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🔖無価値な生命



 人間が死ぬ時なんて呆気ないものだよな。今までにいろんなものを必死で積み上げてきたつもりだけど、結局は何の意味もなさなかった。槍を捨てて以来がむしゃらに磨いた剣技も、少しでも強くなるため身につけた魔法も。
 せめて残された期待に応えよう、与えられた職務だけは全うしようと足掻いてみたけれど、俺のすべてはあっさり封じられてしまった。
 足元から心臓まで氷に覆われて指先ひとつも動かせやしない。ブリザガを喰らったのは初めてだが意外と痛みは感じないんだな。ただ急速に体温が奪われていくだけだ。やたらと眠いのはなぜだろう。
 戦いの最中、瀕死の傷を負いながら死ぬに死ねず苦しみ抜いて帰らぬ人となった知人たちを思い出せば、このまま眠るように死ねるとしたら、それはそれで幸運なのかもしれないとも考える。
 だが俺を殺したモンスターは侮蔑的な笑みを浮かべて「運が悪かったな」と言い放った。こんな場所にいた俺が駄目だった。死ぬ必要のないところで意味もなく死ぬのだと。
 背後から襲われたうえに凍らされてしまったので敵の姿は見えない。だが、この気配は間違いなく魔物だ。使う魔法からしても水か氷に属するモンスター。冷え冷えとした声が背中を突き刺した。
「今日のところは国王だけを殺すつもりだったんだがな」
「陛下を……?」
 なるほど、このモンスターは我らが国王陛下を殺しに来たらしい。余計なことを言いやがって。それじゃあ俺も、黙って死ぬわけにはいかなくなるじゃないか。
「おいおい、面倒だから足掻くんじゃねえ。じっとしてれば楽に死ねるんだぜ? そんなに必死で尻尾を振ったってよぉ、王様は助けちゃくれねえよ!」
 そんなことは知っている。だが俺は近衛なんだ。今さら王に忠誠なんぞ抱かないけど、近衛の地位には誇りを持っている。俺に道を教えてくれた人のためにも、陛下を守る責務を果たさなくては。

 今夜の陛下は未だ執務についておられる。余計なことだが、たぶんまた竜騎士団の予算削減案に悩んでいるのだろう。近頃の赤い翼はめきめきと力をつけており、飛空艇開発当初の“無駄飯食らい”の名はとうに返上していた。陛下としてはそちらに金を注ぎ込みたいんだ。しかし貴族は平民が集まる飛空艇団よりも伝統ある竜騎士団に出資したがる。
 金を食うのはどちらも同じ、でもドラゴンより飛空艇の方が従順だ。陛下はきっと、いずれ竜騎士団を解体するつもりなのだろう。もうじき死にゆく俺には関係ないというのに、今も未練がましく胸が痛む。
 俺は廊下で交代の時間を待ちながら苛ついていたが、陛下に飲み物を持ってくるよう頼まれて、侍女から預かった水差しを執務室に運ぼうとしたところで後ろから襲われた。
 城の中にモンスターが現れるなんて尋常じゃない。高位の魔物は転移魔法が使えるというから、見張りを無視して直接ここにテレポしてきたのだろう。長年、魔法を軽視してきたツケがまわってきたということだ。それでも責を負うのは魔道士団ではなく近衛だった。
 王を守らなければならない。守ろうとしなければ。残される同僚や、上司のために。
 最後の力を振り絞って足元の氷を砕く。一緒に足首か指までちぎれた気もするが、感覚がなくなっているので分からない。そうか、痛みがないのは凍っているせいだな。今はむしろ、ありがたい。
 背後を振り向けば今まで声しか聞こえなかったモンスターの姿が目に入った。ヘルタートルか……? いや違うな、もっと巨大で、魔力も桁違いだ。そいつは俺を見下ろし、意外そうに呟いた。
「ほう、お前は魔法の心得があるのか。だったら尚更、運の悪いこったなぁ」
 もっと違う道を選ぶことができていれば、その力を発揮する機会もあったのにーー簡単に俺の心を抉る一言を。

