国を訪ない、殺された……ということになっているようだ。開戦のきっかけにされてしまったのだな。
「リツの家はどうなったんだろう」
「陛下より恩賞が与えられます。家督はおそらくリツの従妹が継ぐことになるでしょうな」
 まあ、他にいないからなぁ。あいつ、まだ十歳だけど。こんなことなら婚約者くらい見繕っておいてやるのだった。いや、そもそも俺が結婚しておくべきだったのか。結局、死ぬ前に果たさねばならない義務は何一つ手付かずにしてしまった。

 性格が合わないのもありカイン殿とベイガンはさほど親しくない。亡き俺の話題が終わると何を話せばいいのかも分からなくなった。なのに彼は立ち去ろうとしない。今すごく忙しいはずなのに。
「カイン殿、リツに預けたものとは何だったのですか?」
「ああ……」
 そういえば俺の行方を尋ねるのにそんなことを言ったのだった。特に考えてなかったな。
「すまん。あれは嘘だ。……急に彼の姿が見えなくなったのでどうしたのかと思って」
 竜騎士団との接触を避けていたから俺とカイン殿に接点はない。それを訝しむ程度にはベイガンも俺のことを気にしてくれていたようだ。悪くすると単に、カイン殿が俺の死んだ理由を知っているのではと疑っているだけかもしれないが。
「あなたが彼を気にかけていたとは意外だ。彼は竜騎士になりたかったんですよ。何かが違っていれば、リツはカイン殿の部下だったかもしれない」
 実際には、カイン殿は俺の存在など知らなかった。それはそれで救われた気もしている。
「……パートナーがいなくとも竜騎士にはなれる。だが、リツは一度も入団を望まなかった」
「そうでしょうか」
「あんたの部下でいることに満足してたんだ」
 あなたが近衛の道を示してくれたからな。竜騎士への嫉妬と羨望はもっと根深く手に負えないものと思っていたのに、こうしてカイン殿の体に取り憑いてみると意外なほどに未練がなかった。
 むしろ近衛に二度と戻れないことの方が、心苦しいくらいなんだ。
 本来なら、王を見限った彼に付き従って俺もゴルベーザに仕えていたのだろう。……ちょっと妙な形ではありますが、俺は今も隣にいますよ、近衛兵長。

 お忙しいベイガン殿をいつまでも引き留めるのは悪いので、隊長自ら竜舎の掃除でもしようかな。無聊を託つのは一人でもできる。
 俺が立ち上がると、ベイガンは一礼してその場を去ろうとした。が、すぐに立ち止まって振り返る。
「カイン殿、ローザ・ファレルは城を出たようですよ」
「そうか。セシルを探しに行ったのかもしれないな」
 一応セシルは崖崩れで死んだということになっているが、彼女が噂で納得するとは思えない。きっとどんな危険な場所までだって、生きている恋人を見つけるために自分の足で探しに行くのは分かりきっていた。
 我らがバロンの白薔薇にあそこまで情熱的に想われていながら、その彼女を故郷に置き捨ててでも正義に走れるセシルという男は一体何なんだろう。羨ましくて禿げそうだ。
 無意識のうちに深くシワの刻まれていた眉間を揉みほぐすと、ベイガンが怪訝そうに俺を見つめていた。
「……それだけ、ですかな?」
「ああ……、他に何か?」
 そういえば、カイン殿はローザ嬢の幼馴染みだったな。ハイウインド家の先代と同じくファレル家の女当主も陛下の旧知の友だ。既に出奔したというローザはともかく、彼女の幼馴染みの“カイン”としては御母上の様子くらいは窺っておくべきだろう。
 あとでファレル家を訪ねよう。どうせ暇だし。
 ベイガンはなぜか腑に落ちない顔をしつつ、今度こそ足早に王宮へと帰っていった。


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