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🔖平気で今朝



 浴びるように酒を飲んだ日の翌朝みたいに酷い頭痛で目が覚めた。そんなになるまで深酒したことはないから実際のところは知らないのだが。それでも体は勝手に動く。まるで操り人形のように、俺の意思とは無関係に体は謁見の間を目指し……。
 ……なんで勝手に動いてるんだろう。ただ毎日の習慣から無意識に歩いているのかと思ったけど、どうもおかしい。いつもとは感覚が違う。通るルートも違う。視界の端に同僚が俺に向かって敬礼をするのを見て取り頭の中で警鐘が鳴った。
 なぜ謁見の間に向かっているんだ? 俺の仕事は部屋の外にある。王に召し出された諸侯と騎士団員を迎えるために、あの扉の前に立っているのが俺の役割だ。しかし体は尚も俺の意思に反して突き進み、謁見の間に陣取った。隣にいた者が心配そうに覗き込んでくる。
「どうしたんだ、カイン? 具合が悪そうだ」
 暗黒騎士セシル? なぜ彼が俺に……、いや、彼は今なんと言った?
「昨夜少し飲み過ぎた。心配はない」
 俺の口から聞き覚えのある声が勝手に出てくる。だがそれは、俺自身の声ではなかった。竜騎士団隊長カイン・ハイウインド……彼が俺の体を乗っ取って……いや、俺の精神が彼の体に入っているのか?
 そしてようやく思い出した。執務室に籠る陛下を害すべくやって来たモンスター、俺はそいつに、殺されたんだ。正確に言えば死の淵へと追いやられた俺は敵に一矢報いるため自爆したのだが。
 それがどうして何食わぬ顔でここにいるのか。この……カイン殿の肉体、に?

 何が起こっているのかさっぱり分からない。陛下はいつも通り玉座におわした。傍らにベイガンが侍っている。竜騎士団は解散されず、ドラゴンの減った分だけ軍団は縮小し、空の竜舎は解体する。そして赤い翼は予算を増やして軍備を始めるとのことだ。
 各国の所有するクリスタルを奪う。対魔物用に積まれている赤い翼の砲台を他国に向けて使うと言うのだ。謁見の間はざわついたが、陛下はそれを制した。
 世界の交易を担う飛空艇は最早バロンのみならず他国にとっても重要なものだ。しかし魔力に乏しい我が国では早晩飛空艇を運用するためのエネルギーが尽きてしまう。
 力が必要だ。クリスタルがあれば、世界各国に飛空艇を分け与えられるほどの力が手に入る。バロンの旗のもとに世界を統一するのだ。そう、陛下は熱弁を振るった。
 どちらにせよバロンの資源はギリギリだった。いずれどこかを侵略しなければならないことは皆も分かっていた。だが……陛下に化けたあのモンスターは言っていた。「俺が欲しいのは玉座だ」と。
 あそこに座っているのは果たして陛下なのか……? 俺は夢でも見ていたのか? だとしたら、なぜ俺は“ここ”にいるんだ。
『……カイン殿』
「!?」
 困惑を一人で抱えきれなくて思わず名を呼ぶと、またしても俺の意思に寄らずカイン殿の目が慌てて辺りを見回した。セシル殿の訝しげな視線を受けて「何でもない」と首を振る。語りかければ俺の声はカイン殿に聞こえるのか。
『話したいことがある。人目のないところへ行ってくれ』
 ここで話してもいいが、混乱させて不審人物扱いされては気の毒だからな。

 ぼんやりしたまま謁見の間を出ると、竜騎士団員がカイン殿を呼んでいた。
「隊長、どうなさったんですか?」
「……先に行っていろ」
 首を傾げつつも素直に敬礼して駆け去っていく団員を見送る。酷い頭痛がした。
 そしてカイン殿は白魔道士団の詰め所に向かい、回復魔法をかけてもらえないか頼んでいる。……まあ、無理もない。これだけ重度の頭痛に苛まれていることだし、俺だって自分の頭の中から謎の声が聞こえたらとりあえずエスナをかけてもらおうと思うはずだ。
 結局、成功したんだか失敗なんだか判断しかねる見習いの微弱な白魔法は、カイン殿の体に何の変化も及ぼさなかった。視線が詰め所を巡って何かを探す。カイン殿は見習い魔道士に礼を言ってその場を後にした。
 足早に廊下を歩く。竜舎に向かうのかと思ったが、人気の少ない中庭を目指しているようだ。どうやらカイン殿は俺の声を単なる気のせいだと無視せず応えることにしてくれたらしい。周囲に誰もいなくなったところで足を止め、彼に声をかける。
『カイン殿。信じ難いのは分かってますが、俺は近衛のリツという者です。なぜかは分かりませんが貴方に憑依してしまったようだ』
「リツ……、知らないな。だが妙なことが起きているのは分かる」
 ……知らないのかよ。まあいいけど。俺は城内で名が知れているが、それは決して名誉なことではなかった。竜騎士である彼には特に、知られていない方がありがたいかもしれない。

