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🔖試練



 慌ただしくて気づかなかったけれど、ゴルベーザさんはゼムスから隠し続けていた記憶を解放してくれていた。
 彼がどんな風に生きてきたのか、“ゴルベーザ”となる前は何者だったのか、そして何を求めて私を呼んだのか、知ることができた。
 私を呼んだ理由。ゼムスの思念波を受けつけない異世界の魔道士を自分に憑依させ、ゼムスを倒してもらおうとした。
 なぜ私のような人間が選ばれてしまったのかは謎だけれど、精神支配を免れているから一応は成功と言えるだろう。

 召喚にあたって、ゴルベーザさんは現れた異世界人を送り返す魔法も仕込んでいた。
 死にそうになったら強制的に精神を切り離して元の世界へ送還されるように術を施していたんだ。
 つい先日、私の肉体とゴルベーザさんの肉体は共に危機に瀕していた。
 そのために防衛本能が誤作動を起こして、精神が入れ替わったんじゃないかと思う。

 次元の壁を越えて異世界から精神だけを呼び寄せられるなら肉体ごと召喚できないのか。
 考えたけれど、どうもそれは難しそうだ。ゴルベーザさんの記憶でも過去に何度か試して失敗に終わっている。

 たとえば、精神を一瞬とはいえ体から分離させるサイトロは初心者にも扱える下級魔法なのに、肉体を転移させるテレポは賢者クラスの高位魔法だ。
 形がなく曖昧な精神に比べて、物理的に存在するものを移動させるのは大変な労力を要するのだ。流動的な精神と違い肉体は変化しにくい。
 つまり元の世界からユリの体を召喚するのは不可能ってことだ。
 ゼムスを倒したあと、ゴルベーザさんを呼び戻したら私も元の肉体に帰ることになる。……新しい肉体を用意できれば話は別だけれど。

 目の前に、歪な魔物と化したエブラーナ王と王妃の姿がある。彼らは今のところ魔物としての生よりも人としての死を望んでいる。
「どうしても魔物になるのが嫌なら殺してあげますけど、本当にそれが望みですか? 息子さんの成長を見守りたいとか思わないんですか?」
 自分の人生に満足している人なら甘んじて死を受け入れるかもしれない。でもこの二人には未練があるはずだ。

 とりあえず、話の最中に暴走されたら困るので彼らには弱い精神支配の魔法をかけている。
 ゴルベーザさんがゼムスに抗うために編み出した、外部からの干渉を防ぐ魔法だ。この魔法が効いている限り魔物となっても理性を失うことはない。

 二人は不思議そうな顔で私を見つめた。
「我々を実験台にするつもりだったのでは?」
「あー、それはエッジを怒らせて力を発揮させるための嘘です。まるっきり嘘でもないですけど」
 彼らは本来、死ぬ予定の名無しのサブキャラクター……だから話してもいいか。
「改めて自己紹介します。私はユリ、この“ゴルベーザ”の体を借りている、異世界から来た人間です」

 端折りながらも包み隠さず私の素性と目的を打ち明けると、二人は胡散臭そうにしていた。
 四天王といいベイガンさんやカインさんといい、皆すんなり信じてくれたので、こういう真っ当な反応は安心する。
「で、ゼムスを倒したあと私は元の世界へ戻されるんですけど、こっちに残りたいと思ってるんです。そのためには魔物に転生するしかなさそうなんですよね」
「……魔物となることの安否を我々の身で確認しておきたい、と?」
「そんなところです」

 ベイガンさんたちも今は魔物だけれど、彼らは与えられた魔力で“もう一つの形態”を手に入れただけだ。
 ポーキーにかかっても人間やめたことにはならないものね。
 存在ごと歪めて魔物になったわけじゃない。だから私の目指すケースの参考にはならないのだ。
「モンスターの肉体で自分を保つのって、そんなに難しいんですか」
 彼らが忌避しているのは“自分を失うこと”であり、べつに“魔物になること”は問題ないんじゃないか。

 顔をしかめ、エブラーナ王が言う。
「常に自我を破壊せんとする力を感じるのだ。全力で抗えば耐えられるが……お主は休むことなく気を張り続けていられるか?」
 うーん。集中しようとしてするのは簡単だけれど、寝る時も食事の時もトイレの時も風呂の時も、怒っていても喜んでいても泣いていても常に、となると。
「まあ、無理ですね。でもあなた方は忍者でしょう?」
「何を……」
「忍び難きを忍ぶもの。時には任務のために心を刃で切り刻むような所業に手を染める。それでも、自分が自分でなくなるわけじゃない」

