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🔖青空のマリー



 ルゲイエさんが実験に失敗して爆発させた部屋の片づけがやっと終わったところでベイガンさんに呼び止められた。
 私にお客さんが来ているらしい。カインさんなら私室に直接来るはずだけど、誰だろう。

 身なりを整えるのも忘れてエントランスに向かうと、そこにいたのはエッジさんだった。
 焦げてる。ルゲイエさんの部屋で不発弾と化していた器具にうっかり触れてしまった私とお揃いの焦げ具合だ。
「……いらっしゃい」
「……おう」
 同病相憐れむ? お互い「なんで焦げてんだよ」とは聞けずなんとも微妙な空気が流れた。

 とりあえず私の部屋に通してお茶とクッキーを出した。ちょっと前に幻界で作った残りだ。
 ルビカンテさんの分だったけれど、未だに帰ってこないから仕方ない。食べられるうちにエッジさんに食べてもらうことにする。

 そういえばリディアさんはちゃんとエブラーナに行ったのかなと思いつつ用件を窺うと、エッジさんは先日のドワーフ王女と似たようなことを訴えてきた。
「ルビカンテの野郎をどうにかしてくれ」
「はあ」
「あいつ毎日のように来るんだぜ。いい加減にしろっての」
 本人が行きたくて行ってるんだから私に言われても困る。当事者同士で話し合っていただきたい。

「いきなり城の中に現れて勝負を仕掛けてくるしよ。じいが怒り狂って大変なんだ」
「修行になっていいじゃないですか。護衛が易々と敵の侵入を許したお陰で攫われた先代のこともあるし、そろそろ学習しないと」
「ユリって、顔に似合わず言うことキツいな」
 げんなりした顔をしつつクッキーに手を伸ばしたエッジさんは「お、美味い。チョコレートか?」なんて次々と口に放り込んでいく。
 間違いない。リディアさん、行ってない。エッジさん用に作ったトリュフチョコはどうしたんだろう。

 ともあれまずは眼前のクレーム処理だ。
「仕事の邪魔になってます?」
「いや、政務中は来ない。俺が城を抜け出して遊びに行こうとした時に限って来やがるんだ」
 それは自業自得だ。じいが怒り狂ってるのはルビカンテさんにというよりサボり魔の若様にではないかと思います。

「無節操な破壊活動や殺戮があれば止めますけど、そうじゃないなら彼の自由です。たぶんエブラーナの人を鍛えてるつもりなんでしょう」
「確かに俺や兵士どもの鍛練にはなってる」
 そう言いながらお茶を啜ったエッジさんは今更ながらそれが抹茶であることに気づき「なんでここにあるんだ」という顔をした。
 ご心配なく、ちゃんとお金を払ってエブラーナのお店で買ったものです。
「だがな、何度も城から火の手が上がってちゃ、町のやつらが怯えるんだよ。ガキどもが『またおうちを離れなきゃいけないの?』って聞いてくるんだ」
「あー、それは……確かに問題ですね」
 ルビカンテさんは、やると決めたら徹底的だからなぁ。

 もっと国が落ち着いてからならともかく、魔物の定期的な襲撃を戦闘訓練と受け止められるほどエブラーナの傷は癒えきっていない。
 ましてルビカンテさんは城を破壊した張本人なので、彼の姿を目にした一般市民には恐怖そのものだろう。
 考えると断固として抗議してきてもおかしくないエッジさんが、ルビカンテさんの来訪そのものは拒否していないのが不思議だ。

「来るなとは言わねえ。俺だって決着つけたいしな」
「決着ならもうついてません?」
「俺一人で倒せてねえだろーが。だから、俺も修行すっから月に一回くらい決闘しようぜって言ったんだよ」
 普通に仲良しだな。べつに羨ましがってなんかいないけど。
「そしたらあの野郎『そんな粗末な技で寿命が尽きる前に勝てると思っているのかな?』とか挑発しに来やがるんだ!」
「はあ」

