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🔖巨人



 セシルたちは、封印の洞窟を探す前にエクスカリバーをくれる鍛冶屋の家に立ち寄っていた。
 塔での戦いでルビカンテさんが余裕を見せつつ撤退したおかげか、現在の戦闘力に不安を抱いているようだ。
 となればおそらくリディアに導かれて、幻獣王にも会いに行ってくれるだろう。

 そんなわけで私はカイナッツォさんと一緒に幻界を訪れた。
 魔導船が出現したら怒濤の展開になるので、ゼムスとの戦いに必要な準備をしておくのだ。

 幻獣の町は、幻界という呼び名の通り、外とは違う次元に存在している。
 リヴァイアサンに許可された者でなければそこへ向かう道を見つけることさえ叶わないという。
 なら、どうして私が入れたのか。
「幻獣王は私のことを知ってるんでしょうか?」
「だろうなァ。見せかけは地底にあるが、地上とだって離れてるわけじゃねえ。人間界の危機を悟って、お前を殺しとこうって算段かもな?」
「ええっ!!」
「クカカカ、冗談だ」
 あり得ることだし、まったく笑えないんですが。

 カイナッツォさんもいるし、仮に幻獣が襲ってきても易々と殺られはしないだろうとは思う。
 でもいざという時にカイナッツォさんが私を助けてくれるかどうか微妙でもある。
 幻獣王はかつて、先を見越してリディアを誘拐したくらいだ。
 きっと今回もゴルベーザの真なる目的を……“私”の存在を察知して、見極めようとしているんだろう。
 そうであってほしい。

 幻獣の洞窟および町の中は、地底独特の暑さがまったく感じられない。時間の流れも違うようだ。
 本当に異世界なのだと不思議に思う。もっと遠い異界から来た私が言うのもなんだけれど。

 試練でも課されるかと思ったら、案外すんなり幻獣王に会えた。
 一見すると普通の老人のように見える。しかし黒目のない瞳が人外の様相を呈している。その目が、カイナッツォさんを面白そうに見つめている。
 魔物と幻獣は紙の表裏のようにほとんど同一の存在だ。カイナッツォさんがいたから仲間扱いされて迎えられたんだろうか。

 なんにせよ、まずは挨拶を。
「初めまして幻獣王様。テラとヤンの件では、お世話になりました」
「うむ……シルフたちは気紛れゆえ、我々の仲間というわけではないのだが」
「そうなんですか? じゃあ今のお礼は撤回します」
「なぬ!?」
 コミカルなリアクションを見ると偉い人には思えない。横に控える王妃様もやれやれって顔をしている。

「さて、お前さんのことは何と呼べばいいんじゃろうな、“ゴルベーザ”殿?」
 あくまでも穏和な老人の顔をしてリヴァイアサンが尋ねてくる。やっぱり私の存在に気づいているのか。
「私はユリと申します」
「ふむ。異世界の存在じゃな。月の意思に惑わされてはおらぬようだが……」
 月の意思というのはゼムスの思念のことだろうか。

 リヴァイアサンの表情がサッと変わり、尋常ではない殺気を身に纏う。
「なぜミストの者たちを殺した?」
 一瞬、気圧されてしまった私の代わりにカイナッツォさんがそれに答えた。
「奴らが大人しくクリスタルを集めさせるわけねえだろうが。こっちを殺しに来るのが分かってて野放しにする馬鹿がいるかよ」
「ならば集めなければよかったのだ。ユリとやら、お前さんの行いに悪意がないとしても、クリスタルに手を出さねば無闇と死者を生むこともなかった」

 それは違う。
 もし私がクリスタルを集めなければ……確かに争いは起こらなかっただろうけれど、青き星に届くゼムスの思念もそのままだ。
「耐えるだけでは何も解決しません。ゆっくりと殺されるだけです」
 私が助けようとしているのは仲間だけ。でもゼムスを倒さなければ、結局は人間すべてに危機が訪れる。

 何かを探るようにリヴァイアサンの視線が私に注がれる。
 この海竜も精神魔法を得意としているようだ。様々なことを見通す幻獣の長ともなれば当然と言えるかもしれないけれど、なんだか既視感があった。
 不機嫌さを隠しもせず隣に立っている、カイナッツォさんの様子を窺う。
 水を司る、変身術と精神魔法に長けた、魔物。幻獣と魔物は表裏。
 目の前の海竜リヴァイアサンは人間の老人に変身していて……カイナッツォさんも、バロン王に変身する術を持っていた。

