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🔖ショコラ・ティアラ



 ある日のこと、大量の食材を抱えたユリが幻界に現れた。チョコレートの甘い香りが漂って、引っぱられるように彼女のもとへ近寄ってしまう。
「リディアさん、台所貸してください」
「い、いいけど」
 魔物であるユリを幻界の誰も拒絶したりしない。そもそも彼女は幻獣王さまの認めたお客さんなのだから。
 でも、今日はただ料理をしに来たんだろうか?

 彼女が暮らすバブイルの塔にも台所はある。そこで普段から料理をしている。私も一度だけ食べさせてもらったけれどすごく美味しかった。
 ……幻界のみんなにご馳走を振る舞ってくれるために来た……わけじゃないわよね、やっぱり。

「お菓子でも作るの?」
「はい。向こうの世界にバレンタインデーっていうのがあって、好きな人やお世話になってる人にチョコレートを贈るというお祭り騒ぎなんですけど」
「ふーん? じゃあ四天王にあげるんだ」
「四天王とベイガンさんとルゲイエさんとマグさんとドグさんとラグと、ネームド以外のモンスターはきりがないので省くとしてあとはカインさんにもあげようかなと」
 それは確かに、ものすごく大量になるわね。

「で、塔で作ると完成前に食べられてしまうのでここをお借りしたくて」
「なるほど」
 魔物は人間や動物のように食事を必要とはしないけれど、彼女が作る料理はおいしいから娯楽としてでも食べたくなるのは分かる。

 幻界にも台所はある。人間に興味を持った幻獣たちが家を作って、その中で人間とまったく同じように暮らしているんだ。
 おかげで幼い頃の私もこの幻界で人間らしさを失わずに成長することができたのだけれど。
 そんなわけで私の家にやって来て、ユリは熱心にクッキーを作っている。
 全員分のチョコレートを用意するのは大変なので嵩ましと小分けしやすいクッキーにしたらしい。
 ほんのりチョコレート色に染まった生地が星形の口金から絞り出されて、まるでバラの花のような形になる。焼き上がりがすごく楽しみ。

 ユリの世界では料理がすごく発達していて、こんな素敵なレシピを普通の村人が考えて世界中に発表したりしてるらしい。
 目眩がするほど壮大な話。でも、道理でユリの料理がおいしいわけだわ。
 バラの形のチョコクッキー、台所を貸したお礼として私にもちょっとだけ分けてくれると彼女は言った。
 思わず顔がふにゃふにゃしてしまう。

 焼き上がりを待つ間、ユリは余ったチョコレートを使って私にも何か作らないかと持ちかけてきた。
「うーん、そうね。じゃあ、セシルとローザとおじちゃんの分くらい作ろうかな?」
 さすがに幻界のみんなに作るほどには材料がない。今度自分でチョコレートを買ってきて振る舞ってあげるのもいいかもしれない。
 あとで作り方を書き残しておいてもらおうと思って顔を上げたら、ユリはなぜか真顔で私を見つめていた。

「エッジさんには?」
「え? どうしてエッジが出てくるの?」
 だって好きな人やお世話になってる人にチョコレートをあげるお祭りなんでしょ?
 だったらやっぱり、セシルとローザとシドのおじちゃんが相応しいと思う。
 私がそう言ったらユリは、荷物の中から謎の緑色の粉を取り出した。
「お抹茶があります! エッジさんの分も作りましょう」
 よく分からないけど、作りたいなら作ればいいんじゃないかな。

 教えてもらったのはチョコレートを溶かして固めるだけで簡単にできる“トリュフ”というものの作り方だった。
 お菓子を作るのは初めてだけれど、やってみると楽しいものね。今度ローザも一緒に、とユリを誘いかけて口をつぐむ。
 ローザは結婚したばかりだし、今はバロンでお仕事が忙しいはず。私みたいに幻界でのんびりしていられる立場じゃないんだ。
「リディアさん?」
 心配そうな顔をして覗き込んでくるユリに何でもないと首を振った。

「ねえ、ユリはあっちでもバレンタインチョコっていうのを作ってたの?」
 そう聞いた途端に彼女の目が死んだ。
「……いえ。ここへ来て初めて作ります。彼氏とかいたらもうちょっとあっちに未練あったんでしょうね。フフフ」
 なんだか触れちゃいけないことだったみたい。でも違うの、それもあるけど、恋人だけじゃなくて大切な人がいたんじゃないかって意味で聞きたかったのよ。

「家族にはあげてたんでしょ?」
「あー、私、物心つく前に家族を亡くしているので」
「え……」
「幼い頃は親戚の家を転々として育ったんですけど。家事を覚えてからは基本的に一人だったので、チョコあげる相手はいなかったんですよ」
 ほんの雑談のつもりだったのに、いきなり失礼なことを聞いちゃったみたい。

 ユリも家族がいなかったのね。だから、ゴルベーザとセシルが憎み合わないように苦心していたのかな。
 黒い甲冑を脱いでゴルベーザではなくなった彼女に、もう敵対心は抱いてないけれど、改めて当時の彼女の想いに触れると複雑な気分になる。

「今は四天王が家族なのね」
「そう思ってるのは私だけですが」
「そんなことないんじゃない?」
「魔物なので、家族って概念は理解できないかと」
 幻獣たちはもっと人間っぽいんだけどな。幻獣王さまと王妃さまだって人間の夫婦みたいに喧嘩しながら仲良く暮らしてるし。
 でも、ここのみんなは普段から人間の生活様式を取り入れてて、召喚士との繋がりもあって人の心に詳しいだけかもしれない。

「魔物は家族を作らないもんね。番にはなるけど」
「ええ。ルビカンテさんなら……家族の意味も、分かるかもしれませんけど」
「そうなの?」
「元は人間だったので」
「そうだったの!?」
 確かにちょっと、他の四天王とは違うなあとは思ってた。そっか、以前は人間だったんだ。
 でもどうしてユリはドス黒いオーラを放ってるんだろう。また何かいけないことを聞いちゃったかな?

