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🔖AVANTI



「もうちょっと、ゆっくり、歩いてよ……!」
 すでにかなり距離が開いて前方にいるダンカンが、苦悶の声を聞きつけて私を振り返る。
 そしてニヤリと笑うとその場で待っててくれるわけでもなく歩みを再開した。
 だから速すぎるんだってば競歩じゃないんだからさあ!

 舗装された道路じゃないってだけでも辛いのに、この辺は地面の起伏がやたらと激しい。
 呼吸が乱れて汗も吹き出す。それが秋口の風で冷やされて風邪を引きそうだ。
 結構なオッサンのくせにダンカンは平気な顔でスタスタ歩いてるけど私はもう足が棒。
 ぶっ倒れたらさすがに立ち止まってくれるとは思う。でも万が一そのまま放置されたらどうしようかと怖くて必死に足を動かした。

 幽霊になってる時は死を受け入れられたのに、こうして辛いとか苦しいとかの感情が戻ってくるとまだ生きたいと強く思う。
 どうせなら楽しいとか嬉しいとかの素敵な感情に心を打たれたいんだ。
 だから洗礼の儀は受けなくても、せめてアーチデーモンを倒す手伝いだけはしよう。
 私がもう一度ここで生きていくために。

 気合いを入れ直して歩くスピードを上げる。
 いくら向こうが歴戦のグレイ・ウォーデンだって私はダンカンよりずっと若いんだ、ガッツでついて行ってみせるぞ!
 と、自分の荒い呼吸音の合間に何か聞こえた気がして立ち止まる。
 ガサガサと茂みを掻き分けるような音。私のじゃない呼吸。……唸り声。獣の臭い。
「んげっ!? ダンカン! ダンカンーー!!」
 花も咲かない森の道でクマさんに出会ってしまった。

 自分でもどこにそんな気力が残ってたのかと思うくらいの全力疾走でダンカンに突進して彼の腰にしがみつく。
「ユリ、あまり騒がしいと森中の獣が集まって来るぞ」
「だってあのクマさん見てよ、殺すぞ糞野郎って顔してる!」
 すかさずダンカンの背中を押してクマの方へと追いやる。
 べつに楯にしてるわけじゃないよ。でもダンカンなら凶暴な大型野性動物なんて軽く倒せるでしょ?

 けれどダンカンは何を思ったのか、鞘から抜き去った剣を私に差し出してきた。
 いたいけな美少女にクマと戦えってのかこのオッサンは!?
「いや無理ムリムリ絶対ダメ死ぬ」
「ハーロックを倒しておいてクマごときに臆するな」
「格が違うわ!!」
 ゲーム序盤のコーカリ荒野でも頻繁に出てくるジェンロックやハーロックは、はっきり言って雑魚だ。それよりクマの方が体力も腕力もあって厄介。
 私なんかハーロック一匹に苦戦する雑魚以下のゴミだよ!

 ダンカンは私の手に無理やり剣を握らせて、腕を掴んでニコッと笑った。逆に怖いよ……。
「死ぬ前には助けよう。安心して行ってこい」
「うおお、もうやだ間違って死んだら呪ってやるから! 行ってきます!」
 言い争ってる暇もない。私は恐怖という信号を発し続ける脳ミソを一時停止させて、襲いくるクマを迎え撃つべく突っ込んでいった。

 結論、一般人は興奮したクマと接近戦をしてはいけません。

 まあ、ね。仕方ないよね。クマくらい一人で倒せなきゃオーガやシュリークや、アーチデーモンと戦えないもの。
「オスタガーに着くまでに少しでも戦い方を身につけないと、どっちにしても私は死ぬ」
「よく分かってるじゃないか」
 自分の血と返り血でビッショリ濡れた私を乱暴に拭きながら、ダンカンは「途中の集落で着替えと防具を買ってやる」と言ってくれた。
 それより売ってるものなら予備の命が欲しい。現状いくらあっても足りなそう。

 私の血が乾いたところでダンカンはクマの死骸に近寄り、皮を剥いで肉を取り始めた。今日の晩御飯はクマ肉か。
 ……こういうのにも早く慣れなきゃいけないんだ。キッツいなあ。

 最寄りの集落に着く前に日が沈んできたので、街道の外れにあった東屋みたいなところで一晩休むことになった。
 ゲームだとマップをにゅーって数秒の移動でオスタガーに着いたのに、やっぱり何日もかけて歩くはめになるんだ。
 そういえばナサニエルが「グレイ・ウォーデンがこんなに歩くものだと思わなかった」とか愚痴ってたっけ。
 アマランシン近辺だけの移動でその有り様なのに、私はどんだけ歩き回らされるのか。先が思いやられる。

