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🔖24時間の情事



 私の部屋が毎日のように壊れる。直しても直してもキリがないほどに。
 なぜかルゲイエさんの失敗作が暴走したり、なぜかボムが特攻してきて自爆したり、なぜかゾンビーたちが喧嘩を始めたり。
 このところまったく自室で過ごせていない。というか部屋にいると危険なのでルビカンテさんのところに泊まらせてもらっている。

 彼はようやく24時間監視体制を解いてお風呂やトイレについて来なくなったけれど、寝る時は常に一緒だ。
 私がルビカンテさんの部屋で寝てるんだから仕方ないとも言える。ちゃんと自分の部屋にいるのだから彼は悪くない。
 でも、なにこの状況? 納得できない。何者かの作為を感じる。

 いつの間にやらベッドやクローゼットなども運び込まれて、ルビカンテさんの部屋は完全に私の居住空間に変貌していた。
 彼が集めてきた物品も好きに触っていいと言われているので、自分の部屋とまったく変わりなく過ごすことができる。
 装備類を眺めるのも楽しいけれど、各国の本がとても面白い。国家の記録から大衆娯楽小説まで様々なものが揃っている。

 本といえばローザが結婚した時にも何冊かもらったのだけれど、それらは知らない間にルビカンテさんが買い直していた。
 内容はローザがくれたのとまったく同じだ。彼のこだわり的に初版がいいとかあったのかもしれない。
 ルビカンテさんの興味は幅広く、いろんな本がどんどん増えるので寝る前に一冊読むのを日課にしている。

 今夜は何を読もうかと手にとった質素な装丁の表紙を何気なく開いて、
「ひぇっ!?」
 思わずそのまま壁に投げつけそうになるのを堪え、慌てて本を閉じた。愕然とした。すごく肌色だったのです。
 その本は、え、え、エッチな本、だったのです。

 カイナッツォさんなら分かる。でもまさかルビカンテさんがこんな本を持ってるとは……カイナッツォさんなら分かる。
「……」
 でもよく考えたら実は真面目な医学書とかなのでは、とも思った。
 だってカイナッツォさんならともかくルビカンテさんがそんな本を持っているとは思えない。

 彼の名誉のために勇気を振り絞って再度その本を開いてみた。
 うん、紛うことなきエロ本です。それも微に入り細を穿つ、凄まじい描写力の絵がついている。ちょっと和風なのでエブラーナの本だろうか。
 そういえば春画も結構すごかったな。倫理や規制を喧しく騒ぎ立てる現代よりも昔の方がよっぽど過激で、この本もそんな感じだ。
 どこを開いても欲望が駄々漏れ、性の勢いが溢れていて頬と言わず顔と言わず全身が熱くなってくる。

 エッチな本というよりエッチの本だろうか。カーマ・スートラの春画バージョン的な内容だ。解説が細かすぎて、絵がリアルすぎて目眩がしてきた。
 えっ、それってそんなに……そ、そんなの本当に大丈夫なの? そこにそんなこと……。
「面白いか?」
「いやあああっ!!」
 急に耳元で囁かれて思わず放り投げた本は真上に飛び上がり、私の頭に落ちてきた。

 本を抱きかかえるようにして隠し、振り向くとルビカンテさんが肩を震わせて笑いを堪えていた。
 ううっ、一部始終を見られた。ビックリして投げた本が頭に激突して思わずそれをキャッチしたところまで見られた。
 いやそれよりも、こんなものを見てるところを見られてしまった! ってそもそもこれはルビカンテさんの本なのだった。
「な、なんでこんなもの持ってるんですか」
 ちょっと泣きそうになりながら聞くと、まだ笑いを噛み殺しながらルビカンテさんが答える。
「ああ、以前エブラーナ城で見つけたんだ」
 見つけたからって迂闊に持ち帰らないでほしいです。というか保管しないで処分してほしい。

