🔖乖離
カイナッツォさんがドワーフ城に送り込んでいたスパイは、ホラーな人形だった。
自我が芽生えかけている。付喪神というやつだ。きっと長年に渡って大切に扱われていたんだろう。
おかげで魔法を使って操ることもできた。
最近カイナッツォさんはますます精神魔法が上達したようで、そのうちゴルベーザさんと同じくらい自由に精神支配が扱えるようになりそうだった。
私の手下と勘違いされた人形はセシルたちに壊されてしまったので、一応ケアルをかけておいた。
さて、クリスタルルームに侵入したものの、目の前には臨戦態勢のセシルたちがいる。
「久しぶりだな、セシルよ。先日は世話になった」
「ゴルベーザ!」
既に武器を構えて殺る気満々だ。でも肝心のセシルとローザは、なんだか妙に躊躇っていた。
もっとやる気を出してくれないと困る。
疑うようなローザの視線が私に注がれた。
「再会を祝して私がクリスタルを集める理由を教えてやろう」
「何……?」
魔道士は性格上とても冷静に戦場を観察する。ゾットで仲間に強化魔法をかけながら、ローザは私がテラにリレイズを唱えたのを見ていたのかもしれない。
精々“ゴルベーザ”の思惑に混乱してくれればいい。それが憎しみへの懐疑となる。
「光と闇……八つのクリスタルは封印されし月への道、バブイルの塔を復活させる鍵だ。沈まぬ月には人知を超えた力が在る。人も魔物も滅ぼし得る力がな」
「それを手に入れて、何をするつもりなんだ」
「セシルよ、お前はどう思う? 正義よりも、正しいことよりも大切なものが何か、分かったのか?」
「……どうして……それを」
ゴルベーザが悪だから戦うのか、ゼムスを殺すことが望みなのか。否、守りたいものがあるから戦うんだ。それを害するものを倒すための力が欲しい。
「振るわれた力は勝てば正義になり、敗れれば悪となる。悪しき存在と断じたものを倒すために戦っている限り、あなたに光は輝かない」
純化された憎悪の化身たるゼロムスには憎しみから成る力など通用しない。
だからセシルは、黒い甲冑の中に在るものを許さなくてはいけないんだ。
きっとそれは難しくない。彼が憎むべきはゴルベーザさんでもなくゼムスでさえなく、ユリなのだから。
台座からクリスタルをもぎ取り、セシルたちに向き直る。
「これで七つ目、あとは封印の洞窟を残すのみ。お前たちが協力してくれたお陰だ」
「な、何を……」
「忘れたのか。ミシディアとトロイアのクリスタルを奪ったのは誰だった? ああ、その礼もしなければならんな。受け取るがいい。私からの最後の贈り物だ!」
黒竜を召喚し、呪縛の冷気がセシルたちを縛る。
「動けぬ体に残された瞳で、真の恐怖を味わうがいい」
漆黒の闇が牙の形をなして彼らに襲いかかった。
聖剣の加護に守られたセシル以外の意識が刈り取られ、全員が倒れ伏す。
そろそろ来るはず……と思うと同時、辺りに霧が立ち込めた。
突如として現れたミストドラゴンが黒竜と絡み合い、互いの魔力を食い散らしながら消えていく。
「黒竜!」
……いや、落ち着け、大丈夫だ。召喚術が掻き消されただけで黒竜そのものが消滅したわけじゃない。
術が無理やり破られたせいで魔力をごっそり持っていかれた。霧は晴れていくのに視界がぼやける。
「みんな、もう動けるわ!」
「き、君は……」
幻界から転び出てきた女性の一声にセシルが顔を上げた。
そこにいたのはリディアと同じ髪の色の、むちっとした肢体を惜し気もなく晒した色っぽいお姉さんだった。
「なんだその格好は」
いたいけな少女からのあまりの変貌ぶりに思わずポロッと突っ込んでしまったらリディアに思い切り睨まれた。
「セシルたちの力になるために、幻界で時を過ごしてきたのよ!」
「年頃の少女にとって一番大事な時期を犠牲にするとは……というかその服は誰の趣味? そいつ絶対に変態ですよ!」
「な、何を言ってるの?」
リディアを連れ去ったのは幻獣王リヴァイアサン。この衣裳を選んだのもそうなのか。なんてろくでもない育ての親なんだ。
リディアが途中で成長するのは覚えていたけれど、この露出度は想定外だ。思わぬところで動揺させられた私を彼女が怪訝そうに睨んでいる。
「どうして私を知っているの、ゴルベーザ」
え? どうしてって、だって以前ファブールで……あ、会ってない。あの場にリディアはいなかった。私とは初対面だ。やらかした。
「な、何のことだかまったく存じ上げません」
「すごく怪しいわ!」
馬鹿なことを言い合ってたら、いつの間にかセシルがローザを回復し、彼女の白魔法で皆が意識を取り戻していた。
これはヤバイ。とてもまずい。
問答無用で殴りかかってきたモンク僧の拳を避けたところへ背後から灼熱の炎が襲ってきた。イフリートだ。
どうやらあの火事がトラウマにならずに済んだようで一安心、なんて言ってる場合じゃない。
金属も溶かすほどの火を受けた甲冑が皮膚を焼く。モンク僧の馬鹿力が鎧をへこませ、肺が圧迫されて息ができない。
こいつなんでこんな速いんだと思ったらローザがヘイストを唱えていた。
セシルが振るう剣を受け止めるたび腕がちぎれそうな痛みが走る。カインさんは動きを合わせるふりをしてモンク僧の攻撃から私を庇ってくれていた。
でも、そんなの焼け石に水だった。
五対一ってひどいと思う。これだからRPGは苦手なんだと心でぼやく。
いくらゴルベーザさんの体が頑丈でも、よってたかってボコボコにされては持たない。
「ぐぬぬ……貴様ら、いい加減に……!」
もういい加減に腹が立つので大魔法でもぶちかましてやろうかと思うのに、四方八方から剣と拳と魔法と矢が飛んできて呪文を唱える隙がない。
カインさんの焦る顔がちらりと見えた。
「いけるぞ……ゴルベーザを倒せる!」
ふざけるなと叫びたかったが声は出ない。
黒竜の放つものとは違う冷気が私を縛っていた。雪のような肌を持つ氷の女王、幻獣シヴァが私の体を抱き締めている。
心まで凍りつくように意識が薄れ始めた。だめだ、ゴルベーザさんの体を守らなくては! でも……。
変だな……ゴルベーザさんの魔法耐性なら、たとえ幻獣でも振りほどけるはずなのに、今は指先まで動けない。
麻痺ではなかった。体が自分のものじゃなくなっていくような感覚、手も足も自由に動かせないのはなぜだ。
いや、これは私の体ではないんだ。自由にできないのは当たり前じゃないか?
「ゴルベーザ様!」
……違う、私は……。
どうしてルビカンテさんがいるんだろう。もしかして私を助けに来てくれたのかな。これじゃあ立場が逆だ。
「ルビカンテ……クリスタル、を」
最後に瞬いた青い瞳は、ルビカンテさんのものだったか、セシルのものだったか、それとも……。
確かめることもできず、私の意識は閉ざされた。
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