 なるほど。
 ルビカンテさんとしてはゼムスを倒したエッジさんたちがバブイルの塔で戦った時よりも劇的に強くなっていると期待したのだろう。
 でも人間って、そんなすぐに強くなれないのです。

 エッジさんの言い分としては「エブラーナに来るのはいい、ただ頻度を考えろ、国民を怖がらせるな」ということだ。
 そして本人は言っても聞いてくれないので私からお願いしておけと。
「そうしたいですけど最近こちらに帰ってこないので話ができません」
「ここに帰りもしないでうちに入り浸ってんのかよ……」
 ええそうですとも。私はもう何ヵ月もルビカンテさんの顔を見てないのにエッジさんは毎日以上、会って構われているんだ。ずるい。……いやいや。

「どうせ俺が城にいないのを知ったら追っかけて来るだろ。そしたら話を、」
 言い終える間もなく私たちの真横で火の手があがり、エッジさんが硬直する。……本当に来た。
「まさかバブイルにいるとはな。御老体が憤死寸前だったぞ」
「お前のことで苦情を言いに来てんだよ、俺は!」
「ユリにか?」
 久しぶりにあの青い瞳で見つめられ、私は彼と目を合わせることができなかった。

「ルビカンテさん、最近エブラーナに行ってるんですね」
「ああ。地上では唯一、見込みのある国だからな」
 このバブイルの塔のような月の民の遺産は内に秘めたエネルギーのせいで強力な魔物を集めてしまう。
 塔の間近にあるエブラーナは、周囲を跋扈する強い魔物と切磋琢磨しながら生き延びてきた強国だ。
「しかし待てど暮らせど一向に成長する気配がない。そこにいる若作りの青年もそうだが、放っておいたら強くなる間もなく年老いて死んでしまうぞ」
 ルビカンテさんはあの国が復讐に燃えて戦いを挑んでくるのを望んでるのかもしれない。

 彼自身セシルに敗れてから更に力をつけているので、ライバルにも同じ速度で成長してほしいのだ。でもそれは無理な話だろう。
「悪かったな! こちとら暇人のあんたと違って他にもやることがたくさんあるんだよ」
「そうですよ。それにエッジさんは若作りじゃなくて素で子供っぽいだけです」
「お前も余計なこと言ってんじゃねえ」
 人間は傷を癒すのにも時間がたくさん必要だ。魔物と同じ感覚で生きることはできない。

 ずっと会っていなかったけれど、喧嘩別れしたわけでもないのでルビカンテさんの態度に変化はない。
 こうして普通に話していると、離れているのは彼にとって何でもないことなんだと実感してしまう。
 吐き出しそうになる重いため息をなんとか飲み込んだ。

「忍者は単純な武力よりも奸知に長けた武者です。ナイトやモンクのように老化が必ずしも劣化に繋がるわけじゃない。待てば待つほどエッジさんは強くなりますよ」
 疑わしげな視線を向けてくるルビカンテさんをよそに、エッジさんも不思議そうに私を見つめた。
「前から思ってたが、ユリはなんで忍びの道に詳しいんだ。お前、親父たちにも何か言っただろ」
「向こうの世界にも忍者がいましたから。というか私の国にもいたので」
「何、そうだったのか!?」
 べつに嘘は言ってないよね? と誰にともなく言い訳しつつ。
 急に親近感がわいたらしく上機嫌になったエッジさんとは逆に、ルビカンテさんの機嫌が悪くなった。

 さて、エブラーナへの来訪頻度を減らしてもらうのはいいけれど私の方が問題だ。
 もうちょっとそばにいてほしいなんてどの口で言えばいいんだろう。

 ひとまずルビカンテさんはスルーしてエッジさんに、爆発を免れた貴重なルゲイエさんの新製品を手渡した。
「なんだこれ?」
「この塔への直通アイテムです。都合をつけて決闘しに来てください。ここなら派手に戦っても被害は出ませんし」
「おっ、そりゃいいな」
「一つ1000ギルです」
「金取るのかよ!」
 当然だ。その最初の一つくらいはタダでもいいけど次からはちゃんと代金を払ってもらう。仲間割りが適用されるのはカインさんだけなのです。

