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🔖トラベシア
次元エレベーターで青き星に戻ってきた私たちは、ひとまずバブイルの塔に住み着くことにした。
地底から天空まで貫くこの巨大な塔なら、四天王配下のモンスターたちを全部収容しても部屋が余るくらいだ。
かつてないほど平和な気分で窓から空を眺めていたら、隣にルビカンテさんが現れた。
なんというか、やっぱり魔物だけあって大きい。
ゴルベーザさんの体にいた時は振り向けばすぐそこに顔があったけれど、今はかなり身長差があるので真っ先に視界を占めるのは赤々と燃える炎。一瞬ビックリしてしまう。
そんな身長約2mのルビカンテさんは空に浮かぶ月を見つめているっぽい。
……私の位置からは視線を確認できないけれど、たぶん月を見てるんだと思う。
「ユリはゴルベーザ様がいつ戻られるか、知っているのか?」
「あ、はい。正確なところは分からないですけど、十〜二十年後ってところかと」
さすがに十歳児が主人公というのはあり得ないと思う。そしてわざわざ“前作主人公の子供”として出すなら大人になってもいないはず。
「セシルとローザに子供が生まれて、その子が十五歳前後になる頃、でしょうね」
子供も何もあの二人、まだ正式に結婚してさえいないのだけれど。近々セシルがバロンの王様に即位するらしいので、その後しばらくかかるだろうか。
ただ待っている身には長すぎる時間だ。ルビカンテさんもふとため息を吐いた。
「……子供か」
なにやら振り向いたルビカンテさんはじっと私を見下ろしている。私の背丈を見てセシルの子供でも想像しているんだろうか。
と思ったら、予想外の言葉がきた。
「ユリは子供を産めるのか?」
「え!? さ、さあ……」
表面上は人間の姿をとっているけれど、私の姿は変身魔法によるものだ。
だから妊娠出産が可能かどうかは今の体がどの程度まで“人間”してるのかによる。
それにしても唐突すぎて驚くじゃないですか。ルビカンテさんも元人間だから、子供と聞いて何か思うところでもあったのかな?
「どうしてそんなこと聞くんですか?」
人間だった時の彼には、奥さんとか子供とかいたのだろうか。正直なところすごく気になるけれど、さすがにそこまで踏み入ったことは聞けない。
ルビカンテさんは私の質問には答えず、気まずそうに目を逸らした。
「お前は元の世界に戻るものと思っていた」
「途中まではそのつもりだったんですけどね」
ゴルベーザとしての悪行はこっちにいたから踏み切れたことだ。
元の世界に戻ってしまったら、あちらの価値観を取り戻してしまったら私は、自分のしたことに耐えられなかったと思う。それに……、
「向こうに家族がいたのではないか?」
「……はい」
それに結局、私は寂しかったんだ。
一度ゴルベーザさんと入れ替わって元の世界に戻った時、ルビカンテさんたちと永遠に会えないなんて耐えられないと思った。
リツとはどうせ休みの間しか会えなかった。彼女との別れだってそりゃあ辛いけれど、私が独り立ちしたのだと思えばまだしも耐えられる。
こんなに長く誰かと一緒に暮らしたのは初めての経験だったから、私にとってはここの皆が本当の家族みたいなものなんだ。
だから、昔の肉体を捨ててもこっちに残ることを選んだ。
私は子供を産めるのか。もしかしてルビカンテさんは、私が家族と別れてここにいることを案じてくれているんだろうか。
「従姉にはもう謝ってありますし。未練がないとは言えませんけど、それでも私はこっちにいたかったんです」
「……そうか」
こういう話を改まってするのは、むずむずしてしまう。
私の話は止め。ルビカンテさんの顔を覗き込みつつ、話題を変えた。
「ルビカンテさんこそ、ゴルベーザさんと月に残りたかったのでは?」
「お前を守るように命じられている」
べつにゴルベーザさんも私を守れとは言ってなかった気がするんだけど。というか、なぜ私が覗き込むとあからさまにそっぽを向くのか。
「なんで目を逸らすんですか」
「いや、その……」
あらぬ方を向いてゴニョゴニョしていたルビカンテさんは、意を決したように再び私と目を合わせる。
