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🔖FLY INTO YOUR DREAM



 ユリが寝ている間、一晩中見守っていてもいいという許可を得た。それを嬉しく思うと共に以前彼女の寝顔を見ながら抱いていた悩みもまた再発する。
「う……ん……」
 魘されているユリを見た時、起こしてやるべきなのか? それとも睡眠時間を削らせぬよう放っておくべきなのか?
 人間の精神と身体にとってどちらが正しい行いなのか、悩ましいところだ。

「……う……」
 今夜は特に酷いようでユリはずっと眉をひそめたまま何度も寝返りを打っている。彼女が苦しげに呻くたび起こしてやりたい衝動に駆られた。
 精神魔法でも使えば彼女が今どのような悪夢を見ているのかを窺い知り、適切に対処してやれるのだろうか。
 たとえばそれを明るい夢に変えることもできるのかもしれない。
 しかし私は精神魔法が苦手だ。心を読む程度までは習得できても他者の精神を支配し操作することがどうしてもできない。
 相手を己が意のままに動かせるなどつまらない、と思ってしまうせいだろうな。

 以前ならばユリを起こせば「夜は部屋にいないでください」と言われるのが分かりきっていたため、魘されていても黙って見ていることしかできなかった。
 しかし今は本人の許可を得て一晩中この部屋にいるわけだ。おそらく、起こしても彼女は怒らないはずだ。
 魔物の肉体はヒトのように睡眠を摂らなくても生きてゆけるようになっている。ならば質の悪い夢を貪るより寝不足のほうがまだマシというものだろう。

「ユリ」
 何度か肩を揺さぶりながら呼びかけると彼女はゆっくりその目を開けた。寝惚け眼に涙が滲んでいるのを見てとりもう少し早く起こすべきだったと後悔する。
「……ルビカンテさん……?」
「大丈夫か? 悪夢を見ていたようだったが」
 虚ろな目で見上げられ、べつに用もなく起こしたわけではないのだとつい言い訳をしてしまう。

「……」
 私の姿を見留めたものの、まだ現実と夢の境にいるのだろうか。ユリはぼんやりとこちらを見上げたまま不意に手を伸ばし、私に触れた。
「ユリ?」
「……ふふ」
 そして嬉しそうに微笑みながら私に抱きついて、再び眠りの世界へ沈んでいった。

 私の背中に手をまわして、心音を確かめるように頬を胸板にあてながらユリは寝息を立てている。
 さっきより酷い悪夢を見そうな、かなり辛い体勢に思えるのだが。
「引き剥がすのは勿体ない気がしてしまうな」
 しかしこの状況をどうすればいいんだ。
 ユリは私にしがみついているため寝転がることができずにいる。こんな体勢で眠っては朝目覚めた時に体が痛いだろう。

 寝顔を見る限り悪夢は綺麗さっぱり消え去ったようだ。私がユリを抱きかかえたまま寝そべればいいのかもしれないが、寝台を燃やしてしまう気がする。
 長椅子に連れて行けば、あれは炎に耐性を持つ魔道具を組み込んであるので一緒に眠ることもできる。
 だがそこまでユリを運ぶためにはこの腕を解かねばならない。
 こんなことなら寝台も炎に耐える加工をしておけばよかったな。うっかり使ってしまわないよう後回しにしていたのが仇となったか。

「……仕方ない」
 先程までとはうって変わって幸せに満ちた笑顔で眠るユリが私の腕の中にいる。この充足感のためならばいくらでも炎を抑えよう。
 そう、どうせ見るのならくだらない悪夢ではなく私の夢でも見ていればいい。
 結局は私も寝台にのぼり、彼女に添い寝することにした。これはユリの眠りを妨げないためだ。他意はない。

 が、ユリに抱きつかれたまま寝そべろうとしたところでふと気づく。この体勢ではどう寝転がっても彼女の腕を体の下敷きにしてしまうのではないか?
「……」
 もう一度ユリを起こして体勢を変えさせるか。しかし次に起きたら彼女は我にかえってこの腕を離してしまうだろう。
 羞恥心からすぐ離れたがるユリが私に抱きついたまま眠るなどということはあり得ない。この状況は彼女が寝惚けていたから起きた奇跡だ。

 ならばと寝台の上に座り、彼女を抱き寄せて膝に乗せる。
 座ったままでも支えていてやればそう辛い姿勢にはならないはずだ。私はかなり腹筋が辛いが。
 明日は何十年ぶりかの筋肉痛になるかもしれない。このところ魔力を鍛えることばかり考えていたが、こういう時のためには筋力もあげておきたいものだな。

 水属性のユリの体は人間以上に熱を好まない。彼女が心地よく感じる体温を保つにはかなり気合いを入れなければならなかった。
 それでも、私に体を預けてすやすやと眠る顔を見れば自然とこちらも満ち足りた気持ちになった。
 ……しかし触れるだけ触れてそれ以上は何もできない。こんな夜が十数年も続くとなると、それはそれで辛いかもしれんな。
 月の帰還とやらが早く終わってくれればいいのだが。


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