🔖羽風
セシルたちが塔を昇ってくるのを待ちながら、私とカインは最上階でユリと向き合っていた。
威信があり厳格なゴルベーザ様のお姿には似ても似つかぬ、薄桃色のプルプルした体に変身しているユリと。
「……で、その格好は何なんだ」
カインが尋ねるとユリは体を奮わせながら答えた。
「プリンプリンセスです。アダマンアーマーのために、私のしっぽを切ってください!」
意味が分からないわ。
磁力の洞窟から戻ったセシルを塔に迎え入れたと思ったら突然この有り様。本当に、意味が分からないわ。
困惑して黙り込む私とカインを交互に見上げ、ユリは慌てて言い募る。
「いやあの、ネズミのしっぽみたいに、ピンクのしっぽを持っていくと小人のお父さんがアダマンアーマーをくれるんですよ」
「だからってなぜお前が変身しているのよ」
「本物のプリンプリンセスは月にいるので」
だから自分が身代わりになるしかないのだと。
……ユリの体を切り落とせと? 御免だわね。変身しているとはいえ、ゴルベーザ様の御体なのだもの。
「カイン、任せるわ」
「断る。俺だって遠慮したい」
「プリン系は再生能力が高いので大丈夫ですよ」
確かにパープルババロアなどを見ていても戦闘で欠けた体はすぐに回復して元通りになる。しっぽを切り落としても死なないだろう。しかし……。
「ユリ、変身したまま戦ったことはあるの?」
「え、ないですけど」
「では変身術を解いた時に傷が戻るかどうか、分からないじゃない」
「そ、それはそうですね」
人間は失った部位を復元するほどの再生能力を持っていない。
変身状態で体が元に戻ったとして、変身を解いた時にゴルベーザ様の御体が無事である保証はない。
そんな賭けには乗れないわ。
……ああ、そうだわ。変身体のしっぽでもいいのならば。
「カイナッツォに変身させて切り落とせばいいのではないかしら」
「でもそれだとカイナッツォさんも危ないのでは?」
「奴も魔物の端くれ。尾をなくした程度で死なないわ」
「そう……ですか?」
「ええ。しっぽの一本や二本、遠慮せず切り落としなさい」
ゴルベーザ様の身を危険に晒すくらいなら、カイナッツォを犠牲にしましょう。
「それじゃあ私ちょっと、カイナッツォさんにお願いしてきます。セシルが来るまでには戻りますので」
ユリがプリン姿のまま転移してゆくのを見送り、カインが神妙な顔をしている。
次に会う時にはカイナッツォの姿が変わり果てているのではないかと心配しているらしい。
「呆けている場合ではないわよ。セシルたちがここへ来たら、お前の仕事が始まるのだから」
ルビカンテが地底で手に入れてきたマグマの石を放り投げると、カインは慌ててそれを受け取った。
「分かっている。闇のクリスタルの存在を伝えて地底へ導けばいいんだろう。あと、こいつも渡すんだったな」
取り出したのはアダマン島からユリが持ってきた鉱石だ。
セシルが試練の山で授かった剣をこの石で鍛え上げることで、最強の聖剣へと進化するらしい。
ただでさえ尋常でない力を帯びた聖剣が更に数倍の威力になるという。
同じ魔石で作った鎧が手に入るのなら、確かにカイナッツォを切り刻むだけの価値はある。
「それにしても、武器まで膳立てされるとは恵まれた男ね」
「さすがは主人公といったところだな」
「脇役を演じることに不満も抱かないの? 情けない」
近頃カインは何か吹っ切れたのか、安い挑発には乗らなくなった。
「セシルは俺よりもローザに相応しい男だ。あいつの敵を演じることで、それを証明してもらうさ」
好いた女を奪うでもなく、友に譲るでもなく、遠くへ逃げてどちらも忘れてしまうでもなく。カインは正面から二人に挑んで敗北することを望んだ。
セシルの足止めに向かったメーガス姉妹が倒されて逃亡する頃、ユリが戻ってくる。
微かに冷気を帯びているのはカイナッツォにブリザガでも食らって逃げ帰ったのか。
変身術を解いてゴルベーザ様の姿に戻り、甲冑を身につけたところでセシルたちが駆け込んできた。
「ゴルベーザ!」
「ようこそ諸君。待ちかねたぞ」
間一髪の出来事に私とカインは密かに冷や汗をかいた。
まったく、無意味な綱渡りはやめてほしいものだわ。危うく素顔を見られるところだった。
ユリはといえば、まるで最初からここで待っていたかのような落ち着き払った態度でセシルに手を差し出した。
「クリスタルを渡してもらおう」
出会った当初は遠慮がちにおどおどしていたくせに、ユリを厚顔な性格にしたのは誰の影響かしら。
警戒心を剥き出しに、セシルがクリスタルを差し出す。これで地上のクリスタルはすべて揃った。
「確かに受け取った。ローザをここへ」
ユリの目配せに軽く頷き、ローザをこの場へ転移させる。
彼女は傍らのカインが目に入らぬかのごとく真っ直ぐに恋人のもとへ駆け寄り、セシルの腕に抱き留められて安堵の息を吐いた。
