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🔖転生



 底なしの闇を落ちていく。何も見えないのに落ちてることだけは分かるのが不思議だ。そんな落下の感覚もやがて消えた。
 肉体を離れた精神はとても不安定だ。霊体系のモンスターならこの状態でも存在できるのだろうけれど、生憎と私は人間の心を持っている。
 肉体がなければ私は死ぬのだと、理解してしまう。
 そうか死ぬってこんな感じなんだ。私という存在がゆっくり消えていく。それなら仕方ないと納得した時だった。

「無茶をするものだ」
「スカルミリョーネさん?」
 その声を聞く耳もその姿を見る眼球も、その存在を認識する脳もないのに。
 語りかけられているということは理解できた。

 スカルミリョーネさんはため息を吐いた。
「お前は死人ではない。異世界の存在、いわば“この世界に生まれていない者”だ」
 アンデッドとして甦らせようと思ったが、定義が違うから失敗したとスカルミリョーネさんがぼやく。
 そう、私は魔法に失敗した。ゴルベーザさんが私と入れ替わったのを真似て新しい体に精神を送り込もうとしたけれど、すり抜けて消えてしまった。
 いや、今こうして思考しているのだからまだ消えてはいないか。

 死に瀕して魂が消える時、自我を保つのは確かに至難の業だった。
 人間は死を受け入れてしまう。このまま消えることに恐怖感がない。
 そういうものだと納得してしまうから、意思の力だけで死に抗うのはひどく難しい。
 スカルミリョーネさんがもう一度、忌々しげに息を吐く。
「不本意だが、カイナッツォに任せよう。水の魔物は不安定な性質を持つ。だからこそユリが馴染むこともできるだろう」

 ふっとスカルミリョーネさんの気配が消えて、現れたのはカイナッツォさんだった。あれ? どうして“見えてる”んだろう。
「よお。変身魔法は使えるのか。練習しといた甲斐があったってもんだなァ?」
 カイナッツォさんの視線はなんとなく下を向いていて目が合わない。どこを見ているんだろうと目線の先を追ってみると、視界を肌色が占めた。
「って裸ーー!?」
「落ち着け。前に教えただろ」
 そ、そうだった。魔法を理論的に考えようとすると集中力が切れて変身を保てなくなるのだ。

 大切なのはイメージと確信。想像力は創造力。服を着ている自分の姿を想像して、靴も履いて、人間だった時のユリを形作る。
「よしよし、上出来だ」
「ちゃんと服着てます?」
「おう。元が不定形の魔物とは思えんぞ。じゃあ、ユリ。無事に生まれて来いよ」
 そして私は世界に突き落とされた。魔物が生まれる時ってこんなに乱暴なの?
 でも人間として誕生した時のことだって覚えてないんだから、実は同じようなものだったのかもしれない。

 気づくと私は月の地下渓谷に立っていた。いつかのように四天王が並んでいる。ルビカンテさんはなぜか気まずそうな顔をしていた。
 その背後にはベイガンさんやメーガス姉妹、ルゲイエさんに魔物たちが勢揃いだ。
 魔導船があってセシルたちが遠巻きにこっちを眺めている。そして私の隣には……。
「ユリ」
「ゴルベーザさん」
 他人として初めて彼を見た感想としては、うん、大きい。深青の瞳が高いところにある。甲冑を脱いでさえ身長2mはあるんじゃないだろうか?

 ユリの背丈で見ると世界が急に大きくなったように感じる。
 自分の肉体に戻ったゴルベーザさんは私の体をしげしげと眺め、ニヤリと笑った。
「それはお前の勝負服だな」
「いっ、余計なこと言わないでください!」
 はっきり思い浮かべられるのがこれしかなかったんだもの。
 それにしてもちゃんと服着た状態に変身できてよかった。真っ裸で爆誕してたら伝説を築くところだった。

 さすがに再び命を得てしまうと生への執着が芽生える。それでも、こちらに転生した目的を果たさないと。
 セシルの前に立つ。さっきまで見下ろしていたのに今は見上げなければいけない。
「……そういうわけで、黒幕は私でした。お兄さんや私の配下を恨む理由はありません。残った憎悪は私で晴らしてください」
「何だって?」
 目を丸くするセシルの後ろでカインさんが険しい顔をしている。

 カイナッツォさんが割り込んできた。
「生まれたてのカスみたいな魔力でそいつに勝てるわけねえだろうが、阿呆か」
 事実だけれど、カスって他に言い方はなかったんですか。今生での生みの親は口が悪い。似なくてよかった。
 べつに、セシルと戦って勝つ気なんてないのだ。私はただ過去を清算させたいだけ。
 魔物と人間の和解なんて大層なことはできなくても、せめて今回の争いの始末をつけたい。

 私がここにいて、ゴルベーザさんも戻って来た。
 精神を失った現実世界のユリの体はどうせ死ぬ。一度死ぬなら二度死んでも同じだ。
 そう腹を括ったところで目の前に炎の壁が立ちはだかり、セシルが見えなくなった。
「ルビカンテさん?」
 ちょっと邪魔なんですが。
 それにしてもルビカンテさんもかなり背が大きいな。ゴルベーザさんの体にいた時に同じくらいだったから当然と言えば当然か。

 なんてことを考えてる間に、あれよあれよと四天王が私とセシルの間に立ち並ぶ。
「セシルよ。今回は本気で相手をさせてもらうぞ」
「ま、ちっとばかり運動不足だったしなァ」
「貴様に殺させるためにユリを生かしたわけではない」
「カイン、お前はそこにいるつもりなの?」
 あろうことかバルバリシアさんはカインさんを離反させようとしている。
「……俺が抜ければ人数は釣り合うな」
 それに乗っかるカインさんもカインさんだ。一戦始まりそうな雰囲気に焦る。