 まさか必要としてるわけじゃないよね。まさかね。ルビカンテさんは魔物なんだし。元人間だけど……。
 つい先日の会話が甦ってまた体が熱くなる。いやいやいや、あれは絶対ルビカンテさんなりの冗談だし。
 ふと本を抱えっぱなしなのを思い出した。慌てて本棚に戻そうとしたら、ルビカンテさんが後ろから包み込むように私の腕を掴む。
 そのままギュッと抱き締められた。腕の力強さとか手の大きさとか普段なら気にしないのにやたら意識してしまって、軽くパニック。

「私は人間の営みからは縁が切れて久しいが」
 ルビカンテさんは私の手を取って本を開かせた。肌色のものが思い切り視界に入ってくる。
「魔物も人も生殖のやり方は大して変わらないようだな」
 ……子供が欲しくなったらいつでも協力するって、冗談だよね? からかっていただけだよね。そのはずだ。たぶん、そのはずなんだけど。

 両腕を掴まれたままくるっと体の向きを変えられ、前門のルビカンテさん後門の本棚といった感じで逃げ場を失った。
「ユリはそれが何か分かるのか」
「え、ま、まあ」
「では説明してくれないか?」
「!?」
 な、な、何を言ってるんだろうこの人! それとも本当に内容が分からないのだろうか?

 人間のことを知りたいというなら協力しようとは思うけれど、これを説明しろなんてさすがに無理だ、恥ずかしすぎる。
「これはべつに、知らなくて、いいと思いますよ?」
 声が上擦る。ルビカンテさんは私の言葉なんて意に介さずペラペラと無造作にページを捲っている。私の目の前で。
「自分でも目を通したのだが、思い込みで間違った知識を得てはいけないからな。人の目から見て、その本はどういった内容なのかを教えてほしいんだ」
 ああさすがはルビカンテさん、勉強熱心だからこんな本まで興味を持つんですね。勉学のためなら、仕方な……くない。いやこれ絶対、違うでしょう。

「さ、さっき“生殖のやり方”って言ってたし、実は内容分かってますよね」
「チッ」
 舌打ちした! おかしいな、ルビカンテさんってこんなキャラだったっけ? ゼムスとの戦いが終わってから変だ。
 最近ちょっとまともに戻ったと思ってたのに、やっぱり変だ。

「ではつまりこれは確かに生殖のやり方について書かれている本であり、ユリはその内容を正しく理解しているということだな」
「え、う、うぅ」
 内容が相当マニアックなので正しく理解していると思われたくない。でも「じゃあどれを理解してるんだ?」と聞かれても困るので黙るしかなかった。
 そしてそのマニアックな部分を的確に指してルビカンテさんは尚も質問してくる。

「分からないことも多い。たとえばこれだ。なぜ道具を使っているのか? 明らかに生殖とは無関係だろう」
「わ、私ゼロ歳のモンスターなので分かりません」
 もういろいろ耐えられなくて強引に包囲を突破しようと試みたところ、腰を抱かれて軽々と捕まえられる。
「だがユリは子供が欲しいと言ったじゃないか」
「えっ」
「本当に分からないのなら、一緒に学んでみるか?」
 顎を掴んで上向かせられ、目が合った瞬間、顔が爆発したかと思うほど熱くなる。
 私がいずれ子供が欲しくなるかもしれないと言ったから、この本を手に入れてきたというのだろうか。それって一体……。

「で、でもそれは、今すぐの話じゃないって言いましたし!」
 子持ちで月の帰還が始まったら自由に身動きとれなくて大変だと思う、ってそういう問題じゃないけど。
 残る戦いも終わって落ち着いて、私も誰かと恋愛する気になったら、自分の家族が欲しくなるかもしれないというだけの話だ。
 もちろんその相手がルビカンテさんで困るわけではないのだけれど。むしろ私は嬉し……いやだから、そういう問題じゃなくて。

