🔖潜入
せっかく印刷してもらったFF4のネタバレ、肌身離さず持っていたけれど意味がなかった。
よく考えたらユリの体で握り締めていたってこちらには持って来られないんだ。
ゴルベーザさんの体に戻ると同時、自分の馬鹿さ加減にビックリした。
セシル一行に負けてからどれくらいの時間が経っただろう。私はルビカンテさんに回収されたようでバブイルの塔に戻っていた。
かなりこてんぱんにやられたのに傷はすっかり治っている。この頑健さが羨ましい。
そういえばゴルベーザさんの体では風邪なんて引いたことがないなと思い出しながら、傍らのルビカンテさんに精神が入れ替わったことを告げた。
「ルビカンテさん、戻りました」
「ああ、おかえり」
「は、はい」
せっかくゴルベーザ様が戻られたのにまた入れ替わるなんて、とガッカリされるかと思った……。
それはともかく私は先の展開を読み誤っていた。すぐに修正しなければいけない。
「早々に申し訳ないんですが、セシルは封印の洞窟に向かいません。なので、」
「クリスタルならば地上に移しておいたので無事だ」
「え……」
「ゴルベーザ様が取り計らってくださった。封印の洞窟へ向かうための飛空艇も用意してある。私が戦ったあとセシルたちをそこへ送り込む手筈だ」
そうか、ゴルベーザさんはFF4をプレイしたんだ。そして現在の進行状況を見極め、必要なことをやっておいてくれた。
「さ、さすが……」
セシルたちはゴルベーザさんによって塔から追い出され、地上へ逃げたという。思ったより話が進んでいる。
次はエブラーナの洞窟からバブイルの塔地上階に乗り込んで……、ああもうすぐルビカンテさんとの戦いじゃないか。
「少しは休めたのか」
「え?」
ゆっくりしてられないと焦っているところへ意外なことを言われて一瞬意味が分からなかった。
「元の世界に戻っていたのだろう?」
そう、元の世界に戻れたのに私はただ熱に呻いていただけだった。
「風邪で寝込んでて何もできませんでした」
本当にどうしてこうタイミングが悪いんだろう。リツにゼムスの弱点を聞くとか役立つ知識を仕入れたかったのに、風邪なんて。
ルビカンテさんは、ばつの悪そうな顔で私を見ていた。
「ユリ……その、」
「何ですか?」
先を促したけれど続く言葉はない。こんな風に口籠るのは珍しいな。
「どうしたんですか」
「いや、何でもない」
すごく気になる……。
結局その場をはぐらかしてルビカンテさんは話題を変えた。
「ベイガンが、カインのところへ伝令を送った方がいいと言っていた」
カインさん? ああ、ドワーフ城で戦ったあと封印の洞窟へ向かうという前提で行動してもらってたっけ。
確かに困惑しているだろう。さすがベイガンさん、よく気がつく。
「そうですね。焦ってるかもしれないですし」
ついでにヤンとシドが生きてることも教えてあげよう。
「じゃあ私が行ってきます」
このまま行くわけにもいかないので犬に変身すると、途端にルビカンテさんはそわそわし始めた。
「あとでモフってもいいですから」
「な、何も言っていないだろう!」
ごほんと咳払いをしつつ、威厳を取り戻したつもりのルビカンテさんは厳めしく宣った。
「エブラーナの残党もバブイルへの侵入を目論んでいる。セシルたちが合流するまで私が足止めしておこう」
「お願いします」
未練がましい視線は無視して取り急ぎカインさんのもとへテレポする。
セシル一行はもうエブラーナの洞窟に入っていた。岩陰から様子を窺う私を見つけて、真っ先に近寄ってきたのはリディアだ。目がキラキラしている。
「わ、犬だ!」
見た目は大人になってもやっぱりどこか子供だなぁ。
「忍者犬かしら」
そしてローザはちょっと天然だ。ここの入り口付近にはエブラーナの残党がいたはずだから、その飼い犬だと思ったらしい。
「わんちゃん、どこから来たの?」
「ワンワン!」
「そっかー、いい子ね!」
気を抜くと人間語をしゃべってしまいそうなので注意しなければ。
それにしてもセシルがものすごくうずうずしているのが気にかかる。犬好きなのかな。
「わふん」
撫でてもよい、とセシルの前でおすわりしたらパアッと笑顔が綻んだ。なにこれ和む。
「おい、連れていく気か?」
「だってこんなところに置いて行けないよ」
「塔の近くまでならいいでしょ、お願いローザ」
「……もう、仕方ないわね」
カインさん(父)とローザ(母)の許可を得て満面の笑みのセシルとリディアに、私はもみくちゃに撫で回された。
少しは警戒心を持ちましょう。
モシャモシャにされた毛並みが気になりつつ一行について洞窟を進む。ありがたいことにカインさんは皆の後ろを一人で歩いていた。
「カインさん」
「!?」
他の皆からちょっと距離ができた隙に小声で呼ぶと、カインさんはぎょっとしたように私を見た。
「お前……ユリか? 無事だったんだな」
「いろいろありましたが今は大丈夫です」
最後に見たのがリンチにあってる場面だったこともあり、私の身に何かあったのではと心配してくれたらしい。相変わらずいい人だ。