「見慣れないので、違和感があってな。他意はないんだ」
ああそうか。私が感じている違和感を向こうも抱いてるのか。
ゴルベーザさんの見た目で慣れてたのに、あちらからすれば私はいきなり40cm近く縮んで性転換したようなものだし。
私は視点の高さが変わって戸惑うだけ。姿形から変わった私を見てる皆の方が、よっぽど大きく混乱しているだろう。
いつでも“ユリ”になれると安心してしまったら、エンディングまで走れなくなるかもしれない。
そう思って自分に変身することを禁じていたけれど、たまには変身しておくべきだったのかもしれない。
この姿を見慣れていれば、お互いにもう少し困惑を抑えられたはずだ。
それに、ルビカンテさんが違和感を抱いているのは外見のことだけじゃないと思う。
「ルビカンテさん……」
「ああ」
「私、邪魔じゃないですか?」
「何?」
「魔物になっただけ向こうの世界にいた時よりはマシですけど、ゴルベーザさんの体に比べたら完全に雑魚だし」
「……いや、邪魔では、ないが……」
そこで言葉を濁されると傷つくなぁ。やっぱり、少しは邪魔だと思われてるんだろうか。
私がこっちに残りたいと言ったのは“ゴルベーザ”としての責任を果たし、セシルに倒されるためだった。
その責任がなくなった今、ただ私の心情的に皆のそばにいたいというだけで、ルビカンテさんたちが私と一緒にいる理由はないんだ。
ゴルベーザさんに「よろしく」と言われたから彼はここにいる。
逆に言えば、それがなければ月で主人を守って過ごす方がよかったんじゃないのかな。
月の帰還まで十数年。ただの人間の小娘だった私には長すぎる年月だけれど、魔物となった今なら四天王のお守りがなくても待てる程度の期間だ。
「ベイガンさんたちもいるし、私はここで待ってますから、ルビカンテさんたちはゴルベーザさんのところへ行ってもいいんですよ」
「……なぜベイガンなんだ」
ん? ああ、言われてみるとベイガンさんはカイナッツォさんについてゴルベーザさんのところへ行ってしまう可能性が高いかもしれない。
それなら当然メーガス姉妹もバルバリシアさんに同行すると言い出すだろう。
ルゲイエさんが残ってるから安心して、とは口が裂けても言えないし……。
「あ、でもほら、カインさんがいます。彼は一人で試練の山に籠ってるらしいので私も一緒に、!?」
一緒に待ってるからルビカンテさんは無理してここにいなくてもいいんですよ、と言い終える間もなく、真横で火が爆発した。
何かが燃焼したものを火と呼ぶはずだけれど火そのものでも爆発するんだっていうか燃え方が激しすぎて火柱どころか炎の竜巻みたいになっている。
火の粉が飛んできて、私の体のあちこちから煙が。
「熱っ! ルビカンテさん抑えてください死にます私が!!」
慌てて回復魔法を唱えつつ飛び退こうとしたら、両肩を掴まえられた。
炎は抑えてくれたものの、なぜか激怒しているルビカンテさんは顔を近づけて凄んでくる。
経験はないけれどヤクザに脅されるとこんな気持ちになるのだろうと思う。……逆らったら、殺られる!
「我々はゴルベーザ様にユリを頼むと言われた。だから月へは行かん」
「は、はい」
「お前は私のそばにいるんだ。いいな?」
「はひ」
もちろんそうだ。
ルビカンテさんたちが月へ行ってしまったら主人の命令に逆らうことになる。私の余計な気遣いなんて迷惑でしかないのだ。
異論があろうはずもない。むしろ是非そばにいて守ってくださいと土下座してお願いするところだ。
もちろん従います。本当に。だから殺さないでください。
私が全力で頷くと、ルビカンテさんはようやく手を離してくれた。ああ怖かった。
ゴルベーザさんの体にいた時は彼を怖いなんて思わなかったけれど、それは私が彼に対抗し得る力を持っていたからだ。
今のルビカンテさんは威圧感がありすぎる。なんせ私なんかプチっと殺せてしまうのだもの。
まさか自分が魔物となって初めて魔物の力に恐怖を感じるとは思わなかった……。
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