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🔖ボクハナク



 まさか私がモタモタしている間に弟が結婚して子供まで作っているとはな……。
 紆余曲折を経るとはいえセシルが幸せになる未来を確信できるのは嬉しいことだ。しかし比較して我が身の寂しさを思えばなにやら虚しくもある。
 もしすべてがうまくいってあちらに戻ったとしても私は十数年ただ寝ていることしかできないのか。弟が結婚して子供まで作っている間に。
 ああすごく虚しい。私の人生とは一体何なんだ……?

「やっぱ落ち込んだかぁ」
 参ったなと頭を掻きつつリツは私にポッキーを差し出してきた。……気持ちはとても嬉しいんだが、なんて安い慰めだ。でもポッキーは頂こう。

 彼女は私に続編の存在を教えるべきかで悩んだらしい。
 そうだな。この場面を現実に自分の目で見たいと思う反面、本当に辿り着けるかも分からぬ未来を知ったところで虚しさが増すだけだという気持ちもあった。
 だが、こんなゲームの存在を不意打ちで知ったとしたら衝撃の大きさは計り知れない。私の名でエゴサーチするだけでも遭遇してしまうのだ。
 だから、リツが先に教えてくれてよかったと思っている。

 FF4をあっさりとクリアし、今は攻略を見ながらジ・アフター月の帰還をプレイしている。
 自分がゲームの登場人物だったというだけでもなかなかの衝撃なのに、ちゃっかり続編まで存在するとは。
 しかも終章のパーティ編成によって私の死亡イベントまであるという。私がセシルを庇わなければ先に進めないのに、私を救わずに進むことはできるのだ。
 ちょっと扱いが酷すぎはしないか? 生まれてこの方、一度も報われた記憶がないのだが、いつまで不遇なんだ。

 せめてジ・アフターが終わる頃には幸せになりたい。そんな願いも挫かれ、ゴルベーザは伯父の身を案じて一人魔導船に乗り込み旅立っていった。
「……つーか、クリアすんの早くない?」
「寝る間も惜しんでやっているからな」
「あんまり従妹の体に負担かけないでよね」
 分かっているとも。ユリはあまり体が丈夫な方ではないようだからな。健康にも美容にもちゃんと気を使っている。
 彼女がいつ戻ってきてもいいように。自分の人生に虚しさは感じているが、今は他人の肉体に居るのだ。彼女の人生まで虚ろにしてはいけない。

 この月の帰還は何度かプレイしておく必要があるだろうな。
 リツの期待通りにユリがゲームをクリアして帰ってきたら私は再びあちらで生きていかねばならない。死亡イベントも自力で乗り越えるのだ。
 私一人でクリエイターを倒せるかも試しておきたい。ここで頑張っておけば弟の心証も良くなるかもしれないという打算だ。
 何ならフースーヤと月に残った時に眠りについている同胞を起こしてマイナスの襲撃に備えておくのもいいだろう。

 できることなら自分の人生を取り戻したい。ゼムスの思念に晒されることなく、眠りにもつかず、人間らしく自由に生きてみたい。
 年端もいかぬ少女に運命を押しつけておいて言えた義理ではないが……私にも、少しくらい幸せになりたい欲がある。

 物思いに耽っていた私が落ち込んでいると勘違いでもしたのか、リツは強いて明るく尋ねてきた。
「で、ゴルベーザの素顔って実際こんな感じなの?」
 そういえばFF4では非公開だったな、私の素顔は。
「……自分で言うのもなんだが、もう少しイケメンだと思う」
「ホントに自分で言うことじゃねーわ」
「事実だ。セシルの兄なのだぞ?」
「なるほど、それもそうか」
 なぜそっちは納得するんだ。私だってちゃんと服を着ればまともな人間だぞ。

 そもそも甲冑を脱ぐのはいいとしてなぜ続編の私は布を巻いただけの格好なのか。これも覚えておかねばなるまい。
 いつ如何なる時にマイナスが襲ってきてもいいように、服を用意しておくこと。
 筋肉は確かにモリモリだな。こればかりは四天王というかルビカンテと過ごしている限り避けられないことだ。
 ユリも今頃は鍛えまくられているだろうか。如何に中身が戦いとは無縁の少女だとて彼奴が手加減するはずもない。まあ……無事を祈ろう。

