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🔖手招く悪意



 目を開くと体が自由に動かせるようになっていた。手を握っても開いても俺の意思通りにちゃんと動く。いや、この場合“ちゃんと”と言っていいのかは不明だが。
 俺ではなく、カイン殿の体だ。彼の意思に従わなければいけないはずなのに。
「カイン殿?」
 声も出せるようだ。自分の口から他人の声が出てくるというのは妙な感じだが、別人の肉体で数日間を過ごして多少は慣れてきた。そこかしこに抱く違和感もじきに気にならなくなるだろう。
「……カイン殿、いないのか」
 返事はなかった。端から見れば誰もいないところに向かって彼の……自分の名を呼ぶ俺は、相当に怪しいだろうな。
 俺がこうして表に出て彼の体を動かしているということは、カイン殿の精神が代わりに眠りについているか、もしくは先ほどまでの俺みたいに“内なる自分”として意識のどこかに存在しているのではないかと思うのだが。
 まさか死んでしまったということはないだろう。心臓は動いているし、呼吸もしっかりしている。たぶん幻獣の攻撃で気を失っているだけだ。彼が目覚めたら元に戻ると期待しておこう。
 村の北側ではタイタンが起こした地震のせいで崖が崩れていた。セシル殿の姿が見当たらないが、はぐれてしまったようだ。地割れに落ちたのでなければいいが。
 しかし、この断崖のお陰で今後のバロンとカイポやダムシアンとの往き来が完全に飛空艇頼りになってしまうな。
 セシル殿が生きているなら、ダムシアンにでも向かっているだろうか。あの国にバロンと対抗できる軍などないが、それでもファブールやエブラーナへの繋ぎとして助力を求めに行く可能性はある。彼が本気で国に刃向かうつもりならば……。
 俺も無理をすれば崖を越えて砂漠に出られるかもしれない。しかしミストまでの旅装しか整えていないうえに食糧もないのだ。やはりここは、一旦バロンに帰るべきだな。

 行きしな以上にモンスターの数が増えているような気がする。セシル殿がおらず一人で歩いているせいだろうか。
 カイン殿の体を自分で動かすのは初めてなので何とも不自由だ。彼が左利きなせいでもある。槍を振るうのにもいちいち戸惑ってしまうのだ。
 城に帰還すると早速、陛下からの御召しがあった。さて、どう出たものか。指輪から現れたボムの動きを見る限り、陛下にセシルたちを殺害する意図はなかった気もする。ボムはこちらを見向きもせずに村人だけを狙っていた。
 二人に選択肢を与えたのだろうか。疑念を捨てて、再び忠誠を誓えるのなら戻ってきてもいい、と。
 謁見の間に入ると、陛下が変わらぬ様子で待っていた。傍らにはベイガンが侍り、その反対側に黒い甲冑を纏った見知らぬ人物が立っている。
 跪く俺に向かい、儀礼をすべて飛ばして陛下が口を開いた。
「彼は赤い翼の新隊長、ゴルベーザ様だ」
 ……様? セシルの代わりが既に用意してあったのか。やはり戻ってくるとは思っていなかったんだな。にしても、なんだか嫌な感じがする。ゴルベーザとやらの視線を感じると頭がギシギシ痛むんだ。気を抜けば意識を失いそうになる。
「……ほう。お前は……変わった存在だな」
 地を這うような声だった。一瞬、魔物ではないかと疑ったほど不気味な響き。気配を探ろうとしてもうまく感じ取れなかった。あの甲冑が持ち主と外界を隔てているかのようだ。
 変わった存在……もしかしてそれは“俺”に言ってるのか? “カイン”ではなく彼の中にいる俺を見ている?

