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🔖頼れる相棒



 どうしたもんかな。ほんと、保身を考えない人って苦手だ。自分の行動が巻き起こす事態を予測してみることすらせず暴走しちゃうんだから。
 セシル殿は、まだいい。彼には守るべき家もないし気に入らないことがあれば陛下にだって突っかかっても、首を切られるのは彼自身だけだ。だが、カイン殿は駄目だろう。
 両親は亡く兄弟もなく結婚しておらず子供もいない彼のハイウインド家は、実質的には彼一人しかいない。それでもバロンの旧い名家だ。カイン殿に何かあれば先祖代々築き上げてきたすべてが失われることになる。
 貴族としての自覚が足りないと言わざるを得ない。

 セシル殿は陛下に楯突いたせいで赤い翼隊長の任を解かれた。派遣先はミストの谷、幻獣討伐と田舎の村への届け物が彼の新しい仕事だ。赤い翼があれば一瞬で終わる雑事だが、それを徒歩で行えという侮辱にも等しい罰だった。
 そして過ぎた厳罰に異を唱えたカイン殿も巻き添えを食らってセシル殿に同行することになった。
「……すまん。リツ殿が自由になる方法をまったく探せていないな」
 そういう問題じゃないんだよ。既に死者である俺のことより自分の心配をしろと言いたい。……まったく。
『どうせ手がかりもないことですし、俺の件は急ぎませんよ』
 俺に取り憑かれることで迷惑を被っているのは、俺自身ではなくカイン殿の方だ。それについて謝られる筋合いはない。
 大体、貴族の自覚云々は俺に言えたことでもなかった。モンスターが陛下に成り代わってくれているので有耶無耶になっているけれど、執務室に詰めていながら陛下を守りきれずにあっさり死んで、本来なら我が家もどうなっていたか。
 せっかく近衛兵になれたのに、俺はまた貴重な期待を裏切っている。

 セシル殿は計らずも親友を巻き込んでしまって消沈していたが、陛下に楯突いたことについては後悔していないようだった。平民の出らしく、保身を捨てて己の信念に基づいた行動を貫く。貴族に嫌われるが由縁だ。
 まあ正直、俺個人としては好ましく思う。同時に、危なっかしい人だな、とも。そしてカイン殿とは違い、その好意も身を挺して助けてやりたいと思うほどではなかった。
 孤児でありながら瞬く間に頭角をあらわし、暗黒剣を極めて新進気鋭の赤い翼隊長に登り詰めたセシル殿が、なんとか穏便に城で暮らしているのはひとえにカイン殿と親友だからだ。
 まだ若いカイン殿自身には大した実権がないけれど、彼は貴族にも慕われている。名家の出身であるというのはもちろんだが、カイン殿のお父上は高名な竜騎士であり陛下の親友だったからな。
 セシル殿を悪し様に言ってカイン殿に嫌われると、痛手にはならないが、厄介ではあるのだ。まったく似てない二人だがどうして気が合うのだろうと皆いつも不思議がっていた。

『そういえば、カイン殿も暗黒剣に触れたことがあるんだな』
「……少しの間な。だが俺は暗黒騎士に向かなかった」
 暗黒騎士団はかつて陸軍の主力だったが、これも赤い翼の台頭と共に縮小して空軍に取り込まれた。暗黒剣の習得が難しいことも手伝い、現役の暗黒騎士はセシル殿ただ一人だ。
 しかし誉れ高き竜騎士であるカイン殿が飛空艇部隊への所属を迷ったことがあったとは意外だった。
「絶望的なまでに才能がなかったのさ。俺はセシルのように、負の感情を制御できなかった」
『カイン殿には竜への愛と竜騎士の才がある。必要のないものを得ないのは罪でも恥でもないでしょう』
「……そうだったらいいんたがな」
 心弱き者が暗黒剣に手を出せば、精神を病んで闇に堕ちるという。陛下がセシル殿に暗黒剣を勧めた時も謎だった。もしやあれは優秀すぎる孤児につけた枷なのかと邪推するほどに。実際、暗黒騎士に身をやつしたことで、すでに集まりつつあったセシル殿への反感は静かに消滅したのだ。
 俺は暗黒剣を学ぼうと考えたことがない。竜騎士団から早々にあぶれて、その道を視野に入れるよりも早くベイガンが近衛に引っ張り込んでくれたから。俺はあの人を兄のように思っている。

 夜が明けて、カイン殿とセシル殿はバロン城を発つ。
「行くか、セシル」
 いつもより軽い調子の声に、口許で微笑んだ彼は気負いなく答えた。
「あてにしてるぜ、カイン」
「フッ、任せておけ」
 俺がベイガンを想うように、たぶんセシル殿も親友を大切に想っているのだろう。自分が何者となっても変わらずにいてくれるカイン殿のことを。
 だから彼はカイン殿と会う前に陛下に諫言をしたのだ。友を巻き込まないために。そしてセシル殿がそんな男だと分かっているからこそ、カイン殿も我が身を顧みず彼を庇おうとしたのだろう。
 またしてもため息が出そうになる。彼らに呆れてのことではない。俺もベイガンが心配だった。“リツ”の消息を尋ねて以来まともに彼と話していない。遠目に見ても彼が俺の知るベイガンなのか、偽者が成り代わっているのか、分からないのだ。
 彼が自分の意思でモンスターを招き入れ、陛下を裏切ったのなら俺はそれを咎めない。だが、もし彼が殺されているとしたら、俺は何としてでも仇を討つ。そのためにカイン殿の体を利用したっていいと思っている。


🔖


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