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🔖ジャブ・アップ・ファミリー



 私の他に元バロン兵の皆さんも人間的な生活を必要としている。というわけで部屋数を増やすため、バブイルの塔は改良が進んでいた。
 資金や資材は皆が集めてきてくれるのでありがたい。彼らは人間形態を駆使して復興の人手が足りない各国でバイトしているのだ。
 壊した人が直してるんだから、まあいいことだと思う。魔物が細かいことを気にしてはいけない。

 でも……ちょっと思ったんだけど、月の帰還ってどういうストーリーなんだろう?
 また戦いが起きて、せっかく手入れしているこの塔が壊されたりしたらやりきれないな。
 まだ月と繋がっているうちにゴルベーザさんからネタバレを聞いておくべきだろうか。

 そんなことを考えながらベイガンさんが淹れてくれたお茶を飲む。私はコーヒー派だったけれどベイガンさんの紅茶はとても美味しくて揺らいでいる。
 ベイガンさんと言えば、てっきりバロンに残るものと思っていたらなぜか私たちについてバブイルの塔にやって来た。
 彼はバロンを強くするために私=ゴルベーザに従うことを決めたけれど、そのゴルベーザさんの弟が新たな王となるなら安心だということらしい。
 セシルが何かやらかしたらすぐにでもバロンから排除しに行くと言っていた。思い切りの良さがまるで生まれつきの魔物のようです。

 まろやかなミルクティーで寛ぐ私をにこやかに見守っていたベイガンさんが、不意に真面目な顔つきになった。
「以前から気になっていたのですが、魔物と化したユリ様と我々では何が違うのでしょうか? ユリ様も食事や睡眠を必要としておられるようですが」
 うーん、難しい質問だ。私の場合、本当なら食事も睡眠も必要ない。摂らなくたって魔力が尽きない限りは生きていけるんだ。
 でも、ユリとしての前世の記憶を保つためだけに人間の生態を真似ている。ベイガンさんたち元バロン兵とはまた違うのだ。

 明確にカテゴライズするのは難しいんですけど、と前置いて私はちょっとずつ説明することにした。
「ベイガンさんたちに魔物の姿を与えてるのはポーキーやトードの改良版と言える魔法です。人間としての肉体と、魔物としての肉体を両立してるんです」
「なるほど。二つの肉体を切り替えているため、ユリ様と違い“持っていない”姿にはなれないというわけですな」
「はい。それは変身術の範疇なので」

 ゴルベーザだった頃の私が最初に使っていたのもそれだ。猫化の魔法、犬化の魔法など使い分けていただけで、それは“変身術”ではなかった。
 元々ある肉体を一時的に歪める、強化あるいは弱体魔法の一種。
 正しい“変身術”を習得したのはカイナッツォさんにきちんと教わってからだった。

「私の、この人間の格好は単なる被り物です。変身術によるものなので、魔物状態のベイガンさんたちと違ってこれは私の肉体ではありません」
「陛下の姿に化けておられた時のカイナッツォ様と同じ、と」
「そうですね。カイナッツォさんとはまったく同じ性質を持ってると思います」
 なんせ生みの親だから。厳密には違うけれど、私をこの世に送り出したのは間違いなくカイナッツォさんだし。
 ユリの精神を作ったのは前世の両親で、この肉体を作ったのはルゲイエさん、その二つを結びつけたのがカイナッツォさんということになる。
 私の出生はとても複雑なのだ。

「ではつまりユリ様はカイナッツォ様のご息女ということに……?」
「……」
 でも他人からそう言われるとなんか嫌だな……。
 私から見るとカイナッツォさんは生物的な親というより創造神的な立場だと言うのが正しい表現だろうか。でもそれもなんか嫌だな。
 ちなみに、人間だった時の精神を持ち越しながら自力で肉体を創造して転生したのがルビカンテさんだ。彼の創造神は彼自身なのだ。
 私には到底辿り着けないであろう境地だった。

「ベイガンさんたちの魔物化は恒常的な状態異常なので、魔物の姿になっても、まだ人間でもあります」
「そしてユリ様は人間に化けた真の魔物である、という認識で合っておりますか?」
「正解です」
 更に例を付け加えるなら元エブラーナ王夫妻、彼らの場合は私の転生方法をもっと強引に行った感じだ。

