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🔖愛くるしい生物



 今の俺はカイン殿の言動を彼の中で体験することしかできないが、そんな暮らしは意外にも気楽で面白いものだった。
 彼の目で物を見て彼の足で歩き、彼の声で話をして彼の頭で考える。確かに不自由ではある。だがそれならば生前の俺はどれだけ自由だったのかと考えると……つまりは、大して変わらないってことだ。
 ただ、自分の中に他人がいるという状態に陥ったカイン殿はかなり居心地が悪いだろうとも思う。俺が不運である以上に彼もまた運に恵まれない人なのかもしれない。

 カイン殿にはドラゴンを手懐ける能力が備わっている。その能力を駆使して父の跡を継ぎ、立派な竜騎士となって部隊長にまでのしあがった。彼の目を通してみると俺にもドラゴンの思考や感情がなんとなく伝わってくるんだ。こちらを慕ってくる姿を目にすれば、長年の蟠りも解けてドラゴンが可愛らしく見えてくる。
『羨ましい限りだな』
 竜騎士として、天性の才能を持っていると言える。ぽつりと呟けばカイン殿は竜鱗を撫でていた手を止めた。
「リツ殿は竜が好きなのか」
『ええ、まあ、好きというか……いや。好きなのかどうか、正直もう分かりませんね』
「竜に触れている時は心が弾んでいるようだが?」
 それは恥ずかしいな。こっちの気持ちもある程度はカイン殿に知られてしまうのだろうか。
 俺は幼い頃からずっとずっと、ドラゴンと共に空を駆ける夢を見続けていた。その夢を見て、叶えることが俺の義務だったんだ。竜が好きかどうかは考えたことがない。考えないようにしていた。
 もし自分の意思で竜を愛していたと気づいてしまったら、あまりにも悲しいから。
『父親が竜騎士だったので』
「何? だが……」
 だがリツ殿は近衛兵じゃないか。幸いにもカイン殿はすべてを察して口を噤んだ。蔑まれるのには慣れてるんで、言ってくれても構わなかったんだがな。
 俺は城内ではわりと有名だ。世襲であるはずの地位を継げなかった稀代の落ちこぼれ“元”竜騎士として。

 カイン殿は自分のドラゴンを連れていない。だが彼は死に瀕していた父親の相棒を病から救い、天寿を全うさせた実績がある。今もパートナーがいないのは、亡くなった父の竜に対する愛惜があるのと、隊長職で忙しくドラゴンを探しに行く暇がないからだろうと言われている。
 竜舎のドラゴンたちは皆、カイン殿を自分のパートナーの次くらいに慕っている。俺は本当に、それが羨ましくてならない。
『俺はどうやっても竜に好かれることができなかった』
 父のドラゴンは、父が亡くなると息子の俺を認めはせずにバロンから飛び去ってしまった。たぶんその話はカイン殿も知っているだろう。相棒に逃げられて竜騎士団を辞し、近衛に拾われた少年の名までは知らなかったことをありがたく思う。
『ま、絶望的なまでに才能がなかったんでしょうね、俺には』
「竜は気紛れだ。相性の良し悪しは運でしかない。仮にリツ殿に才能がなかったのだとしても、それは罪ではなかろう」
『罪ではないとしても、恥ですよ』
「俺はそうは思わんな。竜騎士の地位は血筋と才能ばかりに依存する。逆に言えば、竜騎士でない俺には何の価値も……」
 正直なところを言うと、始めは彼に対してあまり良い感情を抱いていなかった。
 旧い名家であるハイウインド家の嫡男で、親は早くに亡くしているが王によって保護を受けており、顔も性格もよく部下に慕われ、竜騎士としての実力も申し分なく、もし陛下がこのまま結婚されないつもりであれば彼を養子にとの声もあがっているほど。
 出来すぎている、と感じていた。幸運に好かれるタイプの人間なのだろうと。
「……竜騎士の地位をなくしても、近衛に入れたなら剣の腕は確かなのだろう。立派に生きている。それだけで充分に尊敬できる相手だと俺は思うぞ」
『もう生きてすらいないですけどね』
「い、いや、それは、その……すまん」
 こうやってカイン殿の内側から彼の人柄を見れば、今は素直に好ましく思えるけれど。

