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🔖ダイナマイトとクールガイ



 慌ただしい足音が家の前に迫り、壊しそうな勢いで鍵が開けられる。
 お気に入りのスリッパを履くのも忘れたまま息急き切って走ってきたリツは、私の顔を見て一度呆然としてから肩をいからせ怒鳴り始めた。
「ちょっと、何回電話したと思ってんの!? どっか行っちゃったかと、っていうかなんかあったのかと思っちゃったじゃん!」
「……心配したのか?」
「当たり前でしょうが!!」

 まあそれは私の身を心配しているというわけではなく、私が周囲に迷惑を振り撒いているのではないかという心配だろう。
 でなければ、ユリの肉体に何か起きたのではないかという心配だ。
 そうとは分かっていても身を案じられるのはそれなりに嬉しいものだな。

 走って帰ってきたらしく呼吸を整えている彼女から目を逸らして、外れたままになっている受話器を見つめた。音がうるさいので私が外したのだ。
 ちなみに、スマホも着信拒否にしてある。私を呼んでいるのはリツだと頭の中では分かっているのだが、それはもう関係なかった。

 私の視線を追いかけたリツが電話の状態に気づき、ため息を吐いて受話器をもとに戻した。
「なんで電話出ないの?」
 最初に電話というものを試したのはユリのバイト先に退職の電話をする時だったか。
 通話口を介して捩れた人の声を聞いて以来、私はこの電話機というものが嫌いになった。大嫌いだ。憎んでさえいる。
 これはユリの肉体ではなく私自身の魂に刻まれた、抗えぬ嫌悪感だ。
 なぜなのか、リツには分かるまい。今はあちらの世界にいるユリであれば、もしかしたら理解できるかもしれない。

 耳元で囁かれる――あるいは脳に直接語りかけてくる――無機質な声が、どれほど不愉快で、耳障りで、そして恐ろしいものなのか。
 ……リツには分かるまい。もちろん、分からない方がいいに決まっている。

「それで、何の用だったんだ?」
「……もういい!」
 彼女の質問は無視して逆に問いかけると、リツはムッとした表情で持ち帰った荷物をあさりはじめた。
 テーブルの上に放り出したままになっていた袋にはカレーライスの材料が詰まっていた。牛に豚に鶏に、肉の種類だけなぜか豊富だ。
 全て使うわけではあるまいが、やけに買い込んだのだな。一人で持つには重かっただろう。
 ひょっとすると電話の用件は私に荷物持ちでも頼むつもりだったのかもしれない。

 こういう時に手伝うと彼女は余計に機嫌を悪くするので、黙って後ろ姿を見つめていた。肉類は並べたままで使わない食材を次々と冷蔵庫に放り込む。
 今夜はカレーライスか。ということは明日もカレーだな。
「私は鶏肉のカレーが好きだ」
「ふーん。私は豚カレーが好きだけどね」
「まあ、何を出されても文句は言わぬがな」
「知ってるよ」
 不機嫌そうに吐き捨てるとリツは、牛肉と豚肉を冷蔵庫に突っ込んでカレーの支度を始めた。

 リツの出してくれる食事も美味いが、彼女によるとユリは更に料理上手らしい。そのユリの体に宿っている身としては実感できないのが残念だ。
 記憶を辿ればユリの味を再現するのは簡単で、確かに美味いのだが、自分で作っているという認識があるため客観的に幸せな気持ちは感じない。
 だから私はリツの作る飯の方が好きだ。
 しかし自分で料理をするのも嫌いではなかった。従姉が美味しそうに食べてくれるのを見るのが嬉しい。そんなユリの気持ちを私も共有している。

 それにしてもこちらの世界の食文化は進んでいるな。やはり平和だということが大きいのだろうか。
 明日モンスターに殺されるかもしれない、という怯えを抱えながら日々を過ごすあちらの人間には食事の味や見た目に拘っている余裕があまりなかった。
 ゾットの塔やデビルロードのことを考えればあちらの世界の方が文明は進んでいるはずなのだが、日常生活においては中世レベルに留まっているのが不思議だ。

 やはり魔法やクリスタルの力のみに頼っているのがいけないのだろうか。
 先に便利な能力があったせいで人間自身の進化が滞っている。
 クリエイターも、莫大なエネルギーを秘めたクリスタルなど与えず人間の精神が自ら成長し、進化するまで大人しく見守っているべきだったな。

 カレーを煮込みながらリツは私のスマホを手に取りなにやら弄っている。
「何をしてるんだ?」
「ククク。貴様のスマホにLINEを導入してやったのだ」
 何のノリなんだそれは。
 しかしあれは通信量が大きすぎて嫌だから使ってないのではなかったか。ユリは「めんどくさい、電話でよくない?」と思っていたはずだ。
 ……いや、私が電話を使えないからLINEを利用しろということか。

「そもそもメールからして苦手なのだが」
 用件があるなら対面して話せばいいと思ってしまう。そしてくだらない用ならいちいち言わなくてもいい、とも。
「我が儘言うな。緊急の用がある時に困るじゃん。電話は嫌なんでしょ?」
「そうだが、無理矢理にでも電話に出ろとは言わぬのか」
「嫌なら出なくていいよ。ゼムスのことがあるから嫌なんじゃないかって、思ってたし」
 ぽそりと呟いたリツに思わず目を瞠ると、照れたのか彼女は慌ててそっぽを向いた。

 まさかバレていたとは。たまにリツは精神魔法が使えるのではないかと思わされるな。
 これも魔法の有無による差違なのだろうか?
 あちらの世界には当たり前に魔法が存在し、魔力を使って相手の内心を計ることができる。
 だが魔法を持たないリツたちは、些細な仕種や表情の変化から相手の“心”を思いやることができる。
 魔法がなければないで発達するものもあるのだ。

 ともかく、余計な言い訳をせずとも電話を使わなくて済むのはありがたい。
 それに、理解されているということが堪らなく心地好くもあった。
「先程は緊急の用だったのか?」
 せめてリツの危急の用には、我慢して電話に出るべきだったと後悔しながら尋ねる。

 リツはなぜか頬を染めて口籠った。
「べ、べつに大した用事じゃ……」
「しかしわざわざ電話をかけてくるほどなら、」
「何肉がいいかとカレー甘口でもいいかって聞こうとしただけよ!」
「……」
 それで肉だけ豊富に買ってきたのか。自分は豚が好きなくせに私の好みに合わせてくれた辺り、なんともむず痒い気持ちになる。

 しかし私は甘口が苦手だ。甘いものは好きだが、飯が甘いのはどうにも……という思いはまたしても筒抜けだったらしい。
 辛いのが苦手なリツは涙目になりながら紋所のごとくカレーの空き箱を突き出してきた。
「電話出ないから辛口買ったよ! うっさいな!」
「ふっ……」
「何その笑い!? ムカつく! どうせ私は子供舌ですよ!」
 優しさに対する喜びと可愛らしさに対する微笑ましさが我慢できなかっただけなのだが、また怒らせてしまったようだ。


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