 壁にもたれ掛かり、カイン殿の左手が所在なげに槍を弄ぶ。落ち着かない気分でいるようだ。こうして手に取るように彼の動揺を感じている俺自身、かなり戸惑っている。
「リツ殿、の精神が俺の中にあるということか? 自分の体に戻れないのか」
 そもそもなぜこうなったのかが不明なのだから、出ていく方法も俺には思いつかないな。第一、戻るべき“自分の体”はおそらく既に存在しない。あれから何日経ったのか知らないが俺は陛下を襲ってきたモンスターを相手に自爆したのだ。
 俺は確かに死んで、しかし何らかの因果でこの世に留まってしまった。モンスターと化すわけでもなくなぜか竜騎士カイン殿に取り憑く形で。
『できれば近衛兵長ベイガン様にリツの行方を尋ねていただけませんか?』
「……分かった」
 来た道を戻ってカイン殿は近衛の詰め所に向かう。二度と歩けぬ道かと思うと慣れた景色が切なく見える。少し驚いた表情で振り返るベイガンを目にした時、俺の哀惜が伝染したのか、カイン殿も痛ましげに眉をひそめていた。
「おや、カイン殿ではないですか。どうなされました?」
「ああ、ベイガン、その……」
 咄嗟に言葉が出てこなかったらしく、口籠ってしまったカイン殿に助言を与える。
『俺に預けた物があるとか言って居場所を聞いてください』
「実はリツに預けた物があるんだが、彼はどこにいる?」
「……カイン殿にリツと面識があったとは知りませんでしたな」
「いや、大して面識はないんだが、ちょっと縁があってな」
 まあ事実ではある。にしてもカイン殿はベイガンにめちゃくちゃ警戒されているようだ。それもそうか。俺が竜騎士と親しくするわけがない。ベイガンはそれをよく知っている。
「リツなら使者としてダムシアンに赴いております」
「そ、そう……か」
「帰国したらお知らせしますよ」
 穏やかな表情の裏に刺々しさを目一杯に詰め込んで、ベイガンは言外にさっさと立ち去るよう促してきた。彼のこういう態度は初めて見るので新鮮だ。でもカイン殿には悪いことをしたな。あまりよろしくない印象を与えてしまった。
 ざまあみろ、なんて思ってないけど。

「どういうことだ。“リツ”はお前じゃないのか?」
『俺はリツですよ。そこのところ記憶は確かです』
 あの夜に襲ってきたモンスターは俺が死んだ理由をでっちあげると言っていたが、それが“ダムシアンへの使者”なのだろうか? 確かに俺の所領は国境にあるからダムシアンに行かされることもなくはなかったが。他国が所有するクリスタルを奪う、という今朝の言葉と合わせて考えればどうにも不穏だ。
 大体、そんな細かい事情をなぜモンスターが知っているのかと不思議だった。俺を殺した段階で、あいつは俺のことなど知らなかった。ベイガンに聞いたのだろうか。「見張りを一人殺しちまったんだがどうやって誤魔化せばいい?」なんてな。
 ああ、馬鹿げているが間違いない。だって俺をダムシアンに行かせるなら先にベイガンが話を聞いているはずだ。彼に王命が降るより先に俺が出かけていること、不審に思わないはずもない。……ベイガンは既に“あっち側”だってわけか。
 つくづく不運な体質らしい。あのモンスターが言ってた“死ぬ必要のないところで死ぬ”とはこういうことだったんだ。陛下が水を所望しなければ俺は魔物が王に成り代わってたなんて気づかずに、今朝も謁見の間の扉を守っていただろうに。
 ため息を吐こうとしたが、これはカイン殿の体だからできなかった。
『死ねば消えてなくなるもんだと思ってたんだけどなぁ』
 そう呟けば他人の体だというのに胸がずきりと痛んだ気がした。

「……リツ殿は亡くなっているのか」
『ええ、まあ。おそらくはつい先日』
「しかしダムシアンへの使者というのは」
『ちょっとばかり困った死に方をしたので、近衛兵長が誤魔化してくれてるようです』
 陛下が死んでモンスターに成り代わられていることと、ベイガンが王を裏切っているかもしれないことは黙っておこう。俺の上司を弾劾なんてされたら近衛全員が路頭に迷うかもしれない。
 それに、返り討ちに遭ってカイン殿が偽の告発をされても困るからな。ベイガンならそれくらいやりかねない。
 とにかくなんとかして成仏する方法を探すことだ。といっても、自分で動けない以上はカイン殿に頼るほかないけれど。
『申し訳ないが、離れる方法が見つかるまでしばらくお世話になるしかなさそうです』
 もしかしたら明日、または次の瞬間にでも俺の精神は消えている可能性だってある。カイン殿はなにやら考え込んでいたが、やがて小さく頷いた。
「分かった。俺もできる限りは調べてみよう」
 そして一先ずは今日の公務をこなすため竜舎に向かう。……この歳になって形だけでも竜騎士になるなんて、思ってもみなかったなぁ。


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