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🔖スローなブギにしてくれ



 私の魔法耐性を高める特訓は主に地底で行われる。ここが一番、広くて人が少なくて安全だから。
 人口密度の低い地底なら、事前にジオット王に通達してドワーフの町に近づかなければルビカンテさんが多少暴れても被害は出ない。
 もっと正確に言うと“私以外には”被害が出ないので、特訓しようという日には二人で地底に来るのが定番と化していた。
 べつにバブイルの塔でやっても構わないのだけれど、うっかりスカルミリョーネさんの部下なんかを巻き込んだら大変だし。
 戦いのことになるとルビカンテさんはまったく容赦がないというか周りが見えなくなるので、特訓は誰もいないところでしか行えない。

 正直、私としてはもう充分に力をつけたかなと思っていた。ルビカンテさんの炎に耐えられる時点で雑魚モンスターの域は脱しているはずだ。
 でも強者マニアのルビカンテさんには全然物足りないらしく、暇を見つけては様々な方法で鍛えられている。
 たとえば火燕流に巻き込まれたり、不意打ちでファイガを食らわされたり、寝てる時にベッドを燃やされたりいろいろだ。
 私が鍛えてもベッドの火耐性は変わらないので寝てる時に攻撃するのだけは止めてほしいと思う。

 溶岩の熱気にげんなりしながら今日の課題は何だろうかと隣に立つルビカンテさんを見上げたら、彼は言った。
「溶岩の中を泳げるほどになれば私が全力を出しても耐えられるようになるだろう」
「無理です」
 ルビカンテさんの特訓内容は、わりといつもこんな感じだ。

 魔法の特訓ならゴルベーザさんの体にいた時もこなしてたし、あの頃もスパルタだと思ってたけれど、私が魔物になってから鬼教官度合いが更に増している。
「何が無理なんだ?」
「溶岩の中を泳ぐっていうのが完全に人間の発想じゃないです!」
「当然だろう。お前は魔物なのだから」
 そうなんですけど……。特訓とか修行とかの範疇を越えて“拷問”もしくは“虐殺”ではないですか、それって。

 そもそもルビカンテさんの全力に耐えられるようになる必要性を感じない。
 私たちって味方同士ですよね? 全力の魔法をぶつけられる可能性なんてないはずですよね?

 ものすごく気が乗らないけれど、あまり駄々をこねていたら無理やり溶岩の中に突き落とされそうだ。
 ルビカンテさんはとてつもなく厳しいけれど私を殺すつもりはない。彼がやれと言うならそれで私が死ぬ恐れはないということだ。
 だから安心して……安心して溶岩に……、無理ですよね。
「溶岩なんか落ちないように注意こそすれ、間違っても飛び込むものじゃないですよ」
「私の配下ならばルゲイエ以外は誰でも平気だが」
「みんな火属性だからですそれは!」
 ボム系モンスターなんて溶岩の中から生まれてくるのもいるのに、一緒にしないでほしい。

 私は水属性なので溶岩は相性が悪すぎますと抗議するとルビカンテさんは、だからこそ克服すべきだと言ってくる。
 そしてちょっと離れたところに炎を起こしてみせた。地面が溶けた。
「迂闊に焼けたり溶けたりしたくないのなら、私の炎には耐えられるようになっておけ」
「うぅ……」
 四天王最強だっていうのに、そう易々とルビカンテさんの攻撃を無効化できるわけないじゃないか。溶岩ならまだしも。
 そう、意思のない分、彼の炎をぶつけられるよりは溶岩に浸かる方が対処は簡単かもしれない、とか思い始めてる自分が嫌だ。

「こんなボコボコいってるとこに入るなんて正気の沙汰じゃないよ……」
「熱い風呂だと思えばいいのではないか?」
 熱すぎますよ。それに私は江戸っ子じいさんじゃないのでめちゃくちゃ熱いお風呂はそんなに好きじゃない……。
 でも水か氷のバリアで守れば大丈夫かな? 精神的には大丈夫じゃないけれど、肉体的には平気になるかもしれない。

