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🔖不安



 残るクリスタルの在処を探るためにカイナッツォさんがドワーフの城に仕掛けを施していた。
 スパイを潜り込ませ、情報が届いたらすぐにでもクリスタルを奪いに向かう。
 そのあとはセシルたちに封印の洞窟に行ってもらうだけ。

 目まぐるしく時が過ぎるせいで無意識に焦っているのかもしれない。
 エブラーナから戻ったルビカンテさんが不審そうに顔を覗き込んできた。
「大丈夫か?」
「はい」
 心配させまいと即答したらなんだか素っ気なく聞こえてしまって、慌てて言葉を付け足した。
「ちょっと疲れてるけど平気ですよ!」

 まあ、べつに心配なんてされてないだろうとは思うけれど。
 仮にルビカンテさんが心配するとしたら疲労が蓄積しているゴルベーザさんの体を案じているのであって、私のことは気にしてないと思う。
 ……なんて、卑屈なことを考えちゃう時点でかなり弱ってるみたいだ。

 バブイルの塔で活動を始めてから、南東にあるエブラーナ王国が攻撃を仕掛けてくるようになった。
 大陸からは離れた孤島なので“ゴルベーザ”の悪名が届いているかどうかは分からない。単に活発化した魔物に警戒しての行動だったのかもしれない。
 あるいはエブラーナにもバブイルの塔や月に関する伝承が残っていて、その封印を解こうとする私たちの邪魔をしているのか。

 なんにせよ、すぐ近くに敵国があるのは困る。ゾットの塔と違ってバブイルはエブラーナから歩いて攻め入れるのだ。
 今後の本拠地となる塔を守るため、ルビカンテさんは早速エブラーナに赴いて、一日で城を壊滅させてきた。
 今エブラーナの城に生きている人はいない。
 逃げ去った残党を牽制するために捕虜を捕らえたというルビカンテさんに連れられて、牢獄代わりの研究室を訪れる。

「今回もスカルミリョーネを送らないのか?」
「ええ、まあ……」
 降伏しないために腹を切るのは忍者ではなく武士だけれど、この世界の忍者もジャパニーズサムライの心を持っていると思う。
 アンデッドになりにくい気がするんだ。それにエブラーナは閉鎖的な国だというし、味方につける利点もない。
 だからこそ、一つの城が壊滅して無人になっている状況が怖いのだけれど。

 研究室には壮年の男女が気を失って倒れていた。
「この人たちは?」
「エブラーナの王と王妃だ」
「え……お、大物を連れてきたんですね」
 最高責任者が殺されていなかったことを意外に思う私に、ルビカンテさんはエブラーナとの戦いの様子を話してくれた。

「まず城内で目についた強者を何人か殺した。王がすぐに民を避難させたので非戦闘員の死傷者はいない。その後、城を焼き払って破壊した」
 あとは王夫妻を救出しにやって来る精鋭に対処すればいいだけ。これをドワーフと戦いながら片手間にやるのだから、鮮やかな手際だ。
 正直、魔物の数に飽かせて虐殺したと思っていたので国民の大半が見逃されたことにホッとした。
「彼らを人質として丁重に扱えば、無駄な交戦は避けられますね。ありがとうございます」
 ゼムスを倒すまでは王と王妃の命を盾に戦いを遠ざけよう。すべてが終わってから解放すれば報復も僅かで済むだろう。

 それにしても人質を研究室に置いておくのは不安だな。ルゲイエさんが妙なちょっかいを出さないように注意しておかないと。
 バブイルの塔には私の部屋しか人間の暮らせるスペースがない。もうバロン城を手放したので、ローザの時のように部屋を貸すこともできなかった。
 一国の王と王妃をどこに泊めようと悩んでいた私は、ルビカンテさんの鋭い視線に気づいていなかった。

 いよいよ地底探索に専念できる。セシルたちも今頃は地底へと繋がる火口を目指しているだろうか。
 もう国との争いはなさそうだと密かに安堵する。そんな私の心を見抜いたかのように、ルビカンテさんが低い声で囁いた。
「ゾットの塔で愚かなことをしたそうだな」
「え?」
「人間に情けをかけて危うく死ぬところだったと聞いた」
 私が身を守らずテラにリレイズを唱えたこと、バルバリシアさんから報告されたらしい。

 テラはバルバリシアさんがシルフの洞窟へと送ったそうだ。
 気まぐれな風の精霊たちは時に人間を助けることがある。相当な深傷を負っていたから幻獣の力を借りても助からない可能性はあるけれど。
 彼が今どうしているか、生き延びることができたのかは私にも分からない。

