×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -



🔖烈火



 ユリの様子がおかしく、かと思えばゴルベーザ様がお戻りになったりと、集中が乱れていたのは間違いない。
 普段ならばルゲイエの暴走など容易く押さえ込めるものをよりにもよって今この時に目を放してしまったのは私の責任だ。
 そして悪いことは重なるもので、ユリによってバブイルの搭内部へ導かれたセシル一行は私よりも先に到着してしまった。
 無理矢理に異形と変貌させられたエブラーナ王と王妃のもとへ。

 既に自我が蝕まれつつある彼らは狂った本能のままに息子へと牙を剥いた。
 私が駆けつけた時にはエブラーナ王の拳がエッジに降り下ろされるところだった。
「お、親父……おふくろ……! しっかりしてくれよ!」
 変わり果てた家族の姿を目の当たりにし、エッジは洞窟で見せた闘気を消失している。このまま戦い続ければ殺されるだろう。
 セシルたちもまた眼前の異形に剣を向けることができず、困惑しながら立ち尽くすばかりだ。

 もはや為す術はない。その場に乱入して王夫妻の動きを封じれば、セシルたちから憤怒の視線が集まった。
「ルビカンテ! よくもこんな……」
「喚くな。これは私の預かり知らぬことだ」
 彼らをルゲイエの“失敗作”として処分するのは簡単だが、エッジらがこの場にいる以上はユリがそれを許さないだろう。
 ならば何をしてほしいか、彼ら自身に決めさせるしかない。

 ありがたいことに白魔法の才能に長けたローザがいる。私は彼女に向き直り、戦闘を中止するよう告げた。
「祈りを捧げてやるといい。束の間、彼らの自我が取り戻せるはずだ」
 私の言葉を受けてローザは即座に武器を下げ、祈りの姿勢に入った。エッジの縋るような視線の先で聖なる光が異形と化した二人を包む。
「ぐ、う……」
「親父! おふくろ!!」
「……エッジ……」

 人の祈りでは一時的に理性を保つのが限度だろう。揺らぐ自我の狭間で王と王妃は息子に語りかけた。
「見ての通り、我々はもう……、人ではない。生きていてはならぬ存在だ」
「あなたに、残すものが無くて……ごめんなさい」
「ま、待てよ……親父、おふくろ!」
「人の心が残されている内に、我々はここを去らねばならん」
 やはりそうなるか。せめてもの慈悲として痛みを感じぬ間に片をつけてやろうと、私が手を振りかざした時。
 足元に黒い毛玉が出現した。

「これはどういうことだ?」
 ユリ、犬のままだぞ。
 セシルたちは驚愕の目でユリ(犬)の姿を見ている。その後ろでカインが眉間を押さえて頭痛に耐えていた。
「人質は丁重に扱えと言ったのに!」
 それよりも変身術が解けていないことに気づいてほしいが、ユリはエブラーナ王夫妻の有り様に怒り心頭で我を忘れている。

「あの犬、どうして?」
 リディアの呟きに、ユリは「犬?」という顔で首を傾げた。ややあって自分の姿に気づいたようだ。
 人語を話してしまった以上は誤魔化しようがない。変身術を解き、犬の影が伸び上がるように黒い甲冑が姿を現した。
「ゴルベーザ! 犬に変身して私たちを見張ってたの!?」
「なんて卑劣な!」
 そうではなく単なる“術の解き忘れ”だと指摘しない方がいいのだろうか。
 ユリはセシルたちを無視した。強引になかったことにするようだ。

 危うい一線で自我を繋ぎ止める夫妻を一瞥し、ユリが尋ねる。
「戻せるのか?」
「無理でしょう。肉体は既に変質しています」
「生きていてはいけない存在、か。死にたいなら勝手に死ぬがいい」
 冷たく言い捨てる言葉は意外だった。ユリならば彼らを人間に戻すなり足掻くかと思っていたのだが。

「肉体の変化程度で自我を失うのは意思が弱いからだ。己の無力を恨むのだな」
「てめえ……!」
 両親を侮辱され、エッジの心に再び怒りの火が灯る。しかし弱い。目の前で死に瀕している家族への哀惜の方が大きいようだ。

 ユリはそんな彼に見向きもせず私に問いかけた。
「ルゲイエやベイガンは本人の自我を保ったまま魔物になっている。なぜ彼らにはできないんだ」
「彼らはルゲイエの児戯にも等しい実験によって生み出された歪な存在。魔物となることを望んではいない、ゆえに自我を保つことはできませぬ」
「……児戯にも等しい……」

 精神を壊すのは支配するよりも簡単だ。そして彼らの精神は既に崩壊への道を辿っている。それでもユリは納得できないらしい。
「忍者のくせに抵抗せず負けるんですか。私ですら自我を保ってるのに」
「お前はゴルベーザ様の膳立てがあったからこそ消え失せずに済んでいるのだ。調子づくな」
「フーン。そんな風に思ってたんですか」
「う、いや、その……」
 まずい、口が滑った。兜で隠されているがユリが不貞腐れているのを感じる。

 もはや敵意もかなぐり捨てて、エッジは助けを求めるようにユリを見た。
「おい、親父とおふくろを助ける方法があるのか?」
「人間には戻せない。しかし魔物の体を受け入れ、新たな肉体で力をつければ、精神は守れる」
 確かにゴルベーザ様の魔力とユリの開発した様々な魔法があれば彼らの自我は守れるかもしれない。
 しかし“ゴルベーザ”にそれをする理由があるだろうか? 月への道は開かれていない。セシルたちに我々が善だと勘違いされては困る。