 そういえば、おそらくはモンスターが成り代わっているはずの陛下が遂に戦争を始めるようだ。手始めに魔道国家ミシディアを襲撃して水のクリスタルを奪う。赤い翼を指揮して第一陣につくのは暗黒騎士セシル殿だった。
『なぜミシディアはデビルロードを閉じたんだろうな』
「ああ……、何の連絡もないのだったな」
『書簡に返事も寄越さない。喧嘩を売ってるのと同じですよ』
 魔道士の自尊心が高すぎて何かにつけ上から目線の、いけ好かない国ではあった。だが貿易協定を無視して一方的にデビルロードを閉じるなんてやり過ぎだ。そんなことをするから第一の犠牲者に選ばれてしまった。
 それとも彼らは陛下の身に起きたことを感じ取り警戒しているのだろうか。モンスターが王となった国とは交流できない、と。あり得なくはないな。
 もし本当に王が死んだのを分かっているなら今のうちに魔道士をバロンへと送り込み、セシル殿やカイン殿を味方につけておけばよかったのに。二人は軍の主力を握っているうえに陛下を強く慕っている。戦争を起こすことに疑問を抱いてもいる。手を組んで敵を排除するチャンスだった。
 しかしもう遅い。「クリスタルの奪取のみを優先し、ミシディアの人々を殺しても構わない」……慈悲深い陛下らしからぬ命令に戸惑いつつもセシル殿は旅立ってしまった。
 いくら有能な魔道士が揃っていても空から攻められては勝てまい。あとは彼らが無駄に抵抗しないことを願うばかりだ。
「リツ殿は……最近の陛下を、近衛としてどう思う?」
『とても精力的になりましたね』
「生易しい言い方だな」
 苦手な政務に四苦八苦していた時よりはバロンの未来を考えているとも見えるが。手に入れたクリスタルを本当に国のために役立てるならの話だ。
 歴史上に突然その姿を現した正体不明のエネルギー源、クリスタル。それを奉るミシディアにダムシアン、ファブールの辺りでは石の力に惹かれて町に入ろうとするモンスターも多々いるという。だがこれほど明確に、そして知能的にクリスタルを手中におさめることを目論んだモンスターがいたとは聞かない。
 玉座につき、王のふりをして、面倒な手段を踏んでまで何をしようとしているのか。クリスタル奪取のために“バロンの軍事力を利用する”なんてモンスターに思いつくものだろうか。
 まさかベイガンが黒幕だったりしないよな……。それはとても、身の振り方に困るのでやめてほしい。死んでいる俺には口出しする権利もないけれど。

 このバロンでも近頃やたらとモンスターの数が増えている。何も分からないまま不穏な空気だけが満ちてくる。誰が背負っているものか、どこかで大きな運命が動き始めているようだ。
 カイン殿がふと視線を空に向けた。赤い翼が帰還したのだ。ここから見る限り飛空艇はすべて無傷だった。船底に焦げ跡のひとつもないということは、魔道士たちは無抵抗でクリスタルを渡したのだろう。
 それが賢明な判断だったのか、救いがたい愚行になるのか、決めるのは陛下だ。
「セシルを迎えに行くか。あいつのことだから沈んでいるだろう」
 陰惨な任務から帰ったばかりの親友を慰労するため、カイン殿は竜舎に背を向けた。
『……お気の毒』
「まったくだな。セシルはこの任務に乗り気ではなかった」
『カイン殿のことですよ』
 俺の言葉がよほど意外だったのか、カイン殿は立ち止まって瞠目している。
 確かに名誉な任務とは言い難いけれど、元来なら王直々のこんな命令は竜騎士団に降されていたのに。今や空の覇者とは赤い翼のことを指す。飛空艇部隊ができてからドラゴンは減る一方だ。竜騎士団の存続も危ぶまれている。
 セシル殿が親友で、孤児で、暗黒騎士に身をやつしてでも陛下に尽くす忠義の騎士でなければ、カイン殿も彼に八つ当たりくらいしたかっただろう。しかし現実には、不満をぶつける余地もないほど立派な赤い翼の隊長を相手に鬱憤を溜め続けるばかりだ。

 お気に入りの隊長が立ち去ろうとするのでドラゴンたちがきゅるきゅると鳴いている。まるで行くなと縋っているかのような彼らに後ろ髪を引かれつつ城門へと足を向ける。しかしセシル殿はもう謁見の間にいるらしい。
 先程ベイガンが門まで迎えに来たのだと見張りに告げられ、俺もカイン殿も困惑した。
 クリスタルがそれほど陛下にとって重要なアイテムだということか。でもあのベイガンが従者のような振る舞いをするなんて……。
 ヒヤリと嫌な予感が走った。もしもベイガンが、陛下のようにモンスターに殺され、成り代わられているとしたら。彼が偽者だとしたら……?
 二人分の思考に耐え兼ねるのか、また頭が酷く痛む。カイン殿は焦燥感から目を逸らし、急ぎ足で謁見の間に向かった。陛下の姿をしたモンスターと不審なベイガン、そして疑心に駆られているセシル殿。誰の目から見ても嫌な取り合わせだ。


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