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🔖二十世紀鋼鉄の男



 なにやら深刻な顔のルビカンテさんが私の手を掴んだ。どんな重大発表があるのかと思えば。
「ミストに行こう」
「えっ?」
 いきなり何ですかと聞く間もなくテレポされて目が回る。次の瞬間、私は既にミストを見下ろす崖に立っていた。

 ここはセシルにボムの指輪を持たせた時にルビカンテさんと村の動向を監視するため待機していた場所だ。
 そのミストだけれど、大火事に加えてタイタンの怒りでほぼ壊滅状態にあったのが嘘のように復興され、村として蘇っていることに驚いた。
「すごい生命力ですね」
 これほどのしぶとさを見せられると壊した私も安心だ。なんて言ったら不謹慎だと怒られるだろうか。
 破壊の爪痕に傷つきながらも、嘆き沈み込むのではなく希望と活気に満ちた村の景色は見ていて心地よい。

 ただ、ルビカンテさんはなぜかミストを見下ろして渋い顔をしていた。
 最近になって気づいた。私は彼の怒った顔が好きだ。ゴルベーザさんの肉体にいた時はそんなこと思わなかったのに。

「ユリ。なぜミストはこんなに早く復活したのだと思う?」
「えっ!? さ、さあ……」
 いきなり見つめ返されて焦る。幸いにも見惚れていたのはバレてない。
「えー、ダムシアンと違って規模も小さいし、壊れやすい分だけ直すのも簡単、とか?」
「しかし生き残りの老人や女子供だけでこれは成せない」
 確かに変だな。若者はほとんど火事でお亡くなりになっているはずだし、ミストは周囲の町村とも交流を持っていない。

 どんな奇特な人が復興を手伝ってくれているのだろうと首を傾げていたら、ルビカンテさんが答えをくれた。
「なんでも“親切な旅人”が定期的に村を訪い、建物を修復し、金や物資を置いていくそうだ」
「へえ〜、世の中捨てたもんじゃないですね」
 素直に感心していたらなぜか盛大にため息を吐かれる。
「ユリ……本気で言っているのか」
「え?」

 そもそも彼はなぜ私を連れてきたのだろう。“親切な旅人”のことも事前に調べたようだし、何かあるのか。
「北の崖が崩れて以来ミストは完全に孤立している。この村を維持する利点はどの国にもない」
「まあ、そうですね」
 バロンからカイポに抜ける交易路も塞がった以上は陸路でここまでやって来る意味など皆無。
 復興を支援して召喚士に恩を売ろうとしても、ボムの大爆発で皆いなくなってしまったし。リディア一人に恩を売ったって得られる利益は雀の涙だ。

 確かに、どこかの国が村を支援する大きな理由はないかもしれない。でもだからこそ親切な誰かが村を助けてくれているだけではないかと思うのだけれど。
「その旅人に問題があるんですか?」
「彼らはバロン南端の港を拠点としている。エブラーナで金を与えられ、それをミストに運んでいるんだ」
「あー、エッジさんですか」
 リディアがちょくちょく幻界を出てミストに滞在するようになったから、彼女の故郷の復興を手伝ってあげたいわけだ。
「でもそれなら恩を売りつける意図はないですよね」
「だから問題なのだろう?」
 ますます表情を渋くするルビカンテさんに、私は彼の言いたいことがよく分からなくて戸惑うばかり。

 つまりエッジさんが預けたお金や資材を持って“親切な旅人”がミストを助けているってことだよね?
 自分の国も大変な時期に惚れた女に現を抜かしている場合ではないのだろうけれど、ちょっと支援するくらいなら問題というほどのことではないように思う。
 と思ったらルビカンテさんは再びミストに視線を移して重々しく言った。
「エッジは国宝を持ち出して勝手に売り飛ばしているらしい」
「あ、ああ〜……それはちょっと……」
「人間の価値観で言えば悪事に相当するのではないか?」
 そうですね、完全に悪事です。