「このあとですが、バブイルの塔でルビカンテさんと戦ったら飛空艇を手に入れて封印の洞窟に渡ることになります」
「想定内だったなら言っておいてくれ。焦ったぞ」
だって想定内じゃなかったんですよ。実はとても行き当たりばったりなのです。
「あと、ヤンとシドは生きてるので安心してください」
前方のセシルたちに注意しながら、カインさんは立ち止まって私に礼をした。
「シドは俺にとっても祖父……と言うと怒鳴られるな。もう一人の親父のような存在だ。正直ホッとした。ありがとう」
「私が助けたんじゃないですよ。元からそういうシナリオなんです」
「だが、知らせに来てくれたじゃないか」
そんなことにも恩義を感じるなんて義理堅い人だ。
和やかな雰囲気のまま進んでいると、洞窟の奥から声が響いてきた。
「ルビカンテ! 今日という日を待ってたぜ!」
「ほう、何処かでお会いしたかな?」
「俺はエブラーナ王子、エッジ様よ! 両親の仇を取りに来た!」
あとに続く爆音。もう戦闘が始まっているようだ。洞窟内に反響してその音がどっちから聞こえてくるのか分からない。
リディアが焦って叫ぶ。
「ねえ、誰か戦ってる!」
「ルビカンテだって?」
「四天王最強の男だ。挑んでいるのが誰かは分からんが、早く助けに行かねば死ぬぞ」
エッジはラスメンだからここで死ぬことはないはずだけれど。
「何だ、その哀れな術は? 炎とはこうして使うものだ!」
洞窟の奥から熱風が吹き付ける。火燕流だ。ルビカンテさん……殺しちゃダメって分かってるよね?
「ち……きしょう……ま、負けて……堪るか!」
「立ち上がるか。自信に見合うだけの強さはあるようだ。しかし私には及ばぬ」
私の鼻がルビカンテさんの匂いを嗅ぎ当てる。慌てて駆け出すとセシルたちはしっかり後をついてきた。
「ワンワン!」
「いた、あそこだ!」
「大丈夫!?」
わらわらとやって来た私たちを目に留めてルビカンテさんはようやく攻撃の手を緩めた。
エッジ、焦げている。というかちょっと燃えてるし、煙が出てる。
一対一で勝てないとはいえルビカンテさんを相手にして生きているんだから相当な猛者だ。
「腕を磨いて出直すがいい。私はいつでも相手になるぞ」
「ま……待ち、やがれ……」
テレポを唱えるルビカンテさんにボロボロの体でまだクナイを構えて飛びかかる。
けれど刃は宙を掻き、崩れ落ちたエッジの体をリディアが駆け寄って抱き起こした。
「な、情けねえ……この俺が、こんなにあっさり負けるなんてよ」
「無茶しちゃダメよ!」
「奴は俺の獲物だ……絶対、この手でブッ倒す」
こんがり焼けたエッジは意地で立ち上がり、リディアの手を振り払ってルビカンテさんを追おうとする。止めようとするセシルたちの言葉にも耳を貸さない。
「一人では無理だ。君もあいつの強さを味わったろう」
「ヘッ……俺をただの甘ちゃん王子と思うなよ。余所者の力なんか借りなくても、一人で……」
甘ちゃん王子って誰かさんに対する皮肉かな、と思案している私の横でリディアがキレた。
「いい加減にして!」
思わず見上げた彼女の頬が涙に濡れていて動揺する。
「もうこれ以上だれかが死んじゃうのは嫌! どうして……争いばっかり……」
「お、おい」
きゅんきゅんと鼻を鳴らしてすり寄るとリディアはしゃがみ込んで私を抱き締めた。
うっ苦し……い、いや平気だ。私のアニマルセラピーを食らうがいい。
思いがけず美女を泣かせてしまって呆然とするエッジに、セシルが言い聞かせる。
「脅威に晒されているのはエブラーナだけじゃない。僕らは世界を守るために、クリスタルを取り戻そうとしている。協力してくれないか」
「……綺麗なねーちゃんに泣かれちゃ、しょうがねえよな。手を組んでやるよ」
「まったく、そんなザマで口の減らない王子様だな」
呆れるカインさんの横で苦笑しつつ、ローザがエッジにケアルを唱える。
「サンキューねえちゃん。あんたも可愛いぜ! そんじゃ仲良く乗り込むとするか」
「……調子のいい人ね!」
呆れた発言のお陰でリディアの涙も引っ込んだ。一応は亡国の王子なのに底抜けに明るい人だなぁ。
洞窟の奥はバブイルの搭の外壁に繋がっていた。とはいえ扉も何もない単なる壁だ。
「どうやって中に入ろう?」
「壁抜けの術を使えば簡単さ!」
「私たちはどうするのよ」
「あ」
考えてなかったと笑うエッジをリディアがじっとりと睨んでいる。まあ仕方ないよね、侵入者対策は万全にしてあるんだもの。
皆の位置をざっと確認し、まとめてテレポで放り込む。
「え?」
「ここは塔の中か?」
「何だよ、どうなってんだ」
「あ、わんちゃんがいない!」
「私たちをテレポさせたの? まさかあの忍者犬……」
騒がしい声が聞こえてくる中、ローザは私に気づきかけているようだ。……でも忍者犬ではありません。
さ、それじゃあ私も後を追おうかな。
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