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🔖同情



 砂漠の光を与えられてローザが目を覚ましたそうだ。今頃はセシルと共にファブールを目指してホブス山へ向かっているだろう。
 俺は彼女の無事を知って安堵したが、ユリはそのことで落ち込んでいた。
 熱に冒されたローザを救うためにセシルたちはアントリオンの巣に入った。そして洞窟の主であったアントリオンを討伐したらしいのだ。

 大人しい性格で人間を襲うことは稀だというその魔物は、本来であればセシルたちを見過ごすはずだった。
 しかし先日ユリが「必要になるかもしれない」と言ったので、砂漠の光を守るためにセシルたちと戦ったんだ。
 ユリにしてみればダムシアン王子が爆撃で死んだ時の保険程度だったのだろうが、結果的にアントリオンを死に追いやってしまった。

 そんなユリに、慰めだか追い討ちだかよく分からん言葉を投げかけたのは陛下の姿をした魔物だった。
「人間どもが宝石ほしさに殺しまくったんでアントリオンも凶暴化してるからな。お前が何も言わなくたってどうせ戦いになってただろうよ」
「どちらにしろ死んでたなんて言われても慰められないんですが……」
「慰めてるつもりもねぇよ。俺に同情心なんぞあると思うか?」
「カイナッツォさんて性格が悪いですよね」
「魔物らしく邪悪だろ」

 肩を落としてため息を吐くユリに向かって笑う表情は、陛下ではあり得ない冷酷さを滲ませている。 
 水のカイナッツォ。バロン王のふりをして玉座にいたのは変身の魔法を持つ魔物だった。
 陛下の心が変わったのではなく別人が成りすましていただけだった。自分の行いを棚にあげて、そのことに喜んでしまう。
 陛下は最期まで誇り高きナイトだった、それは紛れもない事実だ。ただ……周りにいた俺たちが弱く、愚かだったに過ぎない。
 主君が殺され、魔物にその姿まで奪い取られていたというのに、俺たちは気づきもしなかった。ベイガンが言っていたのはこのことだったのだろう。

 城の奥、王の執務室でユリはカイナッツォと今後の作戦を相談している。
 俺は二人の会話を聞き流し、ダムシアンからの帰路に聞かされた“ユリとゴルベーザの事情”についてぼんやりと考えていた。
 黒い甲冑を身につけている時はゴルベーザ、それ以外はユリ。あの謎がようやく解けた。
 浅黒い肌に銀髪を流した男の名はゴルベーザ。その体に宿っているのは、ユリという異世界の娘の精神だ。
 彼女は今この世界で起こっている“物語”を知っている。

 飛空艇の上では荒唐無稽な戯言だと思っていたが、バロンに戻ってから改めて考えるとユリの言葉は真実だという気がしてきた。
 あの時ユリは俺を洗脳しなかったんだ。そうするのが如何に簡単だったか俺自身が一番よく分かっている。
 バルバリシアの指摘した通り、操られてセシルを憎めるなら楽になれた。自分の意思ではなかったと言い訳もできる。俺自身、操られることを望んでいた。
 それでもユリは直前で伸ばした手を引いた。

 操られて親友を裏切り、ローザを傷つけることになれば俺は……憎悪さえ、俺のものではなくなってしまう。
 抱え込んできた苦悩も痛みも他人に与えられた紛い物になる。
 俺は自分の意思でローザを愛した。だからこそ軽やかに彼女の心を奪ったセシルを自分の意思で憎みたい。
 俺の理想を体現する親友に恥じぬ男であるために。
 ユリは自由を求める意思を守るべく戦っている。だから俺はユリを信じ、その目的を果たすために協力することにした。

 俺が物思いに耽っている間にファブールを攻める算段がついたようだ。
「まずダムシアンの人間にでも化けてファブールに偽の救援要請を出すんだな。あの二国は仲がいい。主力のモンク部隊を向かわせるだろう」
「そのモンクたちを罠にかけて魔物を送り込むわけですね」
 ダムシアンへの爆撃でまたアンデッド兵が大量に増えている。
 ファブールの僧兵は屈強で知られるが、不死の魔物で波状攻撃でもすれば壊滅させることも不可能ではない。

「主力を引っ張り出しちまえば城内に入るのは簡単だ」
 ユリは城内に町を抱えるファブールに爆撃を仕掛けるつもりはないようだ。しかしそれでは、突撃してから手痛い反撃を食らう可能性がある。
「籠城されると長期戦になるぞ。町と城を抜けてクリスタルルームまで突っ走るのは難しい」
 思わず口を挟んだが、俺の懸念をカイナッツォは一笑に付した。
「それも心配ねえよ。元バロンの海兵を何人か潜り込ませてるんでなぁ」
「……用意のいいことだ」
 さすが何食わぬ顔で陛下に成りすましていただけあって、抜け目のない男だ。