 ルビカンテさんにうっかり燃やされたり溶かされたりしないためには、やっぱりこの特訓をクリアしておくべきなのか。
「……」
 なおも渋っていたら急にルビカンテさんの表情が険しくなり、怒っているのかと思って慌てて溶岩に飛び込もうとしたら腕を掴んで引き留められた。

 彼は振り向くと同時に火燕流を放つ。間一髪で飛んできたブリザガが相殺された。
「そこのお主、今のうちに逃げよ!」
「てっ……」
 テラ! なんでここに? というか私はゴルベーザさんの姿じゃないのになぜ一瞬でバレたのだろう。逃げろって誰に言って……、
 ……あ、私に言ってるのか。攻撃されたのは私じゃなくルビカンテさんだ。

 どうやら私のことを魔物に襲われている人間と勘違いしたらしく、テラは杖を翳したまま警戒心もあらわにルビカンテさんを睨んでいる。
 そしてルビカンテさんの方も誤解をとかずに応戦する満々なのを見て、慌てて間に入った。
「あの、大丈夫です! 襲われてるんじゃなくて仲間で、というか私も魔物なので!」
 驚いた顔をしつつもテラの目が油断なく私を見つめる。やがて私の違和感に気づいたらしく、杖を下ろした。

「人間ではなかったか」
 魔物と分かれば私ごと退治されてしまうのではとも心配したけれど、いきなり襲ってくるつもりはないみたいだ。
 ルビカンテさんはガッカリしてるけれど私はホッとした。この二人が戦ったら本当の殺し合いになっちゃうよ。
「仲間割れか?」
「いえ、特訓をしていただけです」
「なぜ人間に化けておる」
「それは……」
 どうしよう。テラは私が誰かに気づいていない。ルビカンテさんのことも知らないらしい。

 以前なら、ゴルベーザさんの体さえ傷つかなければ彼の憎しみを受け止めようと思っていた……でも今の私は勝手に死ねない。正体を明かしていいものか。
「元人間なんです。これは私の前世の姿です」
 結局、嘘はつかないまでも本当のことは言えず誤魔化してしまった。
 テラはなぜだかすんなり納得したようで敵意を引っ込めた。

 メテオを放ち、ゾットの塔で死ぬはずだったテラはバルバリシアさんの気まぐれとシルフの献身的な治療によって一命をとりとめた。
 その後、シルフたちの洞窟を去ってどこでどうしているかは敢えて探さなかったのだけれど、今までずっと一人で地底をさまよっていたのだろうか。
 地上でも元々は旅をして賢者の修行をしてたみたいだから、ドワーフを相手に似たようなことをしていたのかもしれない。

「あの、地上に送りましょうか?」
「なぜだ」
「ええと、地底の人じゃないですよね。迷い込んできたのかなぁ、と」
 望むならテレポで送り届けるし、魔物に助けられるのが嫌ならバブイルの塔から自力で上へ登ってもらってもいい。私がそう言うと、テラは静かに首を振った。
「もはや地上に帰る理由はない」
「で、でも……」

 あの一件が彼の中でどう変化しているのかは分からない。けれど仇を打つことしか考えられない、というほどの憎悪は感じられなくなっていた。
 憎しみが完全に消えたわけではないだろう。
 でもテラは、ゴルベーザを探すでもなくセシルのもとへ行って事の真相を聞くでもなく、今も地底に一人でいる。

「お主、名は何という?」
「……ユリ、です」
「なぜ魔物になったのだ?」
「仲間のそばにいるためです」
 アンナのいない地上は彼の帰るべき場所ではない。……そういう、ことだろうか。

 揺らめく溶岩の海を見据えて、テラはじっと押し黙っている。その横顔にかける言葉が見つからない。
 彼の怒りも憎しみも、尤もだと思う。私が赤の他人なら復讐を後押しするかもしれない。でも今の私は、彼に殺されたくない。
 もし立ち向かってくるなら、ルビカンテさんに助けてもらうまでもなく私自身の手でテラを殺すだろう。

