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🔖壮途



 魔導船に乗り込んだものの、未だ月へ向かうことはできずにいる。原因は僕だ。
 確かにゼムスは倒さなくてはならない。でも、ゴルベーザを助けるということに、まだ心が納得できなかった。
 天涯孤独だと思っていた僕の、実の兄。もしかしたら二度と会えなくなってしまうかもしれない。
 でも……ずっと彼が諸悪の根元だと思っていたんだ。それが急に、実はゴルベーザの中身は異世界から来た別人で、本当は敵じゃないなんて言われても……。

 カインはミストの村ではぐれてからずっと、ゴルベーザとその中にいる人の真意を知って彼らに協力していたという。
 そんなカインに、エッジはバブイルの塔で連れ去られた両親の安否を尋ねた。
「親父たちが生きてるってのは本当なのか?」
「ああ」
 つい先程は彼らも巨人内部にいて、巨人の動きを止めるために魔物たちと協力して戦っていたそうだ。
 といってもゴルベーザの配下に加わったわけではなく、魔物の性に負けて自我を失わないよう力を借りているのだとカインは言う。

「ユリが人間を魔物に変えるのは本人が望んだ時だけだ。あの二人については部下の暴走による事故で、彼女の本意ではない」
「ちょっと待て、彼女ぉ!?」
「だから助けようとしたんだが、人間に戻すことはできなかった。魔物として力をつければ人に化けることはできるらしいが」
「いや待てって、ユリってヤツ、女なのかよ?」
 構わず話を進めるカインを制止してエッジが素っ頓狂な声をあげる。僕も驚いた。
 ゴルベーザが男だから、中にいるユリという人も男だとばかり。

 改めて詳しい話を聞けば、それは意外な事実の連続だった。
 ユリがこちらの世界に現れたのは陛下が殺された直後だったとか。
 彼女はローザと同じくらいの少女だとか。
 本来は魔法の力も何も持たず、戦いとは無縁の存在だったとか。

 一時期ゾットの塔に囚われ、丁重な扱いに疑念を抱いていたローザは深く納得していた。
「道理で気が利くと思ったわ。女性でなければできない気遣いがたくさんあったもの」
「ユリがバルバリシアとスカルミリョーネに細かく指示していたからな」
 確かに助け出した時の彼女は憔悴する様子もなく元気そうだった。
 むしろカイポで目覚めてからずっと働きづめで溜まっていた疲労が癒え、健康的で、いつも以上に美しくなっていたくらいだ。

 ユリは悪人ではない。
 少なくとも、彼女がクリスタルを集める理由が世界を滅ぼすためでなかったことは信じられる。
 でも……それならどうして、という疑問をエッジが口にする。
「……なんで、そんなやつがエブラーナを攻めたんだよ」

 ファブールは辛うじて国王陛下が存命だけれど、三つもの国が王を殺されて甚大な被害を受けている。
 魔物に国を乗っ取られ世界に戦争をばら蒔いたバロン、飛空艇の爆撃を受けて滅びたダムシアン、それに王の守護兵が殺され城を破壊されたエブラーナも。
 善良で無力な少女がそんなことをするだろうかと思う。その裏で、善良で無力な少女だからこそ、そうしたのだとも思う。

「ユリは人間を害してでも仲間がゼムスに殺されることを拒み、その目的の邪魔になるものを倒してきた」
「僕たちが魔物を倒すように、か」
 人が自分に害をなす魔物を殺すことに躊躇しないのと同じように。
 自分や仲間が生きていくための障害となるのなら戦うしかない。

 思い出していたのは試練の山でのことだ。ゴルベーザ……いや、ユリはスカルミリョーネを助けるためにやって来た。
ーー私は仲間を見捨てない。だからここにいるんだ。
 怒りに目を眩ませて安易に人を憎むなと彼女は言っていた。
 彼女はたくさんの人間を殺したが、僕らもまた彼女の仲間をたくさん殺した。

「セシル……やはりあいつが憎いか?」
 カインは僕らに「憎むな」とは言わない。
 想いの自由をユリは残している。諸悪の根元であるゼムスとは絶対に違う、優しさがそこにある。
「……分からないよ」
 分かるのは、僕がユリを憎むのなら、彼女も僕を憎む権利があるということだけだ。
 そうして続く負の螺旋が破滅にしか辿り着かないのは暗黒騎士だった頃から身に染みている。
 負の力を抑え込むのではなく、罪と向き合い、悪を受け入れ、赦しを光にかえて……パラディンになった時に学んだはずなのに。

 今まで黙って何か考え込んでいたリディアが不意に口を開いた。
「ミストでルビカンテが私を守ってくれたの」
「へ!?」
 またしてもエッジが大袈裟に驚く。正直、彼がいてよかったと思う。張り詰めた空気を絶妙に和ませてくれるから。

 リディアは遠い目をして魔導船の窓に映る月を眺めた。
「大火事に巻き込まれた私を、炎を操って助けてくれた……あれはルビカンテだったわ」
 僕にボムの指輪を持たせたのは水のカイナッツォと名乗る四天王の一人だった。
 それは即ち、ミストを滅ぼしたのもユリの意思だということになる。
 でも、もしかしたらバブイルの巨人みたいに何かユリにとって不測の事態があったのかもしれない。
 あるいはダムシアンや他の国のように、ミストにも滅ぼさなければならない理由があったのか。

 魔物の視点から見れば人間の町は、つまり住処のすぐ近くにできた魔物の巣も同然だ。
 それでも彼女はリディアを助けてくれた。今この時のために……?
「村を滅ぼして皆を殺したこと、許せない。でも……私を助けてくれたのも、やっぱり彼らなの。ユリが何もしなかったら私たちの誰もここにいなかった」

 リディアの言葉に、渋い顔をしながらエッジが頷く。
「まあな。もし突然ゴルベーザが現れて『一緒に戦ってくれ』と言っても、俺だって親父だって取り合わなかっただろうよ」
 いくら言葉で説かれても世界中が一致団結してゼムスに立ち向かうことなどできなかった。僕らはその存在を知らなかったのだから。
 ゴルベーザがいたからこそ、彼が人を苦しめたからこそ、大切なものを守るために力が必要だと思い知らされた。

「幻獣王さまが言ってた『もっと大きな運命』に、ユリたちも巻き込まれてるのよ」
 必要な犠牲だったなんて言われても納得できるはずがない。でもーー、それでも僕はーー。
「月へ行こう」
「セシル……」
 憎しみで誰かを倒すのではなく、大切な人を守るために、そのためだけに戦うと決めた。それを為さなければ。

 兄さんが僕を助けてくれた。彼がいなければ、ゼムスに操られていたのは僕だったかもしれない。
 異世界の住人に助けを求めることさえできずに精神を支配されて、ローザを、カインを、皆をこの手で……。
 そうならなかったのは顔も知らない兄のお陰。その兄さんをゼムスから守るために、ユリは世界を敵に回して戦った。運命を変えたのは彼らだった。

 憎まずにいられるのか、自信はない。だけど憎みたくないとは思っている。
「ゼムスを倒さなければ」
 そして彼女たちと話をしなくては。許し合えるまで、話をして……それから先の未来は皆で決めるんだ。


🔖


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