 つまり、精神が入ったままで無理やり肉体を改造した。結果として肉体だけが生まれ変わり、精神が定着して転生という形に落ち着いた。
 あの時は他人事のように「やってみせろ」と言っちゃったけれど実は精神が破壊されかねない危険な行為だった。
 結果的に二人は自分の精神を維持して魔物の肉体を受け入れたからよかったと思う。たまにエブラーナに現れて人助けとかしているらしい。

 それにしても、思えばルゲイエさんって、ずっと前にその魔改造を自分の体で試していたんだよね。生きながら自分をサイボーグ化してしまうという……。
 普通なら気が狂ってもおかしくない所業だけれど彼は最初からおかしかったので平気らしい。
 研究にかけるあくなき情熱と欲望はどんな困難をも乗り越える力を与えてくれる。
 実は誰より恐ろしい性質を持っているのがルゲイエさんかもしれない。

 改めて、ベイガンさんが私の体を上から下から観察している。目が若干ヘビっぽくなってるのは集中してる証拠だ。
「ユリ様は……その御姿は、あちらの世界における本来の姿であったとか?」
「そうです。やろうと思えばもうちょっと修正できるんでしょうけど難しいですね」
 顔のバランスを微調整とかスタイルをよくしたりとか、原理としては精神力だけでも整形可能なはずだ。でも残念ながら想像力が追いつかない。
 普通に運動したり美容に気を使って暮らす方が簡単だと思う。

「ごく普通に人間として過ごしておられるのが不思議なのですが。内部まで人間の女性なのでしょうか?」
「たぶん。それが結構、難儀なんですよねー」
 食べなくても平気だけれどお腹が減る感覚はあるし排泄もする。髪や爪も伸びるし、おそらくは月経もあって妊娠出産もできる気がする。
 ただし歳はとらない。どこまでも“向こうの世界にいた頃のユリ”を再現しているだけなのだ。
 この肉体の微妙さは私の精神内でファンタジー世界における不老不死の人間のようなものとして調整・処理されていた。

 人間の心を保つのに、人間らしい暮らしが必要。
 エブラーナ夫妻も今は人間だった時の自分たちに変身して過ごしているようだ。そうしていないと自分の名前も忘れてしまいそうだから。
 そしてふと思う。……ルビカンテって人間の名前っぽくないけど、ルビカンテさんは自分の前世をどれくらい覚えているんだろう。
 パラディンになれなかった弱い体を憎み、自ら魔力で作り替えてしまった。人間だった頃の記憶なんて捨ててしまった可能性もある。
 今の彼は、人間らしい暮らしなんて必要としていない。

 釈然としない気持ちになっていたら、上機嫌のベイガンさんに何やらお礼を言われた。
「御教示いただきありがとうございます。私もユリ様の体についてよく分かりました」
「は、はあ」
 やめていただきたいですな、語弊のある言い方は。まるでベイガンさんが私の体に詳しくなったみたいじゃないですか……。

 妙に恥ずかしい気持ちになって頬が熱くなる。と、その熱に呼ばれたかのようにルビカンテさんがいきなり現れた。
「ど、どうしたんですか」
「不穏な気配がしたのだが」
「べつに何もないですよ?」
 敵襲もないし喧嘩もない。ただ紅茶を飲んで雑談していただけだ。
 ルビカンテさんの目が私をじっと見つめている。頬の赤さを見咎められてるような気がしてますます赤くなるのを感じた。何だろう。なんか変な気分だ。

 特に危険がないことを確認すると、ルビカンテさんはベイガンさんに向き直った。
「ユリに何かしたか?」
「まさか。私はあなたのような邪な想いは抱いておりませんので」
「だ、誰が邪な……」
 チラッと横目で私を見ると咳払いをしてベイガンさんを睨みつける。
「邪な想いなど抱いていない」
 確かにルビカンテさんは邪悪さからは程遠い人だと思う。魔物なのに。

 ……そうだ。やっぱり彼は人間らしさを残している。その優しさや誠実さに。
 謎の睨み合い続けている二人をよそに、私は満足して再び紅茶に口をつけた。
 時間が経ってさっきより更にコクが出ているようだ。


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