「私、ドワーフじゃなくてよかった」
 ぽつりと呟けば、火の準備をしていたダンカンが怪訝そうな顔をする。
「ドワーフは短足だから人間より余計に歩かなきゃいけないでしょ? オスタガーまで何歩かは得してるよね、きっと」
「お前は……小心なのか肝が据わっているのか、分からないやつだな」
 肝なんて据わってないよ。呑気なこと言ってるのは痩せ我慢と自暴自棄だ。

 ところで、私がダンカンに発見されたのはレッドクリフ郊外の森らしい。
 出発地点が南部だったのは不幸中の幸いだ。気がついたらハイエヴァーにいた、とかじゃなくてよかった。
「こっからオスタガーまで何日かかるの?」
「三日以内に着く予定だ」
 微妙な言い方。普通それくらいで着くってこと? それとも超頑張って予定を“三日以内におさめる”ってこと?

 何日も歩くのは嫌だけれど、早くオスタガーに着きたいわけでもない。
 ダンカンには私が知ってることをほとんど全部話した。もちろん彼がいつどこでどうやって死ぬのかも。
 グレイ・ウォーデンの秘密やアリスターの素性、知ってるはずのないことを知ってるから、私の話が真実だってのはダンカンも納得してる。
 でも彼には未来を変えようという気持ちがないみたいだった。

 焚き火に小さな鍋をかけて、根菜と一緒にクマ肉を煮込む。炙っただけの獣肉にかぶりつけとか言われなくてちょっと安心する。
「あのさ。オスタガーに着いたら、ロゲインと話し合えないかな」
「お前の知る運命を公爵にも話すのか」
「予定より悪い結果にはならないと思う!」
「どうかな」
 ロゲインが王とウォーデンを見捨てるのはオスタガーでの戦いが何を目指すものか知らされてないせいだ。
 せめてアーチデーモンをどうやって倒すのかだけでも伝えれば、ウォーデンを見殺しにはしないはず。
 そりゃあダンカンはグレイ・ウォーデンの掟を破ることになっちゃうけれど。

 ダンカンとロゲインが二人がかりで説得したらさすがのケイランも前線に出ないで大人しくしてるだろう。
「それで予定通りオスタガーでアーチデーモンの登場を待てば、」
「果たしてその状況でアーチデーモンは予定通りに現れるのだろうか?」
「えっ」
「グレイ・ウォーデンが壊滅し、フェレルデン軍が疲弊し、付け入る隙ができたからこそアーチデーモンはデネリムに現れたんじゃないのか?」
 ……そんなこと、思いもしなかった。

 でも考えてみると決戦の時にアーチデーモンは陽動作戦を仕掛けてきたんだ。
 雑魚を使ってレッドクリフを襲い、ウォーデンとフェレルデン軍がそっちに向かってる隙に本隊を率いてデネリムへ……。
 もしもアーチデーモンにも戦略をたてられるだけの知性があるなら、オスタガーでいくら待っても邪竜は現れないかもしれない。
「八方塞がりじゃん」
「ああ。だから我々は不確かな可能性を考えない。今できることをやるだけだ」
 今できること。確実にアーチデーモンを倒すため、アリスターをエンディングに導くこと。

 もう私を徴兵するつもりはないとダンカンは言う。
 なんとかして彼が生き延びられたらともかく、ダメだった時にアリスターを助ける人間が必要だから、洗礼の儀で私を死なせるわけにはいかないんだ。
「ユリ、アリスターを頼む。ブライトの終わりまで導いてやってくれ」
「……」
 私には果たせなくなった約束がいっぱいあった。
 どこへ遊びに行くとか、貸してたゲームを返してもらうとか、日常に紛れて気軽に交わした小さな約束が。
「守れないかもしれない約束なんて、したくない」

 日が落ちてしまうと急に寒くなってきた。
 スープが出来上がったので、小鍋にスプーンを突っ込んで野性的に頂く。
 意外だけどクマ肉って結構おいしいんだ。ダンカンの処理がうまかったのかな。

 見張りは彼がやってくれると言うのでありがたく眠らせてもらうことにする。
 明日は今日よりたくさん歩くはめになるから、休まないと耐えられない。
「……ねえ。約束はできないけど、私なりに頑張ってアリスターを助けるよ。ダンカンが生き延びても……死んじゃっても」
「そうしてくれれば感謝する」
「だからあなたも、できることをやってみて。ケイランを連れて前線から下がるとかオーガを見たら逃げるとか」

 ダンカンはグレイ・ウォーデンだ。
 これまでの人生を捨てて血の杯を飲み干した時に、死ぬ覚悟はできている。
 アーチデーモンさえ倒せるなら彼は自分の命なんて気にも留めないんだ。
 それでも、生きて前に進む努力を。そうでなければ後悔に塗れて死ぬことになる。


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