×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



🔖宇宙士官候補生



 懐かしの我が家、目の前には心配そうな顔をして覗き込む従姉、そして私の頭は沸騰し、視界はぐるぐる回っていた。
「よりによって風邪引いてる最中に戻ってくるなんて、ほんと運が悪いよねユリ」
「うぅ……」
 どうやらゴルベーザさんと精神が入れ替わってしまったみたいだ。あちらを離れた状況が状況だけに、どうなったか気になるところだけれど……。
 ……いや、入れ替わったんじゃなくて元に戻ったというべきなのかもしれない。私は私の体に、ゴルベーザさんはゴルベーザさんの体に。
 これが正しい。これがあるべき姿なんだ。でも、なぜかそうとは納得できなかった。

 まだ途中なのに。私の精神には届かなくてもゴルベーザさんの肉体はゼムスの思念に苛まれ続けている。
 私は……あっちに帰らなくちゃいけないのに。
 風邪なんか引いてる場合じゃない。気を失う直前にルビカンテさんが助けに来てくれたけれど、無事にセシルたちから逃げられただろうか。

 ゴルベーザさんの体では病気知らずだったので、この苦しみはなんだか久しぶりだ。懐かしさすら感じてしまう。
 従姉はいつも通りに私の看病をしてくれている。私がこっちへ戻ってくる前、ゴルベーザさんにも優しく接してくれたことを私の脳が覚えていた。
「リツがめちゃくちゃ可愛く見える……これってゴルベーザさんの視点なのかな……」
「はあ!?」
 彼女と私が従姉妹であること、私がリツを信頼していること。それらが、一人でこの世界に来て心細かったであろうゴルベーザさんの助けになっていた。

 私は向こうでゴルベーザさんの記憶を覗くことができなかったけれど、封印が施されていなければこんな風に彼の記憶を感じ取ることができたのだろう。
 つまり私の、思い出せる限りの過去はゴルベーザさんにも知られているということだ。
 なんだか少し恥ずかしいけれど、自分だけで抱えなくてもいいのだと思えば安堵感もある。

 リツは私の額にぬるい手をそっとあて、眉をひそめた。
「熱上がってんじゃん、もう寝てなさい」
「まだ。FF4のおさらいしなきゃ……」
 詳しく思い出せない部分も含めてゼムスを倒すまでのシナリオと攻略方法を頭に叩き込んでおかないといけない。
 きっと熱が下がったら向こうに……帰る、から。

 朦朧としながら攻略サイトを眺めていたら、リツはゴルベーザさんのために用意していたらしい台詞と攻略情報を印刷した紙束を渡してくれた。
 これを持って行けば、あっちに戻っても安全勝つ効率よくエンディングを迎えられるだろう。私はようやくホッとしてその場で横になった。

 目を閉じると身に覚えのない記憶が浮かんでくる。こっちの世界へ来て“ユリ”として過ごしたゴルベーザさんの記憶だ。
 従姉はやっぱり彼に対しても優しくて、ゴルベーザさんがこちらに残りたい気持ちに揺れていたのが感じられる。
 でも彼は、戻るべきだと結論付けていた。私がゼムスを倒したら、元の場所に帰らなければいけないと。
 こっちの世界がどんなに居心地よくても、彼のすべては向こうにある。忘れたいものも、忘れたくないものも。ここは一時的な避難場所でなくてはならない。
 ……でも、私は……。

「ねえリツ……、私こっちに戻らないと思う」
 自分で予想した以上に聞き取りにくい掠れた小さな声で呟いたけれど、従姉はちゃんとこっちを振り向いて理解してくれた。
「あー、うん。そんな気はしてた」
「そっか……」
 私の選択を予想されていたことに驚きはしない。いつでもそうだった。彼女は私を分かって、許してくれる。

「ユリはいろいろ背負い込みすぎるから心配だけどね。向こうに頼れる人はできた?」
「うん。友達っていうか、仲間が……大事な人たちがいるから」
「ならよかった。コミュ障もちょっとは緩和されたか」
 朗らかに笑う従姉に私も笑みを返す。積極的に誰かと関わりたいと感じたのは、ほとんど初めてのことだと思う。
 この従姉に頼りきってはいけない、自分の人生を見つけなければいけないと義務感で交友関係を作ろうと努力してきたけれど……。
 あっちの世界にいたいというのはもっと単純な気持ちによるものだ。

 すべてが終わったあとも一緒にいたいと思っている。たぶんゴルベーザさんの安全が確保されたら、もう私はあっちの世界に必要ないのだろうけれど。
 求めてもらうためじゃなくて、私自身が彼らのそばにいたいと願っているんだ。
 もしこのまま二度と会えなかったら……私は、とても、辛くて、悲しくて、きっと……。
「おいユリー、泣くなよ」
「ごめん……」

 まるで罪深い裏切りのようにも感じてしまう。せっかくこの世界に生まれ育ったのに、従姉にも多くのものをもらって生きてきたのに。
 それでも私は向こうの世界に“帰りたい”と思ってしまうんだ。
「ごめんね。たぶん……すごく迷惑かける」
 この肉体ごと向こうに送る方法は見当もつかないけれど、私があっちに留まる方法なら思いつかなくもない。
 私はここに戻らない。そしてゴルベーザさんもあちらに帰るだろう。だからきっと、この体は空っぽになってしまう。

「エンディングを迎えて、ゴルベーザさんを呼び戻したら、たぶん私の、この体は死ぬと思う。だからリツは早めにうちを出て……」
「え、ちょ、ちょっと」
「ゴルベーザさんも気をつけてくれるとは思うけど、私が死ぬ直前までリツがここにいたら変な疑いをかけられるかもしれないし」
「待てい! そんな心配する前に考えるべきことがあるでしょ? こっちの体が死ぬって……大丈夫なの? ちゃんと向こうに残れるの?」
 ラストバトルまでに対策は立てておくつもりだと頷くと、従姉は難しい顔で考え込んでしまった。

 ゴルベーザさんの体で目覚め、ルビカンテさんに出会い、自分の立っている場所がどこか気づいた時。きっと帰れると信じられたから怖くはなかった。
 でも今度は違う。こっちの世界には二度と来られなくなるだろう。この従姉にも永遠に会えない。ここにいた私という存在は死ぬのも同じだ。
「ごめんねリツ……今までたくさん、いろいろしてもらったのに、私なにも……」
 それでも帰りたい場所がある。離れがたい仲間があっちにいる。ここに残らなければと思う以上に、自分の求める居場所が……。
 初めて、そこで生きていたいと感じられたんだ。

「ユリは悪くないよ。誰がなにを言ったって、私はそれを知ってるから」
 あの日、徒に虚ろな日々をやり過ごしていた私のもとへやって来た時と同じ笑顔を浮かべて、従姉は私の頭を撫でた。
 熱に浮かされた体には彼女の体温が心地いい。
「こっちのことは心配すんな。ちゃんとしてあげるからね」
「ありがと、リツ……」
 家族と呼べる人が私にもいるとしたらそれは彼女にほかならない。だからこそ、自分の意思を信じて巣立っていける。

 二度と会えないとすれば淋しいけれど、リツが私の行く道を祝福してくれるのは分かっていた。
 私は彼女を信頼しているから、彼女も私を信じてくれること、知っているんだ。


🔖


 45/112 

back|menu|index