 家族、か。私にとっては幻界のみんなが家族だと思っている。だから人間界じゃなくここで暮らすことを決めたんだもの。
 なのに最近、幻獣王さまは私に人間界へ戻ってほしがっているような気がする。それに他のみんなだって……。

 ふと思い立って、ユリを見る。ヒトの心を持つ魔物。彼女はちょっとだけ私と立場が似ている。ユリならどうするんだろう?
「ユリって結婚しないの?」
「は、け? ケッ……コン……?」
 え、分かるよね。家族って言葉があるんだから、ユリの世界にも結婚はあると思ったんだけど。
「好きな人と一緒になって、家族を作ることを結婚って」
「いや知ってます、意味は分かります。いきなり聞かれて驚いただけで」
「そう。で、結婚したいと思う?」
「いやぁ……魔物ですから、たぶん縁はないかと」

 即座に「そんなのもったいない」と言いかけてしまって、慌てて唇を噛んだ。
 人間として生き物の本能として、結婚しないと言う人がいたら「ダメよ、ちゃんと誰かを見つけて子供を作りなさい!」と言いたくなるのかもしれない。
 それを煩わしく思ってるのは他ならぬ私自身なのに。

「はあぁ〜……」
「リディアさん、大丈夫ですか?」
「ごめんね。最近みんなが『人間界へ戻って結婚しろ、家族を作れ』ってうるさくて」
「あー」
 きっとセシルたちの結婚に触発されたんだと思う。
 ここに私の家族がある。でもここにいたら、私は“人間としての幸せ”は掴めない。みんながそれを心配してくれてるのは分かってるけど。

「心配されるのは大事にされてる証拠ですから」
「ユリってお婆ちゃんみたいなこと言うのね」
「私も言われる側になったら煩わしく思ったでしょうけど」
 ああそうか、ユリには「結婚しろ」って催促する人がいないんだ。ゴルベーザがいたら言いそうね。
 背負えない期待を預けられるのと、かけてほしい期待を得られないのと、どっちがマシなんだろう。

「ねえでもルビカンテは? 元人間ならそういうの気にしそう。ユリの将来を心配してるんじゃないかな」
 思えばドワーフ城で私たちがゴルベーザを倒した時もバブイルの塔で会った時も、月でゼムスを倒した時もルビカンテはユリの保護者って感じだった。
 ユリが人間の心を持ってることを分かっているなら、彼女に人としての幸せを掴んでほしいと思ってるんじゃないか。

 そんなことを考えてユリの顔を覗き込んだら、さっきより目が死んでた。
「……ベツニ、ソンナコトモ、ナイノデハ?」
 さっきから変だな。もしかしてルビカンテと喧嘩でもしたのかな。もう主従じゃなくて対等な立場なんだし、そういうこともあるかもね。
「そうだ、いっそルビカンテと結婚したらどう?」
「はあっ!?」
「元人間の魔物同士だし、ちょうどいいじゃない」
 私の閃きにユリは一瞬ポカンとして、すぐに顔が真っ赤になった。

「いやいやいやいや……何もちょうどよくないし」
「照れてる。もしかして満更でもないんだ?」
「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!!」
 あ、首振りすぎて目眩を起こしてる。

 動悸息切れ目眩で倒れそうになってたユリは自分に回復魔法をかけて復活した。冷静な顔を取り繕う。まだ頬は赤い。
「ルビカンテさんに恋愛感情が残ってるのかはともかく、私はそういう対象になれないですよ。ペット扱いだし」
「じゃあユリの方はどうなの?」
「……リディアさん、結婚しろって言われるの、嫌なんですよね?」
「そうだったね。ごめん」
 正確に言うと結婚するのが嫌なんじゃなくて、幻界を離れるのが嫌なんだけれど。まるで私がここにいちゃいけないみたい。

 それはともかく、ユリの反応にはしゃいでからかってしまったことは反省しないと。
 しょんぼりしていたらユリは苦笑して、固める前のトリュフをひとつ、摘まみ食いさせてくれた。その甘さに心が安らいでいく。
 ああもう、私ユリと結婚しようかな。幻界にお嫁さんに来てもらいたいくらいだよ。

 真面目な話、さっきの反応を見る限りユリは絶対にルビカンテのことが好きなんだと思う。それに「結婚したくない」とは言わなかった。
 魔物だからって諦める必要はないはずだもの。今度ルビカンテをけしかけてみようか。

 自分でもチョコレートを摘まみ食いしつつ、ユリはどこか遠くを見ながら小さく呟いた。
「まあ、私を産んでくれた人のことを考えると、結婚はともかく子供を産んでみたいとは思うかな」
「ユリ……」
 お母さんがどんな気持ちで私を育ててくれたのか。それは母親になってみないと分からない。

 ……幻獣王さまたちは、私に人間でいてほしいのかな。
 偉大な召喚士だったお母さんのように、私に人間として生きてほしいから……幻界を出ろなんて言うのかな。
 このチョコレートが冷えて固まったら、外に出てみようか。人間としての私にもまだやるべきことがあるのかもしれないから。


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