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🔖可愛いベイビー
アンデッド狩りも一段落ついて休憩していたら、なぜかルビカンテが試練の山にやって来た。ユリもいないのに一人で来るのは珍しい。
とりあえず俺の昼食をすごい形相で睨むのはやめてほしいものだ。腹でも減ってるのか? まさかな……。
そういえばここ何日か、バブイルの塔を訪ねてもコイツの姿を見なかったと思い出す。
ちょっと前までユリに同情したくなるほどそばに張りついてたのに。
「何かあったのか?」
俺がそう尋ねるとルビカンテは真顔で答えた。
「どうも最近おかしい。ユリが可愛くて仕方ないのだが、どうすればいいのだろうか」
「……は?」
「より正確にはユリを可愛がりたくて仕方ないのだが、どうすればいいのだろうか」
「は?」
これ、ちゃんと会話になってるのか?
俺の印象からするとユリは可愛がりたいというより安心して頼れるしっかり者のように見えるんだが、ルビカンテにとっては違うらしい。
まあ、コイツは俺が“ゴルベーザ”と出会う前から……彼女がこの世界に来た当初から世話をしていたのだからいろいろ頼りない姿も見てきたんだろう。
それに今のユリは見た目だけは女、というか少女になっている。可愛がりたいかどうかはともかく、守ってやりたいと思う気持ちなら分からなくはない。
……で、どうしたらいいのかだと? なぜそれを俺に聞くのか。
「俺よりユリ本人に相談した方がいいんじゃないのか」
炎が爆ぜた。ルビカンテの表情を見る限り、どうも聞いてはいけないことのようだ。
ゴルベーザ時代でさえユリは動物に変身してルビカンテに抱き上げられたりしていた。今さら可愛がられてプライドが傷つくなんてこともないはずだ。
分からないな。保護者の身であるルビカンテがユリを可愛がりたいと思って何が問題なんだ。好きにすればいいだろう。
明確に言うならそんなことで俺の昼食を邪魔しに来ないでほしいわけだが。
「ゴルベーザ様は御自身が戻られるまでユリを頼むと仰った。ならば私が彼女を守るのは当然だ」
「まあ、そうだな」
「しかしゴルベーザ様の御命令がなくともユリを守りたいと思っている」
「いいことじゃないか」
故意に忘れたふりをしてるのかもしれないが四天王にとってユリは一応、命の恩人だ。
彼女がセシルと敵対しないよう取り計らってくれていなければ今ごろ彼らは“物語”の通りに死んでいたはずなのだから。
とにかくコイツがユリを大事に思うのは自然なことだろう。何が気になるのかと問いかければ、自分でもよく分からないのだとルビカンテは答えた。
「ゴルベーザ様に仕える時とは明らかに違っている。あの方を可愛がりたいとは思わなかった」
「そりゃそうだろう。そんなこと思われても困る」
「以前とは状況が違う。だからユリへの態度も気づかぬうちに違ってしまっているのだろうか」
ルビカンテはかなり困惑しているようだ。なんせわざわざ試練の山まで来て俺に相談を持ちかけるくらいだからな。相当、切羽詰まっているんだろう。
相変わらず偉そうな態度なのでそうは見えないが。
察するに、その“ユリを可愛がりたい”という欲求をまるごと彼女にぶつけて文句を言われでもしたんじゃないか。
ゼムスとの決戦を終えて以来ルビカンテはユリに、本当にべったりくっついていたようだからな。
「ユリは何を言ってたんだ?」
「風呂やトイレについて来るなと」
「いやそれは言うだろ!」
「寝る時に見張っているのもやめろと言われたな」
「当たり前だ!!」
予想以上に酷かった。ちょっかいを出しすぎて少し自重しろと嗜められたものと思っていたが、それどころではなかった。
いつ見ても一緒にいるように思えたのは、本当にいつも一緒にいたからだったんだ。ユリも気の毒に。
変態扱いされかねない行動をとっている自覚がないのか、ルビカンテは悪びれもせず続けた。
「ユリの言動には前からどこか小動物じみたところがあった。ゴルベーザ様の肉体に入っている間は触れられなかったが、今の彼女ならば思う存分もてあ……慈しむことができる」
今さりげなく弄ぶって言おうとしなかったか。
「だが、おかしいな。か弱い小動物を相手に嗜虐心など芽生えないはずなんだが」
そりゃユリは小動物じゃないからな。ルビカンテのそれはおそらく……。
おそらく……で、出てきた結論にちょっと固まってしまった。