 ただ者ではない、というかベイガンや偽の陛下の態度を見る限り、このゴルベーザこそが黒幕だったのだろう。
 モンスターを差し向けて陛下を殺したのも、クリスタルを集めるのにバロンの軍事力を利用することを企んだのも、セシルにボムの指輪を持たせて召喚士を殺したのも。道理で人間臭い、まどろっこしい手段を用いていたわけだ。
 ゴルベーザの様子を窺いつつ陛下が口を開く。
「して、カインよ。セシルはどうしたのだ? ミストで崖崩れが起きたと聞いたが」
 耳の早いことで。一体何者が俺たちの動向を見張っていたのだろうな。
「彼の行方は分かりません。崖が崩れたのは召喚士の生き残りが幻獣タイタンを呼び出したためです。しかしながら、セシルはバロンに戻らぬでしょう」
「まことか」
「陛下の命には従えぬという言葉、確かに聞きました」
 だが俺は……“カイン”はバロンに戻ってきた。まだ国を離れる時期ではない。陛下の傍らに、見極めるべきものがあるのだ。
「幻獣討伐、ならびに遠征の任務ご苦労であった。竜騎士隊に戻るがいい」
「は……」
 殺すのは国王一人だけ、との言葉はいつまで活きているのか。すべてのクリスタルがバロンに集まるまでか。それが叶えば、ベイガンはどうなるのだろう。

 謁見の間を辞した俺と共にゴルベーザ様とやらがついてきた。陛下とベイガンはともかく、城内の人間が難なくこの不審人物を受け入れているのが不思議だった。赤い翼の隊員はこの新隊長にも素直に従っているのか?
 とりあえずカイン殿の職務を果たすべく竜舎へ……行きたいのだが、ゴルベーザはどこまでついてくるんだ。こうもあからさまに監視されると呆れて責める気も失せる。
「……何か用でも?」
 振り返り、間近でよく見ると異様な甲冑だ。中に入っているのが人間だとは信じられない。
 フルプレートのくせに音も立てないとは、サイレスの魔法でもかかっているのだろうか。相当高価な品に違いないが、こんなものを使うのはどう考えてもバロンの人間ではなかった。
「お前の名は何という?」
「カイン・ハイウインドだ、ゴルベーザ殿」
「……答える気はないか」
 低く笑う声がする。唐突に、嫌な気配の正体が分かった。
「私に従え。さすれば、お前自身の生を取り戻すこともできよう」
 ゴルベーザはどうやらカイン殿の精神を魔法で支配しようとしているらしい。話しているだけで意識を失いそうになるのはそのせいだ。しかし別人である俺が先に肉体を制御しているのでうまくいかないのだろう。

 クリスタルを欲しているのは陛下ではなくゴルベーザ。その目的によっては従っても構わないと思っているが、気になるのは……。
「応じなければ殺され、代わりのモンスターを用意するのか?」
 俺が直球で尋ねればゴルベーザはあっさりと答えた。
「他人に変身する術を持つのはカイナッツォだけだ。王宮の人間をそう気軽に殺すわけにもいかぬ」
 カイナッツォというのが陛下に成り代わっているモンスターの名だろう。奴もそうだったが、ゴルベーザもやたらと率直に本音を言ってくれるものだからやりづらいな。
「では、ベイガンは……」
「奴自身の意思で私に忠誠を誓っている。肉体は変質しているが、元の人格に変わりはない」
 肉体の変質というのが少々気になるところだが、殺されても操られてもいないと聞いてホッとした。
「“お前”はベイガンの知人か? ならば彼に正体を聞いてみるとするか」
「やめてくれ。俺はもう死人だ、彼と関わる気はない」
「……そうか」
 ベイガンが陛下を見捨ててゴルベーザについたとしても疑問はない。むしろ彼らしいとさえ思う。ベイガンはいつだって生き残ることを優先するのだ。正義は勝利の中にあり、勝利は生者にしか掴めない。
 生き残るためならば他のあらゆるものを捨てられる強かさが、彼にはあった。
「あんたの下につくかは、もう少し考えたい。逆らうなら殺すという脅しは無駄だぜ」
「だろうな。死人が相手では私の精神魔法もお手上げだ」
 死ぬのは怖くない。この肉体は俺のものではないのだから、失うものなどないんだ。多少なりとも同情心はあるので、できればカイン殿が殺されなければいいとは思う。しかし彼の命が最優先ではなかった。


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