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🔖Sweet Bitter Candy



 魔物は食事を必要としない。だけど私は人間的な感情を保つため、人間だった頃にやっていたことは今でもすべて続けている。食事、入浴、その他諸々。
 ベイガンさんやメーガス三姉妹を始めとした元人間の皆さんも同様だ。だから私の作る料理はなんとなくバロン風になってきている。
 ちなみに、エブラーナの王妃様は魔物の肉体を手に入れてから食事を摂らなくてよくなったことを喜んでいたのだけれど、王様は今でも私と同じく食事をしている。
 必要なくても食べないと気持ちが荒む! というのが彼の言い分だ。その感覚は私にもよく分かった。
 何かを食べて、美味しいと感じ、表情が綻ぶ。味覚を楽しむのは人間の特権だと思うわけです。

 食事の時間は、ベイガンさんたちと一緒に食べることも多いのだけれど、最近はよくルビカンテさんが同席している。
 魔物は食事を必要としない。でも食べたからって体に害があるわけでもない。一緒にどうですか? と誘えば乗ってくれることもあるのだ。
 というかルビカンテさんは基本的に私のお誘いを断らない。必要性のない趣味としての食事にも、律儀に付き合ってくれるから嬉しい。
「おいしいですか?」
「よく分からない」
 ……まあ、まったく作り甲斐はないけど。

 食べ物の味にこだわりなんかなくて、興味を示してくれない様子を見るとやっぱりこれは人間特有の感覚なのかなと思う。
 ルビカンテさんでさえこれだけ無愛想なのだから他の四天王の反応なんてお察しだ。それでも自分の作ったものが誰かの口に入ることには幸せを感じる。
 心まで魔物になって味を楽しむという気持ちを忘れてしまうのはなんだかちょっともったいないな。
 ……できればいつかルビカンテさんに「おいしい」と言ってもらいたい。彼が味覚を思い出す日は来るんだろうか。

「そういえば、セシルって味覚がゴルベーザさんに似てますよね」
「味覚が、とは味の好みが似ているということか?」
「そうです。ゴルベーザ時代においしいなと思ったものを差し入れると喜んでくれるので」
 やっぱり兄弟だからだろうか? ゴルベーザさんが帰ってきたら料理で弟の胃袋を掴めるんじゃないかと思う。

「お前がバロンを訪ねるようになったのはセシルに手料理を食べさせるためだったのか」
「セシルというか、主にローザさんに頼まれて、ですけど」
 王宮には専属の料理人もいることだし、あまり自分から行きたいとは思わない。
 でも忙しすぎるとセシルは食事を疎かにして、飲まず食わずで仕事を続けてしまう。周りの人間が休めと言ってもやめないらしい。
 私は“お客さん”だからお土産に手料理を持っていけば気を使ってセシルも食事の時間を作ってくれるというわけだ。

 あとは、前にルビカンテさんにあげる予定だったクッキーを食べられて以来、エッジさんにも差し入れを頼まれることがある。
 やっぱり「おいしい」と言ってもらえた方が作る側としてもやり甲斐を感じるので……ルビカンテさんは不満そうだけれど。

 私のごはんをつまみ食いしながらルビカンテさんは眉間にシワを寄せてなにやら考え事をしている。たぶん、おいしいかどうか悩んでるんだと思う。
 味を分かりもしないのに嘘やおべっかで「おいしい」というのは彼の主義に反するんだ。変なところ生真面目だから面白い。

「そんなに難しく考えなくても、辛いとか甘いとか苦いとかの違いさえ分かれば、あとはどれを食べたいかってだけなんですけどね」
「いや、相当に難しいぞ。味の違いは分かるがどれを好むかと言われると……ユリの作ったものならばすべて良く感じるんだ」
「……そ、そうなんですか」
 それはちょっとした殺し文句にも聞こえる。私の手料理なら何でもおいしいっていう……? うーん、頬っぺたが熱くなってしまった。

「セシルとローザさんと、あとエッジさんはわりと甘いのが好きですね。疲れる仕事だから糖分が欲しくなるのかも」
「疲れると糖分が欲しくなるのか?」
「エネルギーに変えやすいので」
 本当は脳によくないらしいけれど。でも、疲れた時に甘いもの食べて休憩するのはいいことだと私は思う。
 食べ過ぎれば体に悪いのは何だって同じなのだし。甘いもの食べて幸せな気分になるのなら、それはちゃんと休息になっているんじゃないのかな。
 あんまり「健康第一」とか「栄養価がどうのこうの」なんて考えに囚われるのはそれこそ不健康ってものだ。
 おいしいものをおいしく食べる。それが一番いい。

「ユリはあまり甘いものを欲しがらないな」
「えっ、それは私がろくな労働をしていないという意味でしょうか……」
「そんなことは言っていない。だが疲れたら甘いものよりも私に言うべきだ。その時は全力で回復してやろう」
「あ、ありがとうございます」
 でもたぶん、回復魔法で疲れは癒えないと思う。確かにHPは満タンになるのだろうけれど、そういうことじゃないんだ。

 あと私があまり甘いものを食べないのは、歯止めがきかなくなりそうで怖いからです。
 魔物の体はどれだけ食べても太らないっていうけど信用できない。
 それにこっちの食べ物は私にとって新鮮で面白いから、できる限りいろんなものを口にしたいと思うんだ。

