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🔖そして炎上



 丸一日かけて俺たちはミストの洞窟に到着した。ここは常に霧が立ち込めて視界が悪く、徒歩におけるカイポとの交流を困難にしている難所のひとつだ。
 しかし今日はいつにもまして霧が濃い。切り立った崖と白い闇の中から襲いくるモンスターに苦労しつつ二人は洞窟の中を進む。
ーー引き返しなさい。
「……何だ?」
ーー直ぐに立ち去るのです。
 どこか遠くから響いてきた声にセシル殿が足を止めた。女性の声にも聞こえるが……奇妙に歪められた声音が不気味だった。霧のせいなのか、耳に膜が張られているかのように聞き取りにくい。
『なんかオバケの声みたいだな』
「……」
 それはお前もそうなのでは? と言いたげなカイン殿はさておき、俺も感覚だけで耳を澄ませた気分になる。
ーーここで引き返せば、見逃しましょう……。
 肉体を失って以来、人や魔物の気配には敏感なんだが、この声の主がどこにいるのかは嗅ぎ取れなかった。生者ではなさそうだ。
「姿を見せるつもりはないようだな」
「引き返すわけにはいかない。ミストの村に用があるんだ」
ーーならば……仕方がない……。
 生き物染みた動きで洞窟に漂っていた霧が集まる。やがてそれはドラゴンに姿を変えた。
「これが幻獣か!」

 ミストドラゴンといえば、あまり人前に姿を現すこともない大人しい幻獣だと本で読んだ。その記述が嘘だったのか、あるいは他のモンスターたちのように幻獣も狂暴化しているのか。
 時には体を霧に変えて纏いつき、ミストドラゴンはこちらを翻弄してきた。しかしセシル殿の暗黒剣で霧を誘導し、実体が出現したところでカイン殿があっさりトドメをさした。
 戦い慣れしていなければ強敵かもしれないが、彼らには苦戦しようのない相手だ。本命は幻獣討伐ではなく村に届ける指輪の方か?
 呆気なく幻獣を倒したことに戸惑いながらも俺たちは再び洞窟を歩き、バロンを出てから三日ほどでミストの村に到着した。
 そういえば「指輪を村に届けろ」とは言われたが誰に渡せばいいのか。今頃そんなことに思い至っていると、セシル殿の手で指輪が輝き始め、真っ赤な閃光の中から無数のボムが召喚された。
 ボムが容赦なく村を焼き捨てる。悲鳴をあげながら炎を纏った村人が身悶えして息絶えてゆく。火はすぐに森へと燃え広がり、手のつけられない大火事がミストを覆い尽くした。
「これは……」
「陛下……、なぜこんな……!」
 セシル殿の慟哭を聞きながら、やはりあのモンスターの思考が読めずもどかしく思う。これが目的か? 村を焼いて何になる? セシルとカインに罪を着せたいのか?
 そんなことをするくらいなら、謁見の間で刃向かった時に処刑してもよかったはずだ。

 火の勢いが強すぎて村人の救出は不可能だった。村の外れに炎上を免れた広場を見つけ、二人はそこで奇妙な音を耳にする。
「子供の泣き声だ」
 慌てて駆け寄れば、地に伏した母親らしき女性に縋りつくように泣いている子供がいた。村とは離れた場所で母親を探していたお陰で炎を避けられたのか。しかしあの女性は、どう見ても死んでいるな。
『外傷が見当たらない。ボムにやられたんじゃなさそうだ』
 これは精神の死だろう。自身の限界を超えた魔法を行使し、魔力の尽き果てた魔道士の死体。ボムから村を守ろうとしたのではない。俺たちが来た時、彼女は既に死んでいた。
 目元を腫らした少女の肩に手を触れ、セシル殿が優しく声をかける。
「立てるかい? 一緒に逃げよう」
 しかし暗黒騎士の甲冑のせいで完全に怯えられているようだ。
「おかあさんのドラゴンが、死んじゃったの……。だから、おかあさんも……」
「洞窟のドラゴン……、ここは召喚士の村だったのか」
「では、僕たちがドラゴンを倒したから、この女性も……?」
 馬鹿正直にそんな会話をするものだから、少女は泣き腫らした瞳に拙い殺意を宿してしまった。
「おにいちゃんたちが、おかあさんのドラゴンを!」
「君の母さんを……こんなつもりでは……」
 そこで死んでいる女性がミストドラゴンを召喚していたのだ。しかしそれには疑問が残る。セシル殿がボムの指輪を持ってくると、どうやって知ったのか? そして他の召喚士は何をやっていたのか?