 私財を擲って見返りを求めずに愛する人を助けるのは素晴らしい行為だ。でも王の座にある人が国の金でやってはいけないよ。
「とはいえエブラーナの問題だし、私たちが口を挟むのもどうかと思うのですが」
「しかし私は傳役殿に相談されているんだ」
「ええっ?」
「どう処理すべきか、魔物の価値観では分からない」
 なんだこの人じいとまで仲良くなってるのか。というか、じいも城を燃やして先王と王妃を誘拐した魔物に相談しないでください。

 バブイルの塔に帰って、ルビカンテさんは即エブラーナに赴きエッジさんを連れてきた。……私が話をするのか。
 正直あんまり関わりたくない。でも向こうが相談してきたのでは仕方ない。

 とりあえずお茶を出して一息ついたところで単刀直入に切り出した。
「エッジさん、国宝を横領して売り払ってるそうですね」
「ぶはっ! ……ひ、人聞きの悪いことを言うんじゃねえよ。国宝っても、ありゃジェラルダイン家代々に伝わる刀で俺の私物みてえなもんだ」
「なお悪い」
「うっ!」
 ご先祖様の刀を女のために王様が売り払うって外聞が最悪ですよ。

 エブラーナも今から一致団結して復興を、という時なのにそんなこと知れたら民衆の愛国心がガタガタになりかねない。
 エッジさんの人柄や民衆との距離の近さからすると笑って許される可能性もあるけれど、少なくとも国のためになる行為ではないし。
「国宝っていうのは国民の、民族全体の宝物なんですよ。エッジさんの私物じゃないんです。自分が王様だって分かってるんですか?」
 自分を軽んじるのは勝手だけれどその身にはたくさんの人の想いを背負っている。それはエブラーナの心とも言えるものだ。

 エッジさん自身が彼一人だけのものではないように、彼の一族の歴史だって国民全体のものなんだ。
 そもそも日本人的観念から長い歴史のある宝物を私情で売ってしまうという行為がちょっと許せない。
 その刀、後で探して買い取ってエブラーナに返しておこう。

 一応、じいに内緒でやっていただけあってエッジさんも悪事の自覚はあるようだ。でも反省はしていない。
 ミストの村を助けるためという建前があり、実際あの村は彼のお陰で助かっている。その事実があるからたちが悪いのだ。
「でもよ、リディアだって俺たちと一緒にゼロムスと戦って世界を守った大事な仲間じゃねえか。助けたいと思うのは当然だろ?」

 確かに、たとえばダムシアンでもそういう名分で私財をはたいてバロンやエブラーナ、ミストの復興を支援している。
 でもそれはギルバートが個人的にやっているのではなく“ダムシアン王国”としての行いだ。
 ミストよりもバロンやエブラーナに恩を売っておくのが主目的であり、将来的に見れば自国民にも得があると見込んだ、王としての行動だ。

「国宝を手放すこととその目的を公にして、エブラーナ国として支援すべきですね」
「いや、ミストの奴らは自分たちの存在をあんまり知られたくないみてえだし、大々的にしたくねえ」
 大々的にやらなきゃただ男が女に貢いでるだけになってしまうじゃないか。本当に分かってないんだろうか?
 エッジさんは確かにちょっとバカなところがあるけれど、愚かではない、と思いたいなぁ。

 じいがルビカンテさんにまで愚痴りたくなる気持ちが少し分かった。
 ご両親が生きていることを教えない方がよかったかもしれない。この若様は、未だに若様気分でいるようだ。

「何の見返りもなく財を擲つのは政治じゃないでしょう。国のお金を私事に使うなんて」
「見返りはあるぜ。ミストに恩を売れるだろ」
「あの小さな村に何が返せるんですか」
「幻界との繋がりだ。リディアは幻獣王の娘みたいなもんだろ? うちのやつらだって、それを知ればミストを助けるのに文句なんか言わねえよ」
 なるほど、どう考えても大慌てて捻り出した屁理屈だけれど、それは一理ある。