「ファブール料理は辛いらしいですね。リディアさんがわりと辛いもの好きだっていうのは意外だったなぁ」
 一時旅を共にしたヤンの影響だろうか。
 新王妃になったヤンの奥さんにも懐いて、たまに会いに行ってるみたいだ。名前は知らないけどあの包丁をくれる人。
 私もファブール料理、食べてみたいな。何系なんだろう? インドっぽいの? それとも中華料理? わりと寒い地方だから辛いものが好まれるのかな。

 各国の料理に思いを馳せ、食事中だっていうのにお腹を空かせていたら、ルビカンテさんはなぜか剣呑な顔つきで私をじっと見つめていた。
「な、なにか?」
「前々から不満だったのだが、なぜユリはセシルだけ呼び捨てなんだ」
「……え?」
 呼び捨て、だったかな。言われてみればそうかもしれない。うーん。無意識なので、どうしてと聞かれても困る。

 もともと目上の人を相手に打ち解けて敬語を崩すのは苦手だ。
 ローザは歳が同じくらいだし、リディアも似たようなものなので敬語じゃなくなりつつあるけれど。
 他は皆、どんなに親しくなっても呼び捨てにはできない気がする。でも確かにセシルを「セシルさん」と呼ぶことはなかった。

「物語の主人公、だからかな? 実際に接してると人間味を感じるので呼び捨てにはしにくいんですけど、主人公は別格というか」
「別格か」
「あ、変な意味じゃないですよ」
「……」
 あれ、まずい。なんか不機嫌になりつつあるぞ……。

 こっちに来たばかりの頃は、まだ“ゲームのキャラクター”という意識が強かったから誰のことも心の中では呼び捨てだった。
 カインさんとかローザさんとか、生身の人間として目の前に現れてからは呼び捨てになんてできなくなってしまう。
 そこから更に時を経て、リディアやローザは……親しみの表現として、敬語がなくなりつつあるのだけれど。
 なるほど、ルビカンテさんはそこが不満なのかもしれない。
 一番長く一緒に過ごして、一番親しくしているはずの四天王にはずっと“さん付けで敬語”のままだから。

「でもルビカンテさんたちを呼び捨てにするのはそれこそ気持ち的に無理というか」
「では他に呼び方を変えられないのか? セシルが別格というなら、私のことを他の有象無象と同等に扱われるのは少々気に入らないな」
「呼び方だけの問題で、有象無象と同等ってことはまったくないんですけど」
「試しに一度だけ呼んでみたらどうだ」
「えー……」
 めちゃくちゃ期待に満ちた目で見てくる……。

「じゃあ、えっと……ルビカンテ」
「……」
「さん」
「……」
 やっぱり無理です。親しいというなら四天王に対しては最初から全力で親しみを感じていたのだ。これ以上変化しようがない関係を築いてきた、ってこと。
 ルビカンテさんはもう完膚なきまでにルビカンテさんなのだから、今さら呼び捨てになんて絶対できない。
「呼び捨て以外じゃダメですか」
「たとえば?」
「うーん」

 そもそも今の私はもう“ゴルベーザ様”じゃないのだ。ルビカンテさんたちの方が立場は上。もうちょっと敬意を籠めて呼ぶべきかもしれない。
「ルビカンテ様」
「……それは駄目だ!」
 なぜか顔を覆って踞ってしまった。そんなに駄目なんだろうか。
「お前は私の部下ではないのだから、様はやめてくれ」
 確かに、ルゲイエさんはルビカンテさんを様付けで呼ぶし、ベイガンさんはカイナッツォさんに、メーガス姉妹はバルバリシアさんに様を付ける。
 それぞれ上司と部下の関係だからそうしているんだ。そこで私が四天王全員に様をつけたら指揮系統が混乱するかもしれない。

「ユリにとって私は他の者たちと同じなのか?」
「え!? い、いえ、そんなことは……」
 ちょっと待って、気づかなかったけどこれはまさかもしかして私にはまったく縁のなかった“恋人限定の特別な呼び方問題”なのでは?
 そんなの私に思いつくわけないよ。恋人、好きな人、まだあなたなんて呼ぶのは早いし、旦那様……だから気が早いって、他には……。
「……ご主人様?」
「……うん?」
 なんかそれは、違うな。うん。絶対に何かが違う。
「今のは忘れてください」
「私はいいと思うが」
 よくよく考えたら恥ずかしすぎるので無理です。

「考えとくので、もうしばらく今のままでお願いします……」
「仕方がないな。だが私とお前はもう対等なのだ。いずれは他人行儀な呼び方などやめてくれ」
「が、頑張ります」
 確かに、上下関係を感じさせる呼び方はゴルベーザだった頃を象徴する雰囲気もある。他人行儀なつもりはないけど素っ気ないと言われると否定できない。

 関係が変わったんだから、呼び方も変えるべきかな。もっとなんかこう、甘く……甘く? 駄目だ、私には難易度が高すぎる。
 呼び捨て……呼び捨てかぁ。
 彼が味覚を思い出せる頃にでもなれば、私もそれくらいできるようになってるかもしれないけれど。


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