 しかし海兵部隊からも魔物化した者がいるのか。
 どうも……赤い翼の台頭で割を食ったヤツばかりがユリの元に集まっている気がする。
 その一人としてはなんとも複雑な気分だ。

 作戦が決まるとユリは魔法を唱え始めた。ゴルベーザの姿が歪み、髪や肌の色から体格に至るまで似ても似つかぬ人物に変わっていく。
「じゃあ私はファブール王に会ってきますね」
 現れたのは金髪碧眼の町娘だった。心なしかバルバリシアに似ている。
「お前が行くのかよ」
「非力な人間の役は得意です!」
「んなこと自慢気に言ってんじゃねえ」
 確かに自慢できることではないな。

 賢者と呼ばれるほどの才能を持つ魔道士でも、人間である限り変身魔法だけは使えない。それは肉体と精神の境が曖昧な魔物だけの能力だ。
 しかしユリはその魔法を習得していた。ゴルベーザには使えない、彼女だけの技だ。
 彼女は非力な町娘に見えるその姿でもって自らファブールに潜入するつもりでいる。
 僧兵は油断ならない。だからこそ彼女自身が行くのが最適だろう。

 本物の“ユリ”は魔法も使えない異世界の娘だという。
 それらしい言動と、ゴルベーザの厳めしい外見とが結びつかず違和感が拭えない。
 しかしこうして人間の娘に化けている時は、外見と言動が一致している。
 ユリの町娘姿を眺めてカイナッツォはため息を吐いた。
「やっと変身術を覚えたんだ、普段から元の自分にでも化けてろよ」
「それはやめておきます」
「なんでだ。ゴルベーザ様の姿でお前の言動されると気色悪ぃんだよなァ」
 俺は心の中でカイナッツォに同意していた。

 本来のユリは、言動からしてローザくらいの娘らしい。だがゴルベーザの見た目は三十路も近そうな男だ。
 三十路近いオッサンが十代の小娘のように振る舞っている姿は、気色悪い。本当に。
 変身魔法が体に負担を与えないならせめて今の町娘姿のように、同性に化けていてほしいと切に思う。
 だが彼女はどうしてもそれはできないと首を振る。
「かけ離れてた方がいいんです。戻る必要性を感じなくなったら困るので」
 これにはカイナッツォも意味が分からんと首を傾げていた。

 何にでも変身できるならゴルベーザの姿でいる必要もない。
 ユリは、今は別世界にいる本物のゴルベーザの名誉を守るために黒い甲冑を纏っているという。
 だがそれなら、最初から虚像の悪役を作っておけばよかったんじゃないか。
 にもかかわらずユリは頑なに“ゴルベーザ”として活動している。

 別人に変身してその姿に慣れてしまえば、ゴルベーザの精神を呼び戻そうという意思が薄れてしまうかもしれないと彼女は言う。
「自分が本当は何者で、この体は誰のものなのか、忘れちゃいそうで怖いんですよね」
 ……そういうものだろうか。

「それに、慣れると男の方が楽なんですよ。タフだし筋力あるしブラジャーつけなくていいし、化粧しなくていいし月経もないしおっぱい蒸れないし」
 男には共感しにくいことを次々と挙げられ俺もカイナッツォも固まってしまった。
 女の身より頑丈で力も強いのが便利だというのは理解できる……が、そのあとは……。
「まあとにかく、ファブールに行ってきますね」
「あ、ああ……」
 男二人に多大な困惑を与えたことなど素知らぬ顔で、ユリはファブールへ転移していった。

 魔方陣が消えて静けさに満ちた部屋でカイナッツォがぽつりと呟く。
「ユリが言うには、ゴルベーザ様は異世界であいつの体に入ってんじゃないかって話なんだよなァ」
 精神が入れ替わったのならそういうことになるな。
 こちらとはまったく違う世界のようだ。ゴルベーザの方もいろいろな苦労があるのだろうか。

 と、異世界に思いを馳せていたが続くカイナッツォの言葉でぶち壊された。
「ってことはゴルベーザ様は今、体力なくて筋力なくてブラジャーつけて化粧しなきゃならない月経もあっておっぱい蒸れる体で苦労してるってことか?」
「お、恐ろしい想像をさせるな!」
 本物のユリの姿を知らないからゴルベーザのまま想像してしまったじゃないか。夢に出てきたらどうしてくれる。

「うっかり慣れちまったら大変だな、確かに」
「……」
 あったはずのものがなくなり、ないはずのものがある。俺がもしどこかの女と入れ替わってしまったらと考えてみる。
 もしかしたらユリよりゴルベーザの方がずっと大変な気苦労を負っているのかもしれない。
 異世界にいるであろう男に同情を禁じ得なかった。


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