 私がすぐさま二周目を始めるのを呆れ気味に見遣りつつリツが言う。
「思ってたんだけど、ユリのアクション待たなくても、魔法で呼び戻してみることってできないの?」
「……できないとは言えないが、できるとも言い難いな」

 魔法など知らないはずのユリの肉体でも魔力を行使できる可能性はある。
 現実世界に住む者はやはり現実的な思考をしているから「魔法なんて使えない」という思い込みがあるが、私は実際に魔法の存在する世界で生まれ育った。
 魔力とはすなわち精神力のことだ。集中力と言い換えてもいいが、その力を外に排出して具現化する方法を私の魂は知っている。
「だが、やはりあちらからの接触を待つべきだと思うぞ」
 私がそう断言するとリツは不満そうに唇を尖らせた。彼女にしてみれば当たり前の思考なのだが「そんなに早く帰ってほしいのか」と思うと少し悲しい。

「……仮に魔法が使えたとして、今呼び戻した彼女がゼムスの支配下にないとは言い切れないだろう」
「ああそっか、ゴルベーザの代わりやってるんだもんね。ユリが操られてる可能性もあるのか」
 杞憂だとは思うのだがな。
 ゼムスは己と同じ月の民の精神を辿って私を支配しようとしていた。ユリの魂に手が届くとは思えない。
 何にせよ、今のユリがどのような状態であるか確信が持てない。だからすぐに魔法を試してユリと入れ替わってみるのは危険なのだ。
 もしゼムスに操られたまま彼女の精神が戻ってきたら、誰にも対処できない。

 リツは従妹の人生を案じているのだ。それはよく分かる。あまり長く留守にしてはバイトもクビになるし学校も始まってしまう。
 私もある程度はユリのふりをして生活できるが、その分だけ彼女は自分の人生を失ってしまうことになる。

 最も素早く且つ安全にユリが戻ってくる方法は“ゴルベーザ”の魔力を使ってもう一度この肉体に、私の精神に接触することだろう。
 しかし、私が記憶を封じてしまったがために彼女は“ゴルベーザ”の記憶を覗けない。
 あちらに戻って以降の自分の未来について考えるのも憂鬱だが、それ以上に辛いのは今こうしている間も他人の人生を食い潰していることだった。
 うまくいかないものだな。私はただ、自分を救いたいだけだった。そのために誰も苦しめたくはなかったのに。

 神妙な表情でしばらく考え込んでいたリツだが、唐突に顔を上げると意外なことを言い出した。
「ユリがさ、帰ってこない可能性もあるよね」
「何?」
「ゼムス倒したらモップに頼んでこっちに戻してもらうわけでしょ? じゃあ、あの子が『このままゴルベーザとしてここで暮らす』って言ったら」
「まさか。そんなことは起こり得ない」
「分かんないじゃんよ」
 いや、あり得ない。確かにある程度までは彼女もあちらの世界を受け入れるかもしれないが、それも精々ルビカンテが倒されるまでの話だろう。

 共に戦ってきた四天王もいなくなり、一人きりになればユリが残りたがる理由はない。リツのいるこちらに戻ってくるに決まっている。
「可能性だけは考えといた方がいいよ」
 あり得ない、が……、もし仮に、万が一、彼女が戻ってこなかったら。
 そんなことが起きたとしたら、私はここで“ユリ”として生きていくのか……?

 なぜそんなことを言うのかと思っていたら、リツは更に衝撃的な言葉を放った。
「従妹の人生は大事にしてほしいけど、今ここにいるゴルベーザの時間だって後から取り戻せないんだし」
「……」
「あの子は向こうでちゃんとやってるって。私が保証するから、ゴルベーザも今はこの時間を楽しむといいよ?」
 そう笑って、彼女が手渡してきたのはユリの好きなゲームだった。私とは無関係な、敵の出てこない、戦いのない“ほのぼの系”のゲーム……。

 ユリの記憶を辿り、その思考を分析して予測することはできる。だが彼女が実際にどんな少女なのかは分からなかった。
 私に分かるのは目の前にいるリツが心根の優しい娘だということだ。そしてリツが従妹を大切に想っているということだ。
 異世界で私の代わりに戦っているであろうユリが、リツに愛されるに足る人間だということだ。
 そして私は、その少女の貴重な時間を奪っている。なのにリツは……私にも楽しめと、なぜ言えるのだろう。


🔖


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