「待ってください、これはずっと予定してたことなんで、今さら邪魔されても」
 ルビカンテさんの腕を掴んでセシルから離そうとするものの、びくともしなかった。求む筋肉。
「それがお前の結論ならば、私は従わない」
「う……」
 ついさっきまで彼らの上司だったというのに今は一切統率力がない私をちらりと見て、セシルは不思議な微笑を浮かべた。

「君に復讐すれば、今度は僕がそこの彼らに報復されるわけだ」
「まさか。ゴルベーザさんがそんなことさせませんよ」
 大事な弟なのだからとゴルベーザさんを振り向いたらこっちを無視してフースーヤさんと話し込んでいた。
「知らん顔しないでください!」
「ん? しかしな、ユリの結論にもセシルの決断にも、私に口を挟む権利はあるまい」
 そんな殺生な……。

 一触即発の空気を破って、セシルはあくまでも穏やかな声で問いかけてきた。
「ユリ。今まで僕が殺した魔物の憎悪を晴らすために、僕を殺すかい?」
「いいえ。それでは復讐の繰り返しになります」
「……そうだ。どこかで終わらせないと」
「だからケジメが必要なんです。ゴルベーザも悪人ではなかった、黒幕はゼムスだった、だから無罪放免では人々が納得しません」
 生き残ったすべての人に「仇は討った」と言ってあげるのもセシルの務めだ。でなければいつまでも憎悪を溜め込まねばならない人が出てくる。

「あと、これをセシルに言っちゃうとアレなんですけど誤解されてるみたいなんでもう言います……、肉体は他にも用意してあるんです」
「え?」
「ここで殺されてもすぐ生まれ変わるので、私は死んでも大丈夫なんです」
「え……?」
 こうして魔物の肉体を知ったので、次の転生はもっと簡単だ。
 そう告げるとセシルと仲間たちはもとより四天王まで唖然として私を見下ろした。
「お前って、意外と強かだよなぁ」
 カイナッツォさんに呆れられるのはなんだか屈辱だな。

 悪の首魁ゼムスは滅び、その手先“ゴルベーザ”も倒された。それが一番手っ取り早い決着だ。
 やはり実行犯は誅されなくては。
 と言いつつ私も青き星の民を安堵させるために死ねるほど自己犠牲的な性格ではない。だから保険として複数の肉体を用意しておいたのだ。
 なのにセシルは私を相手に復讐なんかしないと言う。

 なおも説得しようとする私を止めたのはゴルベーザさんだ。
「ユリ、同じことをギルバートやテラにも言うつもりならば、私は止めるぞ」
「で、でも」
「“ゴルベーザ”のしたことは私が背負う」
「それじゃ私がいる意味がないでしょう」
「ユリを呼んだのは私だ。私がお前にやらせたのだ」
 そんな馬鹿な理屈があるものか。彼がセシルと離れ離れにならなくていいように、私が罪を被ると言ってるのに。

「セシルよ。ゴルベーザは倒され、二度と青き星には戻らぬ。地上に帰り、そのように伝えてくれ」
「兄さん……」
「眠りにつく気なんですか?」
「伯父上の許可は得ている」
 私は絶句し、その言葉の意味を悟ったセシルも青褪めた。

 同じ血を引く者の一人は月に、一人は母なる星に、時の流れがその者たちを引き離さん。
 シナリオ通りだ。でも、兄弟が二度と会えないなんて。ゴルベーザさんが青き星に帰れないなんて。
「納得できない。“ゴルベーザ”はいつも黒い甲冑を身につけてたから、帰ったって誰にも気づかれませんよ!」
 セシルは不安そうにしているし、ゴルベーザさんも明らかに未練ある顔で弟を見ている。
 これから。ようやっと、これから兄弟が普通に暮らせる日がやって来るのに。

「……ユリ、私の望みを聞いてくれるか?」
「聞けることなら」
 まだ憤慨している私に優しく笑うと、ゴルベーザさんは告げた。
「四天王と共に青き星へ帰って、月の帰還を待ってほしい」
 それは月の民が眠りから目覚めるまでということだろうか? 今の私は魔物なので数百年くらい待てるとは思うけれど。
 でも本当にそれがゴルベーザさんの望みなのか、セシルとは二度と会えなくなるのにと、反論しようとして口を閉ざす。

 月の帰還? なんかうっすらと記憶にある。いつだったか聞いた従姉の言葉を思い出した。
「……『うわ、FF4続編だって。前作主人公の息子が主人公とか地雷一直線じゃん大丈夫かよ』」
「リツの言いそうなことだな」
 でも結局めちゃくちゃ楽しそうに何度もプレイしていた。
 つまり月の帰還を待てと言うのは……、続編まで待機せよ、という意味?

「しょ、正気ですか」
「無論、『おれはしょうきにもどった!』からな」
「メタ臭い発言は控えてください」
 でも従姉はあれをガラケーでプレイしていたから、私は内容を知らない。それも想定内らしくゴルベーザさんは胸を張って言った。
「問題ない。私はプレイ済みだ」
「……」
 この人あっちでゲームばっかりしてたのかな。いやそれよりも、じゃあ近い将来、彼は青き星に帰ってくる?

 ゴルベーザさんは決意を秘めた目をしてセシルを見つめた。
「また会える日が来ることを約束しよう。その時こそ、家族として……」
「兄さん……」
 なんだか結局、私の提案は有耶無耶にされてゴルベーザさんの思惑通りになっている。
 そしてまた彼は四天王にも告げる。
「お前たちの力を借りねばならぬ時が来る。それまでユリを頼む」
「ゴルベーザ様!」
「我ら、御帰還をお待ちしております」
 物語は終わらない。どうやらそういうことらしい。


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