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🔖さよならは夜明けの夢に



 ルビカンテさんが塔からいなくなった。
 最後に話をした翌日もその次の日もそのまた次の日も顔を見せず、一週間が経過していい加減心配になった私はバルバリシアさんに聞いた。
 そしたら私に会いに来るどころかそもそもずっと塔にすら帰ってきていないことが判明したのだった。
 ……それから一ヶ月になる。

 どうやらルビカンテさんは世界中を巡って強者を探したりドワーフの戦車隊に喧嘩をふっ掛け、もとい試合を挑みに行ったりして楽しく遊んでいるようだ。
 この間ドワーフの王女様から苦情が来たのでようやく居場所が分かった。
 でもその時にはすでに地底を発った後だった。
 たぶん今度はエブラーナにでも行ったのだろう。ルビカンテさんは、ファブールやダムシアンと違ってまともに抵抗してきたあの国がお気に入りだから。

 それはべつにいいけれど。ちょっと24時間監視体制を解除してほしいと言ったのは私だし。
 でもそれにしたって極端すぎないですか!
 近づきすぎないでと言ったものの、いくらなんでもここまで遠ざかることはないと思う。

 このモヤモヤした気持ちを生地と共に叩きつけると、横で見ていたラグが「ピャッ」と小さく悲鳴をあげた。
「ユリ、な、なんか、おこっているのか?」
「怒って! ません!」
 もちろん怒ってなんかいない。ただ納得がいかないだけ。
 私はただちょっと距離感を考えてくださいって言っただけで……いなくなってほしいなんて、望んでなかったのに。

 パン生地を叩きつけるたびにラグは肩を震わせた。そんなに怖いなら見守ってなくても、ちゃんと焼き上がったら食べさせてあげるのに。
 どうしてそんなに過保護なんだろう。涙が出そうだ。……私は、見られているのが嫌だったわけじゃない。
「ユリ……」
「パンを焼くのは! 力仕事! なんですよ!」
「そ、そうなんだ……パンを叩きころそうとしてるのかとおもった……」
 誤解だと言い訳しても仕方ない。ルビカンテさんは私が言ったから塔を去ったわけじゃないのだろうから。

 本当はずっとそうしたかったんだ。今まで私の存在がそれを邪魔していたに過ぎない。
 彼はただ、私のお守りをやめて自分のしたいことをしているだけだ。
「お、おわった?」
「少し生地を寝かせます」
 発酵時間はヘイストで短縮できる。でも私に魔法をかけてもルビカンテさんがすぐに帰ってくるわけじゃない。

 この一ヶ月、私は自分を鍛えることに専念した。もう鍛練ばかりしていた。スカルミリョーネさんが「ルビカンテに憑依されたのか?」と心配するほどに。
 魔法を食らえば食らうほど耐性が増すというのでわざと攻撃魔法の的になったりもした。
 これに関してはカイナッツォさんが喜んで砲台役を引き受けてくれた。
 ちょっと容赦なさすぎて何度か死にかけたけれど7000回目くらいからブリザラでは大したダメージを受けなくなっていた。
 他の属性だって徐々に耐えられるようになっている。もうすぐガ系に切り替えるつもりだ。

 二日酔いに苦しみながらソーマのしずくも飲み漁った。迎え酒もソーマのしずくだ。在庫はまだまだ残っている。
 実はゴルベーザさんが次元エレベーターで送ってくれたものと巨人内部でベイガンさんたちが集めてくれていたものが大量に余っているのだ。
 魔力容量もかなり増えて、テレポやデジョンを連発しても平気になってきた。
 あと、エブラーナやバロンで日雇いの仕事をして装備品もいくつか手に入れた。物理防御力もなかなかのものになったと思う。
 四天王と戦って勝てるほどではないけれど、私は強くなったんだ。このまま鍛え続ければもっと上を目指すことも可能だろう。

 私はちゃんとしている。四六時中に渡って見守られていなくても大丈夫なくらいに。
「……」
「ユリ、どうしたんだ? さいきん、とてもヘンだぞ」
 変なことはない。来るべき日のために、やるべきことをやってるだけだ。

