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🔖夢みるように眠りたい



 日射しが強すぎる夏と凍え死にそうな冬は大嫌いだが、暑さ寒さの盛りが過ぎてちょうどいい時期には塔の外へ出るのもいいもんだ。
 特に草っぱらの日向は暖かくて過ごしやすい。魔物に睡眠なんて必要ないが、このままじっとしていたらつい眠ってしまいたくなる気持ちも分かる。
 そんな俺の姿をユリが真顔で見下ろしていた。
「……」
「てめえ今、完全にカメだなとか思ったろ」
 ジト目で問いかければ、あからさまに目を逸らしながら誤魔化そうとする。
「そ、そんなことまったく思ってませんよ?」
「嘘つけ!」

 こほんと咳払いをすると、ユリは急に背筋を正してなにやら言い募り始めた。
「大丈夫です。カイナッツォさんは確かに見た目かなりカメっぽいけど、仮にカメだとしてもいい方のカメです!」
 いい方のカメって何なんだよ。あとカメカメ連呼するんじゃねえ。

 なんで今日に限ってちょっかい出してくるかねえ。ああ、ルビカンテがいないんで暇なのか? だからって俺に絡むなよ。俺は一人で温もっていたいんだ。
「……」
 存在を無視していたらユリは俺の横手に回り込む。甲羅の辺りに視線を感じた。あまり感覚はないが、ユリの手が触れているような気がする。
「カイナッツォさん……甲羅がぽかぽか……」
 触れてるどころか、もしかして俺の上で寝転がってないか?

「おい、やめろ重い」
 俺は一人で静かにボーッとしていたいんだっての。振り落としてやろうかと思ったが、ユリはなぜか俺の言葉に硬直していた。
「お、重い……!?」
「あぁ?」
「やっぱり私、太りました? 変身術で姿を固定してるからと思って油断してたけど、体重計もないし、でも私ってそんなに重いですか!?」
 いやべつに人間一人分なんぞは正直、ホントに乗ってるのかもよく分からん程度の重さだが。重いってのは本当に重いわけじゃなくてだな。

 ……だから、ちょっと抗議しただけだろ、そこまで深刻に捉えることかよ?
「まあ、重いってのは言葉の綾だ。とりあえず退け」
「気を使わないではっきり言ってください!」
「誰も気なんか使ってねえよ。よく分からんが、いいんじゃねえの、魔物的には。あと退け」
 ある程度の肉がついてた方が見た目にも美味そうだしな。それと、早く退け。

 ただ甲羅に乗るなと言いたかっただけなんだが思わぬ方向へ話が広がってしまった。
 どうやらユリは傍目に分からん微細な体の変化を気にしていたようだ。
 実際、変身中にそんな細かな変化は起こらないはずだ。俺だってバロン王になってる時は髪が伸びないだの爪が伸びないだので苦労したくらいだからな。

 そもそも魔物の体は人間と違って食事で栄養を摂る必要もなければ排泄もしない。食ったもんはまるごと魔力や体力に変換されるから、太るはずがない。
 というようなことをこの俺が懇切丁寧に説明してやったってのに、ユリは聞いていなかった。
「どうしよう。しばらくダイエットフードだけにした方がいいのかなぁ……」
「食うのをやめた方が早いんじゃねえのか?」
「それは心が折れます!」
 なんつう柔い心だよ。というか、仮に人間だった頃のように食っただけ太るとしてもまだ気にするほどじゃねえだろ。

 マグみたいになったらさすがに痩せろと言いたくなるが、少なくともユリくらいの肉付きならルビカンテは不満に思うまい。
 結局そこだろ? 気にしてんのは。どうせあいつはユリがドラゴン並に重くなったって怒りゃしねえよ。あー、めんどくせえ。
 そしていつまでも退きやしねえ。

 ユリは相変わらず俺の甲羅に乗っかったまま、寝転がって愚痴っている。背中でゴロゴロされると落ち着かない。
「あー、私このままポーキーになっちゃうんだ……そして黒い豚カレーにされちゃうんだ……」
 意味が分かんねえ。どうでもいいけど俺の上でめそめそしながら呪詛を吐いてんじゃねえよ。
「お前、もしかして酔ってないか?」
「酔ってなんかないですぅー」
 分かった。酔ってる。またソーマのしずくでも飲みまくったのか。

 魔物に生まれ変わったばかりの頃に比べればユリはかなり魔力が上がっている。普通に考えればもう一生ソーマのしずくなんか飲まなくていいくらいだ。
 しかし宿した精神が異世界のもの故か、ユリの成長には限界というものがないらしい。面白がってルビカンテが再現なく鍛えているところだ。
 ほとんど毎日ソーマのしずくを飲み漁って、一体こいつの魔力はどこまで高まるんだ?
 以前のユリならブリザガでもぶつけて追い払うのは簡単だったんだが、今のこいつを甲羅の上から退けようとしたら俺の方がダメージを受けるだろう。