「……だが、考えてみれば、これは貴重なサンプルだ。無理やり魔物化された人間の精神はどのように変質するのか? その苦痛はどんな味がする?」
「な、何だと?」
「気が変わった。お前たちの心が狂ってゆく様を私に見せろ」
 私の内心が通じたのかは知らないが、ユリは考えを改めた。態度を翻して素っ気なくエッジに背を向ける。
「退屈しのぎにはちょうどいい玩具だ」
 邪悪さを隠しもせず低く笑うと、唖然とするセシルたちを残してユリはその場から姿を消した。もちろんエブラーナ王と王妃も連れて。

「まっ、待ちやがれゴルベーザ! てめえだけは許さねえ! 絶対に、許さねえぞ!!」
 飛びかかったエッジの刃はユリの消えた虚空を通りすぎ、むなしく壁に当たって落下した。
「……非礼は詫びよう。しかし冷静になれ。正々堂々と戦い、私に勝てれば彼らは丁重に葬ると約束する」
「ゴチャゴチャ言ってんじゃねえ! てめえを倒して、あの野郎も絶対に殺してやる!!」
 聞く耳も持たないか。助かるのではと期待した直後に突き落とされたのだ、無理もない。

 彼は洞窟でも怒り狂っていたが、ただ闇雲に腕を振り回す子供の癇癪程度の力でしかなかった。頭に血が昇って無策に突進してくる今も同じだ。
「お前のように勇気ある者は好きだ。だが感情に振り回される人間には、完全な強さは手に入らん」
「その人間の怒りってモンを見せてやるぜ!」
 炎のような気性を持つ男だと思っていたが、その瞬間エッジを取り巻く気配が変質した。奥底に眠っていた力が解放されたようだ。

 感情を御する程度の理性は残っているのだな。
 ……いや違う。あらゆる感情を、理性を、思考のすべてを純粋な怒りへと紡ぎ、力に替えたのか。
「面白い。相手になろうじゃないか。さあ、回復してやろう。全力でかかって来るがいい!」

 敵わぬ相手に挑む勇気は称賛に値するが、その術はどうだろうか?
 やはり気性に合っているのかエッジはひたすらに火遁をぶつけてきた。洞窟で戦った時よりも多少は威力が高まっているが、それだけだ。
「私のマントは炎を通さぬ。他にはないのか?」
「余裕ぶっこいてんじゃねえぞ! てめえも打って来いよ!」
「口の減らん奴だな」

 ならば遠慮なく、火遁を巻き込んで打ち消し慌てたエッジが放った水遁をも蒸発させ、より大きな炎で包み込む。
「ぐああっ、あっちいい!?」
「言い忘れていたが、このマントは水も通さないんだ」
「お、おちょくってんのか、てめー!」
 水も氷も熱してしまえば消し去れる。水をかければ火は消えるなど、人間の理屈も私には通用しない。

 渦巻く炎を切り裂いて、エッジを庇うかのごとく光が飛来する。セシルの聖剣だった。
「エッジ! 一緒に戦うと言っただろう!」
「ちっ。分かったよ!」
 束になろうと人の弱さに変わりはない。まとめて焼き尽くせばいいだけだ。

 ローザは瞬く間にエッジの傷を癒すと続けて強化魔法を唱え、セシルとカインが翻弄するように四方から攻撃を仕掛けてくる。
 しかし炎の壁で囲んでしまえば脅威ではない。そこへ、あの召喚士の娘が叫んだ。
「雷迅を使って! ルビカンテは他の属性を使えない、炎を消すのよ!」
 リディアがラムウを召喚するのに合わせ、エッジが雷迅を呼び出すと凄まじい轟音が駆け巡った。

 この程度の熱も光もダメージにはならないが、雷撃は驚くべき効果をもたらした。
「何……!?」
 炎が消えた。すぐさま新たな火を纏うべく呪文を唱えるが、その隙をついてセシルの聖剣が斬りかかり上からはカインが槍で襲いくる。
 なんとか二人をあしらったところで目の前に炎が躍った。
「終わりだ、ルビカンテッ!」
 火遁を纏って飛び込んできたエッジが、眼前で刀を振りかざしていた。さすがにこれは避けきれんか。

「……まさか私が炎で傷を負うとはな」
 確かにリディアの言う通り、私は炎以外が使えない。だからこそ弱点であった冷気を克服できるまで魔力を高めてきたのだ。
 雷ごときで火が消されるとは思いもしなかった。属性として優位に立たれると魔物は弱い。人間の手数の多さには敵わないのだ。
「なかなか面白い」
「くっそ……あれだけやっても回復しちまうかよ」
「まだだ。もう一度!」

 彼らが全力を出してつけた傷もすぐに癒せる。しかしそれはあちらも同じだ。戦意を失わぬ瞳で私を睨む白魔道士が常に仲間を守護している。
 ローザを守っているセシルを倒そうとすればカインが邪魔をし、一方ではリディアの魔法に紛れてエッジが不意打ちを仕掛けてくる。
 なるほど。弱い者にはそれなりの戦い方がある。互いを補い、力を合わせるというやり方が。

「戦士たちよ、ここは私の負けだ」
「な……」
 ユリの言う通りだ。ここで死力を尽くすより、何度でも挑んで互いに高め合う方がよほど楽しいに違いない。
「しかしクリスタルを渡すわけにはいかぬ。……こうしよう。エブラーナ王夫妻はゴルベーザ様が救ってくださる。引き替えに、ここは退け」
「な、何だと?」
「さらばだ。いずれまた会おう」
「待て!」

 慌てふためく一行を強引に飛空艇のもとへと転移させる。
 あれは溶岩の上を飛べないが、ドワーフと飛空艇技師がなんとかするだろう。
 ……さて、私もユリのところへ行くとするか。


🔖


 31/112 

back|menu|index