 魔物として生きたら人としての意思が壊れる、なんて考えるからいけないんだ。
 問題は心の在り方。すべてを自分の意思で行えばいい。
 私が“ゴルベーザ”の肉体に在りながら“ユリ”として生きていように、新たな器と、その性質を受け入れる。
「人であるエブラーナ王と王妃は死んだ。あなた方は前世の記憶を持つ魔物。本能を拒絶せず受け入れよ。そのあるがままの生き方を」
 肉体を精神で支配するんだ。その破壊的な性質も自分の一部として受け止めて。

 しばらく後、ルビカンテさんが帰ってきた。本当にセシルと戦ったのか疑問に思うほど無傷だ。
「おかえりなさい」
「なぜ迎えに来なかった?」
 しかもなんかちょっと怒っている。彼の場合、迎えに行く必要はなかったと思うのだけれど。
「なんで不貞腐れてるんですか」
「それはこちらの台詞だ」
「私はべつに……」
「機嫌が悪いだろう、私がルゲイエの実験を批判した時から」
 うっ。……さっき「児戯にも等しい実験」と言われて密かにショックを受けたのはバレているようだ。

「あれはユリの命じたことだったのか?」
「まさか。本人の意思確認もとらずに魔物化なんてしませんよ」
 私はただ新しい肉体を作る実験を命じただけだ。でもそれが結果的にエブラーナ王と王妃の肉体を歪めることになったのは反省している。
 いつかのアントリオンと同じ、意図したのとは違う結果で他人の人生を破滅させてしまった。

 そういえばと辺りを見回し、夫妻はどこへ行ったのかとルビカンテさんが尋ねる。
「彼らは魔物になることを受け入れてくれました。なのでとりあえず魔法の修行をしてもらってます」
「何? 人間にとって別の存在となるのは耐え難いだろうに、よく受け入れたな」
「心持ち次第ですよ。自分を見失わない意思の強さがあればいいんです。ルビカンテさんだってそうやって魔物になったんですよね?」
 それを口にした瞬間、ルビカンテさんは硬直した。

「ど、どうしました?」
「なぜそれを……」
「それって、ああ。ゴルベーザさんが記憶を見られるようにしてくれてたんです。だから四天王との出会いとかも知ってます」
 ルビカンテさんは元人間だった。道理で妙に生真面目だったり潔かったりすると思った。
 私に分かるのはゴルベーザさんが知ってることだけなので、前世の素性までは知らないけれど、正々堂々を重んじる騎士とかだったんじゃないかと思う。

 ルビカンテさんはなにやら虚ろな目をして遠くを見ている。どうしてそんな死刑台に向かうみたいな顔を。
「あの、知られたくないことでした?」
 ゴルベーザさんの記憶を見る限りは世間話的な扱いっぽかったのに。
 やっと私と目を合わせてくれたルビカンテさんは、怒ったような声で低く呟いた。
「無様だとは思わないのか」
「何がですか?」
 いや睨まれても本当に分からない。私もまだ人間なのだから元人間という事実を無様だと思うわけがない。

 ああそれとも……魔物になった経緯の方かな?
「もしかしてパラディンになれなかったことですか。でもあれたぶん、月の民じゃなきゃダメなんだと思いますよ」
 セシルはクルーヤの後継者として、ゼムスを止めるために力を与えられただけ。
 ルビカンテさんを始めとして今まで試練に敗れた人は、弱かったのではなく、単に月の民の意思を代行するには不適格だっただけだ。

 思い返せば以前うっかり私が「パラディンになってみませんか」と言ったら無視されたし、試練の山について聞いた時も変に怒っていた。
 あれは試練に敗北したことを揶揄されていると勘違いしていたのか。
「そんなこと気にしてたなんて、ルビカンテさんもかわいいところありますね」
「やめてくれ」
「パラディンになんかならなくたってルビカンテさんが強いのは知ってますから、大丈夫ですよ」

 人間だった時の敗北感が強さへの執着になっている。
 ルビカンテさんが前世と同じ人格を引き継ぎながら魔物として生きている証だ。
 肉体が変じても精神は変わることなく。
 いずれ私が歩むかもしれない道の先にいる先達として、とても心強いと感じている。


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