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🔖本能の少女
ユリの体に戻ってみると既に熱は引いていた。しかし体に気怠さが残っている。彼女はタイミングの悪いことに一番苦しい時間を味わってしまったようだ。
そして、手にはなぜかFF4のネタバレ印刷物をいろいろと握り締めていた。もしかすると向こうに持ち込むつもりだったのだろうか?
残念だが物質の転移はとても難しい。あちらにおけるテレポや召喚魔法とて“実在”している場所にでなければ移動できないのだ。
私も始めはゼムスを倒せる存在を異世界から召喚しようと試みたが、ユリと私の精神のみが入れ替わったという現状がその結果だった。
形も曖昧な精神と違って、この肉体や物質をデータの中へと送り込むのは、ほとんど不可能に思われる。
あまり多くのことを為せたとは言い難い。ゼムスの思念から隠れる必要がなければもっと手助けをしてやれたのにと悔しく思う。
しかしゼムスの脅威がなければそもそもユリを呼ぶこともなかったのだ。妙な因果で結ばれたものだな。
他に私がやっておくべきことと言えば、もしユリがあちらの世界に残りたいと決心した時のためにどうするか、だ。
彼女はそれを選ぶだろうか? きっと……こちらには戻ってこないだろう。リツの予想した通りになる。
「言っては悪いがお前の従妹は男の趣味が悪いな」
「な、何いきなり」
寝通しで汗をかいていた従妹のために着替えを持ってきてくれたリツはまじまじと私を見つめ、また精神が入れ替わっていることに気づいた。
「自覚はないようだがユリはルビカンテに惚れている」
「魔物かよ!」
お笑い芸人さながらに突っ込むリツに笑いつつ、服を着替える。
仮にユリが戻らないとしても、この肉体は守るつもりだ。
彼女が何を決断するのであれ、ユリの心を育んだのはこちらの世界なのだから。
私がやはり元の世界に戻ろうと考えているように、彼女も戻りたいと思う日があるに違いない。その時のため、私もユリの居場所を守ることにする。
精神が向こうに戻ったのはほんの束の間だったが、私の肉体の中で過ごしたユリの記憶や感情は手に取るようによく見えた。
リツが最初に予想した通り、彼女は仲間であり保護者でもある四天王に懐いていた。特に、最初に出会ったルビカンテに。
刷り込みというやつだろうか。身に覚えのない好意で胸が高鳴り私としては少々どころではなく居心地の悪い気分だったのだが。
頼むから、恋をするなら自分の肉体を手に入れてからにしてほしいと切に思う。
そしてリツは、自分の従妹がモンスターに惚れつつあるというのに平然としていた。
「カインとか好きになったらちょうどいいなって思ってたんだけどねー。そっちにいったかー」
ちょうどいい扱いされるカインが哀れだ。
「まあ、土とか水よりはマシなのかな」
それは外見の話だろうか? しかし、内面的には似たり寄ったりだぞ。むしろスカルミリョーネの方が良識的でいいやつだ。カイナッツォはともかくとして。
決してルビカンテが悪いというわけではないのだが、あいつもいろいろと……いろいろと、アレなんだ。
まあ結局のところ、“紳士”であっても魔物感覚の“紳士”に過ぎないからな。
この肉体の記憶を振り返る限り、ユリにはろくな恋愛経験がない。そもそも誰かを好きになったことがないようだ。
私も人のことを言えたものではないけれども。
「ユリは誰とも付き合ったことがないのだな」
「あの子は死ぬほどモテないからね」
「そ、そこまで言うか?」
普段従妹に甘い彼女にしてはやけに辛口というか毒舌というか、だがリツは真剣な顔をして言った。
「他人の顔色を窺いすぎるんだよ。嫌われないように警戒しすぎて無意識に避けてるから、相手も近寄ってこない」
……なるほど、言われてみれば分からないでもない。
従姉に迷惑をかけないためにと自分の人間関係を強化すべく苦心していたが、それはつまるところ従姉に依存しているということにもなる。
根っこのところでトラウマを克服できていない。失うのが恐ろしいあまり、ユリは自分から誰かに近づこうとしないのだ。
なにやら身につまされる。薄い関係しか築いてこなかったといえば私もユリと似たようなものだった。
「そういう意味では、駄目男に捕まって奴隷根性発揮しちゃうよりマイペースなモンスターに振り回されてる方がマシかもね」
「……自棄のようでもあるがな」
なんにせよルビカンテが相手ならばユリの恐れていることは決して起こり得ない。だから、まあなるようになるだろう。
私が着替えを済ませて落ち着くと、リツはどこか不安そうな顔でぽつりと呟いた。
「ユリ、こっちに戻ってこないつもりみたいだね」
「話したのか」
私があちらに戻っている間に二人が交わした会話については、体が熱で朦朧としていたせいかうまく思い出すことができない。
「ゴルベーザを呼び戻して完全にあっちへ行っちゃったらその体は死ぬだろうから、怪しまれないように私は家に帰ってろってさ」
「……心配の仕方が少しズレているのでは」
「私もそう思ったけどさ、寝込んでる相手にあんまり突っ込めないし」
確かにユリの体が自宅で死んでいれば入り浸っていた従姉があらぬ疑惑に晒されるだろうと予測できる。
しかし、体だけとはいえ自分が死のうとしている時にそんな心配をしてどうする。
「私はあちらに帰っても、ユリの……この肉体を死なせるつもりはないぞ」
「助けられるの?」
「絶対にとは言えぬが、全力を尽くすつもりだ」
さしあたってはファンタジー系の小説や漫画で知識を仕入れようと思う。べつに遊び半分でいるわけではなく、解決法を探すためだ。
この肉体をあちらの世界へ送るのは困難だ。だからユリは転生という形で新しい肉体を用意するつもりでいる。
人間ではなくなってしまうが、四天王に仲間意識が芽生え、彼らが規定のシナリオから逸れて生きているのだから人外が嫌とは言わぬだろう。
私があちらに戻り、彼女が新たな器を得れば、この肉体は空っぽになる。私なり本人なりの精神が入っていなければ死を迎えてしまう。
始めに思いついたのは、リレイズをかけておくことだ。成功すれば魂なき肉体は仮死状態となり、再び戻ってくることもできよう。
ただし私は白魔法を使えない。それにリレイズをかけたまま誰かに発見されてしまうと非常に厄介なことになる。
あるいは……私の精神を二つに分ける、という手もあるな。一つは元の世界に帰り、もう一つは今まで通りこの体に残る。
精神魔法には慣れているので新たな魔法を作るのもそう難しくはないだろう。ユリがバニシュもどきを開発できたのだから私にも不可能ではない、はずだ。
フィクションであれ似たようなことが行われていれば創造もしやすくなる。
意思の力だけで魔法が使えるか。……おそらく、可能だろう。この世界では魔法などお伽噺の中だけに存在するものだが、私は現実としてそれを知っている。
そもそも私が“此処”にいることからして魔法なのだから。
魔力も精神力も呼び名は違えど似たようなもの。人間なら誰しも、願えばそれを叶える力がある。
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