「えっ……?」
 まさかと目を見開くとカイナッツォさんに思い切り睨まれた。
 すみません、気づいちゃ駄目なことなんですね。分かりました。
「えー、あなたに言い訳するために来たわけじゃないし、その必要もないので、無駄話はやめましょう」
「ふむ。まあ、そうだな」
 不貞腐れているカイナッツォさんを見て幻獣王は笑っている。私は「えええー、マジかー」と叫びたい気分を必死に抑えていた。

 カイナッツォさんのことはさておき、本来の用を果たさなければ。
「セシルたちが来たら、この鎧を授けてほしいんです。あと月で幻獣神に会うように助言もお願いします」
「鎧については心得た。しかし今のリディアが幻獣神様に勝てるとは思えぬが」
「勝てます。仲間がいるので」
「……よもや他人に断言されるとはな」
「あ、魔導船が出現する頃エクスカリバーも完成するので忘れずに」

 アダマンタイト製の剣と鎧、これを揃えたセシルがパーティの盾となるのだ。幻獣神にだって勝てるだろう。
 というかバハムート程度に勝てなければラスボスなんかに敵いっこないのだ。
「これで月へ行く準備は万端ですね」
 セシルたちが封印の洞窟を出る前にタイミングを見計らってカインさんを迎えに行かないと。
「もう帰るんかの?」
「はい。リディアたちが来たら用件は手短にお願いします」
「承知した」

 カイナッツォさんはバブイルに帰り、私は洞窟へ向かう。
 セシルたちが出てきたところにギリギリで間に合い、クリスタルを奪ってカインさんを連れ去ることに成功した。

「大丈夫か、ユリ。疲れてるみたいだな」
「ちょっと処理能力が追いつかなくて……」
 これからセシルたちはドワーフ城に帰ってクリスタルが奪われたことを報告し、幻界に立ち寄ってから地上へ戻り魔導船を浮上させる予定だ。
 その間、私はちょっとだけ休憩できる。

 息を吐いて冷静になり、カインさんを見てふと気づいた。
「よく考えたらカインさんにもう一回裏切らせる必要ってなかった?」
「……ああ、お前は自力でクリスタルを奪ったしな」
 カインさんは咄嗟に操られている演技で合わせてくれたけれど、今から思えばクリスタルだけ持っていけば済む話だった。

「ご、ごめんなさい……」
「気にするな。ゼムスと戦う前に俺も装備を新調したいと思っていたところだ」
 もしかして催促されているのだろうか? セシルの武器と鎧は用意したんだし、それくらいならお安い御用だ。
 アダマンアーマーがもうひとつあるのでカインさんにあげよう。

 あとはこのクリスタルを使って次元エレベーターを起動させるだけだ。
「じきにセシルが魔導船で月へ向かうので、クリスタルを持って私たちもエレベーターで同行します」
 巨人を呼び出さずにさっさと月へ行ってセシルと合流すれば、一度青き星に戻ってくる手間を省ける。
「いよいよゼムスとの決戦か」
「はい。頑張っていきましょう」
「逆に気が抜ける言い方をするなよ……」
「そ、そうですか? すみません」
 気を取り直してバブイルの塔に戻り、ミシディアから魔導船エビフライ号が飛び立つのを見届ける。

 そして四天王以下仲間たちとカインさんに見守られる中、次元エレベーターを起動させた。
 ゾットもそうだったけれど機械仕掛けの巨大な塔だというのに月の民の遺産は静音性が素晴らしい。
 微かな起動音をあげて月へのワープ装置が作動する。
 その瞬間、塔の外で隕石が落ちたかのような爆音が轟いた。
「え?」
 慌てて窓に駆け寄って外の景色を確認する。……なんか、巨人が進撃していた。

 呆然とする私の横から同じように窓を覗き込み、バルバリシアさんが無邪気に言う。
「強いて名付けるなら“バブイルの巨人”という感じの物体ね」
「つーか、どう見てもそうだろ」
 カイナッツォさんの突っ込みにスカルミリョーネさんとルビカンテさんも遠慮がちに頷いた。

「もしかして、エレベーターを起動したら勝手に巨人が現れちゃうんでしょうか」
「ゼムス様がそのように仕掛けておいたのではないか?」
「ううっ、余計なことを……!」
 困ったな、巨人は単なる破壊兵器だから私には必要ないのに。むしろ来ないでほしかった。
 これじゃあ結局セシルたちが戻ってきてしまう。

「しゃあねえ、ブッ壊しとくか」
「そうですね……魔導船が戻る前に片づけられるといいんですが」
 あの制御システムって結構な難敵だった気がする。
 それに、本来なら四天王とセシルたちが再戦する場所だ。敵対しないように気をつけておかないと。


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