「まだそんな、今すぐこういう、そういうことではなくて」
 なんだか自分で何を言ってるのかも分からなくなっていると、ルビカンテさんが頬を撫でてくれた。
 落ち着かせるため、慰めるため、優しいはずの仕草が今は逆効果だ。もうこれ以上ないってくらい顔が赤くなってるのが自分でも分かる。
「もちろん、次の戦いが終わるまでは何もしないさ」
「つ、次の戦いが終わったら?」
 返事の代わりに、私の腰を抱き寄せている腕に力が入る。足が宙に浮いてルビカンテさんの顔が間近に迫った。
「無理強いはしない。だが、お前に私以外を選ばせるつもりもない。覚えておけ」

 頭から湯気でも出てるんじゃないかという気がする。
「あの、でもなんで急にそんな話に?」
 始めは主の体に入り込んだ異物で、その後は仮の主人としてゴルベーザさんを取り戻すため一緒に戦い、私が転生してからは愛玩動物。
 ルビカンテさんは確かに私を可愛がってくれたけれど、性愛の対象として見られたことはなかったはずだ。
 不思議に思ってそう聞いたら、ルビカンテさんはまっすぐに私を見つめながら答えた。

「急ではない。自覚がなかっただけで、私は以前からずっとお前が欲しいと思っていた」
「以前から……?」
「ああ。ゴルベーザ様の体にいた時から、お前自身に触れたいと願っていた」
「それって、じゃあルビカンテさんは……」
「私はユリを愛しているよ」
 真正面で見つめ合ったままそんなことを告げられたら、羞恥を通り越して全身を貫く喜びに思考が蕩ける。
 私ばかりが意識して一人であたふたしていたのだと思っていたけど、違ったんだ。

 愛情の捧げ方も受け取り方もよく分かっていない私だから、こういったことには無縁のまま一生を終えるものと思っていた。
 けれどこちらの世界で大切な存在を得て、誰かを想う喜びを知った。私も彼に伝えておかなければならない。
「ずっと異性として認識されてないと思ってたから……嬉しい、です。私も……あなたのこと、が」
 どう言ったらいいんだろう? いろんな気持ちが入り交じって、これが恋愛感情だと自信を持って言えるほど経験豊富でもないし。

 ただ単純に私はルビカンテさんに構われると嬉しい。そばにいると嬉しい。好きだと言われることが、たまらなく嬉しい。
「私もあなたのこと……す、好きで……むぐっ」
 そして私の人生初の告白は唇によって塞がれた。初告白と同時に初キスってペースが早すぎると焦っていたら、唇を割って艶かしいものが入ってきた。
 舌を舐めあげられるという未知の体験にぞくりと背筋を駆ける感覚。沸騰する思考の中、このままでは大変なことになると警鐘が鳴る。

 詠唱なしで発動できるストップが必要だ、とか思いながらルビカンテさんの胸板をぺちぺち叩けば、なんとか顔を離してくれた。
「も……、もうちょっとお手柔らかに、お願いします……」
 私は初心者なんですよと涙目で訴えると、ルビカンテさんはなぜか嬉しそうに笑った。
「今はこうしてユリに触れられる。本当ならすぐにでもすべてを手に入れたいが、お望み通り十数年は待つとしよう」

 抱き上げられたまま、ぼんやりとルビカンテさんの肩に頭を預けて思う。
 犬猫のように扱われてるだけなのに、身の程知らずで恥ずかしかったけれど、異性として見られていたのだと知って仄かな嬉しさが込み上げてくる。
 ……でもちょっと待ってほしい。
 ゴルベーザさんの体にいた時からルビカンテさんの中にその気持ちはあって、私が自分の体を手に入れてから異性として接するようになったということは。
 悪気がない、わざとじゃない、ルビカンテさんは異性の意識がないのだからこれはセクハラじゃないと思って受け流していた行為は。
 ……わざとだった、ということになるのでは?

「わた、私、今日はバルバリシアさんのとこで寝ます」
「駄目だ」
 いい笑顔で断られ、私はルビカンテさんに抱かれたままベッドへと運ばれる。ま、待ってください!
「心配するな。まだ何もしないと言っただろう。安心して私の腕の中で眠るといい」
「寝れませんよ!」
 本当に十数年も流されずにいられるのかちょっと不安になった。


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