 ……水属性のモンスターだとすれば雷の魔法が効くだろうか。しかし生憎と俺はサンダーを習得していない。得意なのは炎魔法だった。気質に合っているとミシディアで勧められたんだ。それでも威力は見習いに毛が生えた程度で、つまり勝てる要素がまったく見当たらないってことだな。
 ひとまずは周囲に炎を浮かべて、また凍り漬けにされないよう警戒する。奴は面倒臭そうに俺を眺めつつも魔法を放つ気配はない。どうせ放っといてもすぐ死ぬだろうってわけかよ。
「……、殺すのは、陛下だけか?」
 無視して去るかと思ったが、意外にもそいつは律儀に返事をしてくれた。
「ああ。今日のところはな。人払いされていたはずだが、お前はなんでここにいたんだ?」
「決まってるだろ……お前のような、侵入者を、阻む……ため、だ」
「その瀕死の体でねェ」
 確かに陛下直々の命で人払いはされていた。だから執務室の扉ではなく廊下に控えていたんだ。しかし直後に陛下が飲み水を所望されたから俺は、ここに……。
 そういえば、扉の前にいない俺たちに陛下は怪訝な顔をしていた。だけど何も仰らなかったんだ。あの方は、竜騎士団の次くらいに近衛などいらないと思っている節がある……。いや、今はそんなことでいじけてる場合じゃない。
 自身がナイトでもあった陛下が護衛を嫌がるのは今に始まったことではない。夜の執務に人払いをするのも。しかし、一人になればしばらくは誰とも話したがらないのが常だった。すぐに声をかけてきたことなんてないのに。何かが妙だ。

 始めは「朝まで何人たりとも近づくな」と仰せだった。厳格で、威風堂々たる、いつもの……陛下よりも、ぎらついた生命の輝きが宿る瞳。あれは……? 目眩がしてくる。視界が歪み、考えがまとまらない。答えはすぐそこにあるのに、あと一歩で指先をすり抜けていくようだ。
 混乱に喘ぐ俺の眼前で、その魔物は低く笑いながら姿を変え始めた。青い手足が嫌な音をたてながら捻れて皮がめくれるように人膚に覆われる。白髪と髭を蓄えて立ち上がったのは、紛れもなく陛下だった。
 執務室に近づくなと命じた陛下と寸分違わぬ姿を象る、モンスター。
「変身、魔法かよ……」
 こいつが相当な強者であるのは間違いない。打つ手がなさすぎて笑いが込み上げてきた。
「……だから、人払いをした……のか」
 敵の目的は陛下を殺すこと。そして我らがバロンの国王に成り代わること。まさか、そんな企てをするモンスターがいるなんて思いもしなかった。仮に予想できたとして防ぐ力なんか俺にはないが。
「俺が欲しいのは玉座だ。人間は生かしておかねぇとな」
 ならば大丈夫だ。このモンスターがバロンの破壊ではなく支配を望むなら、彼の協力を欠くことはできないだろう。少なくともベイガンは殺されない。それが分かっているならどうだっていい。
 馬鹿みたいに何もない人生だった。あるのは彼への恩義だけだ。
「……よかったら、俺が死んだ理由、でっちあげといてくださいよ……“陛下”」
 俺もどうせならモンスターとして生まれたかったな。目の前のこいつみたいに、強くて、自由で、好き勝手に生きられるなら。
「引き受けてやるよ。近衛が一人いきなり消えましたってんじゃ、俺としても都合が悪いからなァ」
 名前はと問われ、リツと答えたつもりだが声にはならなかった。

 なけなしの魔力で炎を纏う。生命を残らず注いだ炎はそれなりの大きさになった。だがこれを解き放ったところで、眼前のモンスターに、王の形をしたモノに傷ひとつも負わせることはできないだろう。無駄なことだ。無意味な行為だ。分かってるけど別にいい。
「大人しく消えちまえばいいのに、人間ってのは苦労が好きだねぇ、まったくよ」
「そう、言うな。哀れな虫けらの、最後の意地に……付き合ってくれよ……」
 俺はこれから大いなる意思と一つになる。もう“俺”は消えてなくなる。この無価値な死に誰が心を動かしてくれるというんだろう。でも最後くらいは華々しくいきたいものだ。罷り間違って奴を倒すことでも叶えば、近衛の皆が責められることはないはずだ。
 そして俺は内に宿るすべての力を暴走させた。肉体も精神も爆発四散する。奴に傷を負わせられたのかは分からない。だが最後はとてもすっきりした気分だった。
 ずっと、こうしたかったんだ。成りたいものに成って、力を爆発させて、俺がここにいるということを世界に訴えたかったんだ。


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