 エブラーナではリヴァイアサンは海の守護神として、アスラは戦神として信仰されている。
 有事の際に彼らの加護を得るためと称して召喚士と繋がりを持とうとするのは、そうおかしなことではない。
 それでも国民に事情を明かしてからやるべきだとは思うけれど。
「じゃあ今回のことエブラーナ王に報告してもいいですか?」
「そ、それは……」
「困るのは嘘ついてる自覚があるんですね」
「うぐっ……」

 仮にいつかエブラーナが危機に陥ってリディアがリヴァイアサンたちの力を貸そうと申し出たとする。
 エッジさんはきっと「そんなことのために助けたんじゃない」と断るだろう。
 だったらやっぱり、今回の件はエブラーナにとって利益がない。

 ああ気が重いし面倒くさい。こんなこと何の責任も負えない私が口にする言葉じゃないのに。
「私だって部外者なのに口出ししたくないですよ。でも、よりによってルビカンテさんが相談受けてるんですよ。じいの気持ち考えたことありますか?」
「いや、俺もべつに何もかもミストに注ぎ込んでるわけじゃねえんだって」
「当たり前でしょ。エブラーナのお金は第一にエブラーナ国民のためにあるんです。エッジさんも、ミストの王様じゃなくエブラーナ国王なんですよ」
「だから分かってるって」
「本当に分かってたら国のことそっちのけで女のケツ追っかけ回したりしませんよね」
「お、お前たまにすげえ口が悪くなるよな」
 でも事実だ。

 まあ、リディアが好きだからミストを助けたいというのはべつにいい。情が深いのは彼の魅力だろうしそれは国民も受け入れているはずだ。
 国のお金を勝手に使っているのが問題なのであって。
「ミストに貢ぎたいなら自分でお金を稼ぎましょう」
「へ?」
「ダムシアンで働きませんか?」
 ポカンと口を開けっぱなしたエッジさんをスルーして話を進める。
 本当ならベイガンさんたちに行ってもらって我が家の資金源にする予定だったのだけれど、まあいいや。こっちはそんなに困ってないし。

「ダムシアンって、お金や資源は余ってるけど人手が全然足りてないんですよ」
 私が殺しちゃったので。とはさすがに言わない。
「魔法の歌を唱えられる王族がギルバート王以外いなくなって国内にモンスターが増えてて」
 王族は私が殺しちゃったので。とはさすがに言わない。
「だから、ダムシアンの商隊や、城に移住する民衆の護衛をしませんか?」

 王族が町を巡って魔物を抑えられなくなり、砂漠に点在していた集落は撤収して大きな城下町を作ることにしたらしい。
 ただ、まともな軍隊を持っていないため国民の移動に手間取っている。
 今はファブールの僧兵を借りているけれど、あっちだって主力僧兵部隊を失って軍部がごちゃついているところだ。ダムシアンばかりに構っていられない。
 その点エブラーナは、城はルビカンテさんに破壊されたけれど人はあんまり死んでいないから。
「修行中の忍者を連れて行けばいいですよ。護衛のお給金が貰えるし、流通が整備されればミストも助かるし、ダムシアンなら恩を売る価値もあるし」
「そりゃ、そうできればありがてえけどよ」
「連絡をくれればテレポで送り迎えしますよ」

 リディアだってミストを助ける資金がエブラーナの国民からもぎ取ってるものだと知ったら嫌がるだろう。
 どうせなら綺麗なお金で助けた方がいい。ということで、エッジさんも異論はないようだけれど私へ向ける視線は不審そうだ。
「お前はなんでそこまでしてくれるんだよ? 言葉を返すわけじゃねえが、俺個人としてならともかくエブラーナは何の恩も返せねえぜ」
 恩になるのだろうか? エッジさんが私財を擲ってミストを助けるのとは違って、私はこの行いで何も失っていない。
 むしろ雑魚モンスターを一緒に連れていって私共々ついでに特訓ができるので助かる。もちろんダムシアンとの交渉はエブラーナに任せてしまうつもりだ。

「……ただの親切ですよ?」
「ユリ……お前って、とんでもなくいいやつだな!」
「実はそうなんです」
 厚顔でなければ魔物の主なんてやっていられない。それに、じいの相談にルビカンテさんがいつまでも煩わされたら困るもの。


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