 やがて彼は小さく息を吐き、地底の空を見上げた。
「憎しみからは何も生まれぬ。私は若者を諭し、導かねばならぬ立場だというのにな」
 背後にいたセシルたちを顧みることなく、私を殺すためにメテオを解き放ったあの時とは、何かが決定的に違う。
「賢者となり、すべてを手にしたような気になっておったが、私はこのような世界があることさえ知らなかった」
 魔物と幻獣に命を救われた。その事実が少しは“物語”を変えられたのだろうか。

「未だ知らぬ世界、心がある。私はそれを見据えねばならない。お主のお陰で、娘のもとへは行きそびれたのでな」
 あ、やっぱりバレてる……。
 怒りに目が眩んでいてさえどこか冷静なのが魔道士というもの。まして賢者ともなれば、姿形が変わったくらいで騙されないか。
 じゃあテラは、私が何者かを最初から分かっていて、それでも殺そうとはしなかったんだ。少なくとも今は。

「私は修行をやり直す。お主も、努々油断せぬことだ」
 許されたわけじゃない。これは和解ではない。いつか力をつけたテラが、また私を殺しに来るかもしれない。
 そんな日は来ない方が嬉しいけど、死んで憎むことすらできないよりは、生きて憎み合う方がずっといいと思えた。

 こちらを振り返ることなく去っていった背中を見送り、ルビカンテさんがぽつりと呟く。
「惜しいものだな」
「えっ?」
「あれほどの力を有していてもあと数十年しか生きられぬとは。人間の生は、短すぎる」
 テラがいくつかは知らないけど、あと数十年あるなら充分じゃないのかな。でもそれは人間の感覚だ。
 魔物からすれば真の強者となるには短すぎる時間だろうか。

 たとえばテラが魔物と化して無限の寿命を手に入れたとしたら、一体どこまで強くなるのだろう。
 ああそっか、ルビカンテさんは私にそんな強さを求めているんだ。人間の境を越えて、魔物と並び立てるくらい。永遠に強くなり続けることを。

「さて、訓練の続きに戻ろうか」
 ああー、やっぱりどさくさに紛れて忘れてはくれなかったか。
「参考までに、私をどれくらい強くしたいんですか?」
「そうだな。ユリの基準で言うならば“ラスボス”を一人で倒せる程度だろうか」
 なぜソロプレイ前提なんですか。ファイナルファンタジーってそういうゲームじゃないよね。
 いや、楽しみ方の一つとしてはいいけど「仲間がいるから頑張れる」のが根底にあるストーリーだったはずだ。

「そこは『一人で倒せない相手も仲間がいれば』ってところだと思うんですが」
「実戦ならばお前だけに戦わせはしない。だが、あらゆる状況を念頭に置いておくべきだ」
「考えたくないなぁ……」
 そりゃあ確かにゼムスを一人で、しかも余裕で倒せる強さを得られれば月の帰還も安心だけれど。そこまで飛び抜けた強さなんか、べつに欲しくないのにな。

「ルビカンテさんって縛りプレイの方が好きだと思ってた」
 低レベルとか低歩数とかタイムアタックとか、わざと苦戦を楽しむイメージだ。だから予め限界まで鍛えておこうというのは意外だった。
 そんな思いを籠めて見上げると、ルビカンテさんはなぜか口を歪めて怪しい笑みを浮かべている。
「相手の自由を奪うのは好きではないが、ユリが望むなら吝かではない」
「……え? 待ってください、ゲームのプレイスタイルの話ですよ!?」
「ああ。分かっている」
「分かっててわざと勘違いしてる気がする」

 溶岩は魔法の産物じゃないからシェルをかけても無駄かな。プロテスもかけようか。バニシュすれば熱を防げるかも。でも溶岩って物理攻撃なんだろうか。
 思い悩みつつ、岩をも溶かす熱に負けないよう自分の中心で水の力を練り上げていく。
 死にかけたらルビカンテさんが引き揚げてくれるはずだから大丈夫。
 大丈夫以前に、好きな人に溶岩風呂を強制されている現状がなんかもうよく分からないけれど。

 私はただ仲間が守れる程度に強ければそれでいいんだ。
 でも、次の敵にその仲間が奪われる可能性がある以上は強くなりすぎて困るということもない。
 皆を守るためなら、どんな特訓にでも身を捧げよう。


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