「……私も人間なので、さすがに目の前で人が死にそうになると、いろいろ考えてしまうんです」
 それは本心だけれど嘘でもある。曖昧に濁して誤魔化したことをルビカンテさんは容赦なく突いてきた。
「これまで散々殺してきたじゃないか。今更くだらない同情心でも芽生えたのか?」

 この世界では魔物が私の仲間、私の守るべき同胞だ。彼らが自由に生きていくために邪魔になるものは排除する。ゼムスも、青き星の人間も。
 直接この手にかけたわけじゃなくても、私は多くの人を死に追いやってきた。
 でもアンナは……本当に私たちとは何の関係もない、ただの巻き添えを食った被害者だった。
 好きな人を一途に想っていただけの普通の女の子。

 テラには私を憎み、復讐する権利がある。“ゴルベーザ”ではなく“ユリ”を殺す権利が。
 だから彼の憎悪に目を背けることはできなかったんだ。
 誰かに憎まれるのが怖いなんて、ルビカンテさんに言っても甘えるなと怒られるだけだろう。
 でも私は……平穏に生きてきた私は、身勝手だと分かっていても、殺意を向けられるのが恐ろしくて堪らない。

 ダムシアンであれファブールであれ、エブラーナであれ、私の目的とは無関係な死者などいくらでもいた。
「人間は殺しを正当化しようとするが、そんなものはただの偽善に過ぎない」
「そんなこと言われなくても分かってる!!」
「……ユリ?」
 頭が沸騰する。“ゴルベーザ”になると決めた時から分かっていたはずのこと、どんな言葉を並べ立てても本当は正当化なんてできないのに。

「アンナだけじゃない、他の誰だって同じ。本当は私が殺していい理由なんかない」
「だが、お前はゴルベーザ様のために人間の敵になるのだろう?」
「そんなの詭弁です! この世界にいる間だけの……」
 単なる建前、ただの言い訳だ。それらすべてを引き剥がして残るのは、私が人殺しだという事実だけ。

 今はいい。家畜を屠るように青き星の人々を殺してもそれは“ゴルベーザ”にとって必要なことなのだから。でも元の世界に戻ったら?
 ごく普通の小娘でしかない“ユリ”としての私は、無力な人たちを殺した事実を忘れて今まで通りに生きていけるだろうか。
 あれは異世界の生き物だから、私と同じ人間ではないと。仲間を守るためにやったんだから私は悪くない、と。
 向こうの世界で平和な暮らしに戻っても自分を誤魔化し続けられるんだろうか。

 不安定に荒れ狂う精神を圧し殺すように俯いて、じっと床を睨みつける。ルビカンテさんの静かな声も、今日ばかりは心を落ち着けてはくれない。
「……お前は本来、何の力も持たぬ人間の娘だったな」
 彼の瞳に浮かぶのは、器を満たせない未熟な精神への侮蔑だろうか、諦念だろうか。
「ええ。ゴルベーザというアバターの力を借りて身を守っているだけの、卑劣で矮小なただの人間です。本当の私には目的のために誰かを殺す力なんてない」
「そういう意味で言ったのではない」
「構いません。本当のことですから」

 誰かを殺し、害して、返ってくる悪意に耐える心の強さなんて持ってない。
 ゴルベーザさんの力がなければ、自力では何もできないくせに。
「人形がクリスタルルームを見つけ次第ドワーフ城へ行きます。それまで……少し休ませてください」
「ユリ」
「一人にして……」

 こんなこと早く終わらせたい、殺したり殺されたりしない生活に戻りたい、そう思うのに、終わらせたくないと願う自分もいる。
 クリスタルはあと二つ。
 もうすぐ終わってしまう。もうすぐお別れなんだ。それを、思うと……。

 ふと顔を上げるとルビカンテさんはじっと私を見つめていた。怒ってはいないみたいだ。
「……ごめんなさい、八つ当たりしました」
「しばらく誰も部屋に近寄らないようにする。だから今は“ゴルベーザ様”でいるのをやめて休むといい」
 彼らしくもない優しげな声でそう告げると、ルビカンテさんは姿を消した。

 やけに寒々しく感じる部屋に戻り、変身術の呪文を唱える。もう忘れてしまいそうな自分の姿、ちゃんと形作れているのか確認する方法もない。
 私はどんな顔をしていただろうか。
 ゴルベーザさんのものとはまったく違う手のひらを見つめた。魔法を宿すことなく、剣を握ったこともない、殺戮を知らない私の手。
 ……私は本当に、ユリに戻れるんだろうか。


🔖


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