好きな女を虐めてみたい。そうして自分を構ってほしい。そういうことだとしか、思えないんだが。
魔物にそんな感情はあるのだろうかと考え、ルビカンテが元は人間だったと思い出した。
「……とにかく、弄り回すのも程々にしておけよ。いくらアイツの心が広くてもあまりしつこいと嫌われるぞ」
「もう嫌われかけている」
「何だって?」
しばらく塔で見ないと思ってたが、まさか追い出されたのか? いや、ユリがそこまで極端なことをするとは思えないな。
極端な行動をとるとしたらむしろルビカンテの方だろう。
「もしかして、ユリに四六時中張りつくなと言われたから塔に戻ってないのか」
「ああ。見られたくないと言われたのだから仕方あるまい」
「だからって極端すぎるだろ。もっと普通に接してやれないのか」
「塔にいるとつい彼女の様子が気になってしまうんだ」
力無くため息を吐くルビカンテは柄にもなく落ち込んでいるらしい。
もう、どっからどう考えてもユリに惚れてるじゃないか……と俺の口から告げていいものだろうか。
「お前、元は人間だったんだろう。その頃の感情は忘れてしまったのか」
「人であった頃の記憶など惰弱な己への憎悪しか残されてはいない」
「そうか……」
これはちょっと難儀だな。いくら元人間とはいっても魔物になって長いルビカンテにはヒトの恋愛感情なんて理解できないかもしれない。
理解できていないにもかかわらず、彼女が異性になったばかりに敬意と忠誠が恋慕の情に変化しつつある。
無自覚だからこそユリに対する遠慮会釈がなく、あからさまな欲を見せつけられた彼女が戸惑う理由もコイツには分からない。
姿は変わってもユリの人格は変わっていないし、今の彼女は元の世界にいる時の価値観で生きている。
つまり、戦いを好まない、ごく普通の人間の少女として。ユリはルビカンテの主人でもペットでもなく一人の女なんだ。
「だからこそ弱体化したユリを見守るよう務めているのだがな」
「そうじゃない。お前は重要なことを忘れている。アイツは女……異性なんだ」
「そんなことは見れば分かる」
「ならお前は人間だった頃に異性の風呂やトイレについて行ったり四六時中張りついてたりしたのか?」
少なくともそれが相当な非常識であるということくらいは認識できたようで、俺の言葉にルビカンテは硬直した。
まだしも良識がある相手でよかったと思う。ルビカンテがさっさと気持ちを切り替えて欲求に従っていたらユリは今ごろ手込めにされていたかもしれない。
「……ああ、そうか。今のユリから見ると私も“異性”に変化しているのだな。あれは嫌悪ではなく羞恥心だったのか」
コイツなら、彼女が応えてくれなければ無理強いはしないだろう。
結果としては身近な異性に迫られていたことになる彼女の戸惑いが理解できたなら、これからは適切な距離感を保って接するようにすればいい。
「親しくすることが問題なわけじゃない。単に異性の扱いを弁えろという話だと思うぞ」
「だがそれは無理だ」
……ん?
「ユリが私を男として危険視しているのなら好都合だ。私も彼女を異性として欲していることを自覚してしまったからな」
「……」
「単なる保護者だと勘違いされては困る」
すまんユリ、俺は余計なところに火をつけてしまったかもしれん。
しっかりユリへの感情の変化を理解したルビカンテは、しかもそれを成就させるつもりでいるようだ。
たぶんユリもコイツを嫌っているわけじゃないだろうからべつに……いいのか? 良くないだろ? しかしもはや俺にはどうしようもない。
「やはりここへ来てよかったようだ。とても参考になったよ、ありがとう」
「いや……構わんが。なぜ俺だったんだ?」
大して親しいわけでもない、できれば巻き込まれたくなかったとも思う。周りに人間がいないから俺を頼るしかなかったということだろうか。
と思ったら、ルビカンテの返事は意外なものだった。
「カインは信頼できるいい人だとユリが言っていた。彼女が好意を抱く相手の話ならば聞く価値もあるだろうと思ってな」
「そう、か……」
思いがけず自分が評価されていたと知らされるのは面映ゆい。だが、それだけに俺を信頼してくれたユリに対して申し訳なく感じる。
嗜めるつもりでルビカンテを煽ってしまった。……彼女の方でもコイツに惚れていれば問題はないんだがな。
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