 クリスタル奪取のために召喚士が邪魔になると考えたのか。陛下の目的はボムの指輪でミストの者たちを殺害することだった。
「可哀想だが、この子も殺らねばならんようだ」
「カイン!? 相手は子供だぞ!」
 だが、殺すならさっさと殺さなければ逆にこちらの命が危険に晒される。母親の死体を隠すように少女は俺たちを睨んでいた。子供とはいえ召喚士だ。恨みを残すのは得策ではない。
 気色ばむセシル殿に対してカイン殿は冷静だった。……焚き付けるつもりか。
「お前は陛下の命に逆らえるのか?」
「こんな虐殺を繰り返す命ならば、従う気はない!」
「フッ、そう言うと思ったぜ」
 石突きを下ろし、カイン殿は兜の下で苦笑する。ミシディアを攻めるのでさえ躊躇したセシル殿が母を亡くした子供を手にかけられるわけがない。そしてカイン殿も、罪なき弱者を殺せる男ではなかった。
「陛下には恩がある。だが竜騎士の名に恥じる真似はできん」
「カイン、一緒に来てくれるのか」
 ああもう、本当にこの二人は面倒くさ……もとい、情が深い人たちだな。中央の若い騎士ってこんなものなのか。辺境の貧乏貴族には、保身より大事な正義なんて分からないよ。

 どうやら二人はバロンを出奔する決意を固めたようだ。カイン殿は実家をどうするつもりなのだろう。セシル殿だって恋人を国に残しているのに。他人事ながらハラハラしてしまう。
『陛下を諫めるのはいいが、おめおめと城に帰っても殺されるだけじゃないか』
「そうだな……、俺たち二人がいきがったところでどうにもなるまい。他の国に陛下の暴挙を伝え、援護を求めるとしよう」
 それにローザも救い出さなくてはとなぜか小声で呟く。……うん? なんか妙な緊張感があったな。槍を握る手に力が籠り、じわりと汗が滲む。どうしたんだろう。
 しかしそれは内にいる俺だから感じ取れただけで、セシル殿には分からなかったようだ。
「ありがとう、カイン」
「別にお前のためじゃないさ。……それより、早く村から出なければ」
 二人の視線が少女に向けられる。芯の強い娘のようで、もう涙も乾き、怯えを敵意に変えてこちらを警戒している。魔力の高まりを感じた。ちょっと危険だな。
「あの子はどうする」
「連れて行くしかないだろう。君、ここは危険だ。僕らと一緒に……」
 セシル殿が手を伸ばした瞬間、彼女の緊張は極限に達し、殺意を乗せた魔力が辺りに爆散した。
『まずいぞ、離れろカイン殿』
「何……」

 肉体がない分だけ敏感に、ヒリヒリとした彼女の意志が俺の魂を揺さぶった。自分の命を賭してでも目の前にいるモノを殺すことしか頭にないのだ。城で自爆した時の俺と同じ。
「いや! 来ないで!」
「落ち着いて、大丈夫だから」
 武装した騎士二人、それも今しがた母親の召喚獣を殺した相手を前にして幼い少女に落ち着けというのも無理な話だ。俺は必死でカイン殿に離れるよう言い続ける。しかし彼もやはり親友が気になって動けずにいた。
「もう、いやあ! みんな! みんな、だいっきらい!」
「セシル!」
 空気が引き裂かれる。少女の悲鳴に反応して異次元から巨大な幻獣が転び出てきた。あれは……タイタンだ。
『カイン殿! 逃げないと死ぬぞ!』
「しかし、」
 彼が何かを言う前にタイタンが拳で地面を殴りつける。まっすぐ立っていられないほど揺れ始めた。未だ火の消えない村の建物が崩れ、北の崖から大岩が落ちてくる。
 くそ、あの少女は手練れだな。ミストドラゴンを召喚できる女の娘なら当然だろうか。
 セシル殿の足元すぐ近くを亀裂が走り、大地が割れた。慌ててカイン殿が駆け寄ったが、轟音と共に視界が真っ暗になる。どうやら意識を失ってしまったようだ。


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