「もうだめだー、私はこのまま甲羅の上で焼かれたお餅になってしまう……」
「ならねえよ。俺から降りればな」
「……ふぁ」
「おい、ちょっと待て、なんか寝ようとしてないかお前?」
「……ぽかぽか……」
「こらユリ!」
 くそ。このまま水を集めて溺死させてやろうか。

 甲羅の上なんぞ自分で見えねえから様子が分からない。が、反応がなくなったんでユリは絶対に寝ていると思う。
 なまじっか強くなっちまったモンだから下手に手出しするのが怖い。無理に振り落として寝惚けたユリに攻撃されると俺の身が危ないだろう。

 どうしたもんかとうつらうつらしていたら、目の前に炎が躍った。
「塔にいないと思ったらこんなところにいたのか」
「よお、戻ったのか」
 エブラーナにでも出かけていたらしいルビカンテが戻ってきた。帰ってすぐに姿を探すくらいなら最初からユリも連れて行っちまえばいいのによ。
「ちょうどよかった、こいつを持って帰れ」
 お前の管轄だろと言ってみたものの、ルビカンテはユリを凝視するばかりで動かない。
 何なんだ? 俺の上で寝てることに嫉妬してる、ってわけでもなさそうだな。

「おい、呆けるな!」
 軽くブリザガを頭にぶつけてやるとようやく我に返った。が、残念ながら正気に戻ってはいなかったようだ。
「カイナッツォ、知っているか。ユリの世界にはカメラという物があるらしいんだ」
「はあ?」
 またカメかよ。いやカメラか。なんか聞いたことはあるな。
 いつだったかユリが「あー、カメラさえあれば!」と叫んでいた記憶がある。確かあれはミスリルの村に行った時か?

 それがどういうものだったかは知らんが、ルビカンテはユリから聞いて知っているらしい。
「ああ、こんな時にカメラがあれば、この光景をおさめられるのだが……」
 どこにおさめるってんだ。カメラってのは箱か何かを言ってるのか。というか、この光景だと?
 ルビカンテのアホはどうやら、俺の甲羅にもたれかかって居眠りしているユリの寝顔にときめいているらしい。イラッとくるぜ。
「そうだ。ルゲイエに発明させよう!」
 結局、ユリを起こすでもなく持ち帰るでもなく塔にテレポしていった。

 ……発明ってのは自らするもんであって、こういうもんを作れと言われて作るのは発明とは違うんじゃねえのか。

 もうなんだ、甲羅の上の異物感もなくなってきたことだし、ユリが乗ってるのは忘れて寝ちまうのもアリかもしれん。
 熱すぎず温すぎず、水属性のユリの体はちょうどいい体温を保っている。布団代わりだと思えば……ってところで、またしても目の前に炎が躍る。
「てめえ、戻ってくるのが早ぇんだよ」
「何だ? ユリと二人きりでいたかったとでも言うのか?」
「斜め上の発想してんじゃねえ。忙しなく往ったり来たりするなら最初からこいつを持って帰れって話だ」
 どうやらルゲイエにカメラとやらの製作を命じるだけ命じて引き返してきたらしい。

 ルビカンテは眠るユリを見下ろしてニヤニヤしている。
「とても愛らしい寝顔だ。起こすには忍びない」
 そう言われても俺には見えねえし、こっちからするとユリに注ぐ視線が俺に向いてるような錯覚が起きてゾッとするだけなんだが。
「ユリはよく悪夢を見ている。誰かと一緒に眠る方がいいのだろうな」
 そりゃ誰かさんがずっと監視してるせいじゃねえのか? 少なくとも俺だったら、こんな気色悪いにやけ顔の野郎に一晩中見下ろされてたら悪夢を見るぜ。
 まあ、ユリなら嬉しがるかもしれんがな。そもそもソーマのしずくに酔って俺の甲羅で寝てんのもルビカンテが出かけていたせいだ。

「だったらてめえが抱いて眠りゃいいだろう」
 俺を寝台代わりにするんじゃねえよ。と、再度こいつをどっかへ連れて行くよう促すが、ルビカンテはやはり首を振った。
「分かってないな、カイナッツォ」
「何が」
「私が抱き締めていたら寝顔がよく見えないじゃないか!」
「……」
 んなこと知るか! 付き合ってられねえ。俺はいつになったらゆっくり一人で寝られるんだ。


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