「ローザ! 無事かい?」
「ええ……。私は平気よ、セシル」
再会を喜び合うのも程々にして、すぐに彼らは武器を構える。このまま平穏に終わるわけもないわね。
セシルの背後に控えていたカイポの賢者がユリの前に歩み出た。これからメテオを唱えて死ぬ男……。
「約束を守る程度の良心はあったようだな、ゴルベーザ」
「老いぼれに用はない。ローザを連れてさっさと立ち去るがいい」
「そちらに無くとも私には用がある。アンナの仇、討たせてもらうぞ!」
挨拶代わりのバイオをユリは軽く払いのけた。
「アンナとは誰だ。お前の家族か?」
「貴様がダムシアンで殺した私の娘だ!」
続いて放たれたファイガを力任せに握り潰す。
魔物を意のままにする術を持つダムシアンをユリは半ば憎んでいる。賢者の言葉を誤解したようね。
「ゴルベーザ様、その男の娘はダムシアンの民ではございませぬ。王子に会うため城を訪れていたところ、巻き込まれたのです」
「……そうか。ああ、思い出した」
賢者は最終決戦に加わらない。しかし目の前で仲間を死なせてはセシルの憎しみを募らせてしまう。
ユリの様子が変わった。賢者の娘が死ぬ“イベント”を思い出したのかもしれない。
悔恨の気配を察した賢者も微かな躊躇いを覚えているようだった。それでも復讐の火種が消えることはなかった。
襲いくるサンダガもブリザガも、ユリは避けずに受け止める。ゴルベーザ様の魔法耐性はその程度の術を歯牙にもかけない。
「やはり、メテオを使わねばならんか」
「やめるんだ、テラ! ここは退くべき時だ」
「そうじゃ。お前さんの体が持たんぞ!」
仲間の説得にも耳を貸さず、賢者は杖を掲げてユリを睨む。
追い縋っても戻らぬ者のために、なぜ人は愚かで無意味なことをするのかしら。不可解だわ。
「その程度の魔力ではメテオを使うには足りない。命を落とすことになるぞ」
「構うものか! 足りぬ魔力は私の命で補う!」
杖に生命の火が灯され、瞬く間に魔力が膨れ上がってゆく。こんな狭い空間でメテオが発動すれば仲間たちさえ無事では済むまいに。
賢者の目は“ゴルベーザ”への憎しみに眩んで何も見えなくなっていた。
「バルバリシア」
「承知。ローザ、お前も防御魔法を唱えなさい」
「え……!?」
強化魔法など配下に任せていたから使い方を忘れたわ。だからカインにかけそびれてしまった。
セシル一行にシェルが行き渡り、ユリが呪文を唱え始めた時、賢者の魔法が解放された。
「アンナの痛み、思い知るがいい!!」
閃光と轟音が部屋を覆い尽くした。ゾットのエネルギーが急速に失われていくのを感じる。この塔はもう長くない。
「馬鹿な……ヤツだ。なぜもう少し、待てない、のか……」
白く霧のかかっていた世界が輪郭を取り戻し、破壊された部屋の中で屍のように転がるセシルたちと、膝をつくユリの姿が目に入る。
なんてこと。自分に強化魔法をかけなかったの?
「クリスタルは手に入れた。退くぞ……カイン!」
倒れ伏した賢者には辛うじて息がある。モンク僧とバロンの技師、そしてセシルに庇われたローザもなんとか無事だった。
しかし強化魔法の薄かったカインは気を失っている。
……わざとではないわ。衝撃で精神支配が解けたふりをするのだから、傷を負った方が信憑性を増すでしょう。
「術が解けたか。致し方ない」
「ま……待て、ゴルベーザ!」
「邪魔をするな!」
追い縋るセシルを振り払う力もなく、ユリはテレポを唱えて逃げ去った。
思ったより深手を負ったようね。ルビカンテがすぐに戻れればよいのだけれど。
さて、後始末をしなければ。ローザの魔法で脱出はできるでしょうけれど、老いぼれの賢者はどうすべきか。
「曲がりなりにもメテオを発動したうえ、ゴルベーザ様に傷を負わせるとは。その魔力だけは大したものね」
「まだやる気か!?」
瀕死の賢者を守るようにセシルと仲間が立ちはだかる。
「た……倒せなんだ……か」
よくよく見れば賢者も白魔法で守られていた。
ユリがリレイズをかけたのね。罪悪感にでも駆られたのか。それもまた愚かしい。
万が一にも殺されたらどうするつもりだったのよ。
成し遂げられぬ決意など存在する価値もない。彼女にはもっと大切な使命がある。
「あの方にはお前よりも切迫した未来への想いがある。ちっぽけな憎しみごときでは倒せぬ」
手を翳し、賢者を消し去ると彼らは姦しく囀ずり始めた。
「テラ!?」
「バルバリシア、何を……」
「おい、べっぴんさん! あのクソ爺をどこへやったんじゃい!」
「それよりも己の身を案ずることね。ほら、裏切り者のカインも目を覚ましたわよ」
私はあの男を助けはしない。
運命を掴みとる力があるならば、気まぐれな風が味方をするでしょう。その後は自分次第よ。
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