 それから、改めてルビカンテさんに向き直る。まだ顔は見られない。
「手合わせはこの塔にいる時、エッジさんの都合のいい時にしましょう。エブラーナは復興の最中なので、頻繁に魔物が姿を見せると子供たちが不安になります」
「……構わないが、やはり人間の思考はよく分からないな」
 それは彼を怖がるエブラーナの人々のことか、それとも近づくなと言ったりここにいろと言ったり面倒な私のことだろうか。

 これでエブラーナに入り浸ることはないだろう。でもまたどこかへ旅立ってしまうかもしれない。言わないと……勇気を出して。
「あの、できれば何ヵ月も留守にしないで、もっと前みたいに……、ゴルベーザさんの体にいた時みたいに、そばにいて普通に接してほしいです」
「それは無理だ。お前はもうゴルベーザ様ではない」
 振り絞った言葉は呆気なく粉砕された。前とは違う、分かってるけれど、前と同じようにそばにいたい。
 そんなに難しいのかな。そんなに不相応な願いなのか。

「で……でも……ずっとルビカンテさんに会えないのは……嫌です……。淋しかった、から……」
「ユリ」
 何かを堪えるような声に呼ばれて顔を上げようとした瞬間、視界いっぱいに炎が広がった。熱い肌が触れ、力強い腕に抱きしめられる。
「分かった。片時もお前のそばを離れないことにする」
 そ、そこまではしなくていいです。
「ユリが見られたくないと思う時は、姿を隠しておくことにしよう」
 そういう問題じゃないです。

 ルビカンテさんにとって私がペットでしかなくても私はあなたを男として見てしまいそうになるんです。
 だからこうやって気軽に抱かれるのも私には辛いんです。

 顔を見られないことを幸いに涙目になっていたら、見計らったかのようにルビカンテさんが体を離すので慌てて目元を手で拭った。
「……魔力を抑えるのを忘れていた。平気か?」
「あ、はい。かなり魔法防御力が上がってるので」
 つまりルビカンテさんの体温をそのまま感じているということだと気づく。
「あう……」
 やばい、耳の先まで熱い。

 ルビカンテさんはなぜかものすごくいい笑顔で私を見下ろしていた。そこへエッジさんから冷やかなツッコミが飛んでくる。
「なあ、独り者の俺に対する嫌味か?」
「ち、違います」
 触れあっていることを意識しないように必死でルビカンテさんから顔を背けたら、エッジさんがクッキーを手にするところが目に入った。
「あ……帰ってくるならクッキー置いとけばよかったですね」
「何のことだ?」

 最後の一枚を口に運びながらエッジさんが首を傾げる。
「へ? これ、そいつの分だったのか?」
「はい。ルビカンテさんにあげようと思って作っ」
 言い終える前に轟音が鳴り渡り、ついさっきまでエッジさんのいたところには爆発した椅子の残骸と焦げ跡だけが残されていた。

 ルビカンテさんは右腕で私を抱えたまま左手でフレアを放ったようだ。何が起きたのか理解して冷や汗が流れる。
 硬直する私の頭上から不機嫌な声が降ってきた。
「まったく、あの煙玉でいつも逃げられる」
 どうやらエッジさんはギリギリで逃げ延びたようだ。よかった。
 にしてもまさか私の部屋まで爆発してしまうとは。
「うぅ……やっとルゲイエさんの部屋を片づけたのに」
 焼け焦げた私室の床を悲しく見下ろしていたら、スッと伸びてきた手が私の顎を掴んで上向かせる。

 淋しさで感覚が変になってるんだろうか。ルビカンテさんの目が、やたら妖しく見えるのは。
「今夜は私の部屋で眠れ」
「ええっ?」
「ユリの部屋で見張っているのが駄目なら、私の部屋でお前が私を見張ればいいだろう」
「えええ」
 それもなんかすごく違うと思うんですけど。でも……でも、また出て行かれるくらいなら、四六時中見張られている方がずっとマシかもしれない。


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