 大体、元を正せば私じゃなくて月から戻ってきて以来のルビカンテさんの方が変だっただけだ。
 いくらゴルベーザさんに頼むと言われたからってあそこまで過保護になる必要はなかった。もっと今まで通りの距離でいてくれたら私だって……。
「パンを焼きます」
「お、おう」
 ラグがなぜか怯えている。私はそんなに怒った顔をしてるんだろうか。

 ゾットの塔にいた時も一度パンを焼いたっけ。
 あの時はルビカンテさんが指定した通りの温度と時間でうまく焼いてくれた。「炎とはこうして使うものではないんだが」とか文句を言っていたけれども。
 火力を調整しながらファイガでパンを焼き上げる。灰にするのは簡単だけど自在に炎を操るのは、まだ私には難しかった。
「ユリ……こ、こげてないか?」
「焦げてますね」
「おいしくできるのか!?」
「いえ、失敗です。ごめんなさい」
 ラグの頭の上にガーン! という文字が見えた気がした。せっかく楽しみに待ってたのに、申し訳なさで胸が痛む。

 焼け焦げて炭みたいになった物体はパンと呼ぶなど烏滸がましい代物と化していた。
 とても歪で醜く、嫌な匂いを漂わせている。

 全身でガッカリしているラグに苦笑して、パンになるはずだった炭を籠に入れる。
 もったいないから自分で責任を持って食べよう。たぶん死にはしないはずだ。鍛えててよかった。
「パンは今度にしましょう。冷蔵庫にプリンがあるので、今日はそれで我慢してください」

 私がそう言うとラグはぷくっと頬っぺたを膨らませて抗議してくる。
「むー。わたしはこのパンをたべる!」
「真っ黒焦げなので不味いですよ?」
「かまわん。くるしゅうない! あねじゃにもさしあげよう」
「いや、本当に不味いから」
 何もわざわざこんなものを食べる必要はない。マグさんも巻き込まれたら可哀想だ。

 だというのにラグは諦め悪く、パンになれなかった炭に手を伸ばす。
「だいじょーぶ、ユリのごはんはおいしい。“キモチ”が入ってるからだって、あねじゃが言っていたぞ!」
 マグさんは食欲旺盛で何でも食べるけれど、その分だけ殊更に料理を誉めることはない。彼女が美味しいと言うのは本当に美味しいものだけなのだ。
 だから光栄に思うようにとラグが胸を張った。

 ラグの手から炭を取り上げる。不満そうな視線を黙殺して冷蔵庫から出したプリンを三つ、代わりに彼女の手に乗せる。
「……尚更、食べてもらうわけにはいきません」
「な、なんでだ! ちょっとくらいシッパイしててもいいんだぞ?」
 毒物を食べたってメーガス三姉妹は死なないのだとラグは必死に言い募る。さりげなく私の製作物を毒扱いしている。
「それには、気持ちが入ってないので。ちゃんとしたのを作り直させてください」
 入ってるのはストレスだけだ。不満をぶつけるために作っていたんだから。

「むー! ……ユリがそう言うのならしかたないな」
 彼女たち姉妹はいつも本当に美味しそうに食べてくれるので、私も常々「美味しくできますように」と願いを籠めて作っている。
 こんなダークマターを彼女らの口に入れたくはない。
 ラグは渋々ながらプリンを手に姉たちのもとへと駆けていった。
 私はとりあえず、この暗黒物質を片づけることにしよう。

 強い相手と戦って更なる高みを目指し、自分を鍛え続ける……それはルビカンテさんの趣味みたいなものだ。
 ゴルベーザ四天王になる前も似たようなことをやっていたと聞く。だから今この状況は自然なことだ。
 主人であるゴルベーザさんは月にいるし、彼が帰ってくるまでルビカンテさんには自分の好きなことをして過ごす権利がある。

 つまり、ゴルベーザさんに「ユリを頼む」と言われていなければ最初からこうなっていたはずなんだ。
 そう認識すると、まるで好きで私のそばにいたわけじゃない、と証明されてしまったように思えた。私の弱さ、頼りなさが彼の自由を阻害していたのだと。
 距離を置くのがちょっと遅すぎたのかもしれない。構われるのに慣れてしまったせいで、ルビカンテさんがそばにいないことが、こんなにも……。
「……はぁ」
 怒ってなんかいない。ただ、身勝手にも悲しい気持ちになってるだけだ。


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