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🔖落下
召喚士の村でリヴァイアサンやバハムートの姿を思い出していた。想像力が豊かになった今ならきっとドラゴンに変身できる気がする。
自力でカインさんを乗せてセシルたちの様子を見に行けそうだと喜んだのも束の間、残念ながら悲しい事故が起きてしまった。
外へ出て試してみたら、変身はできたけれどいくら羽ばたいても飛べなかったのだ。
調べたところファンタジー世界の生物は翼の力ではなく魔法で空を飛んでいるらしい。
変身術とレビテトを併用すれば宙に浮くことはできそうだ。でも低空飛行なうえに移動速度が徒歩と変わらずちっとも実用的じゃない。
魔法で空を飛ぶのは魔物にとっても難しい行為なのだとか。
四天王でも風を司るバルバリシアさんにしかできない高等技術。そりゃあ私ごときに飛べるはずもないと納得した。
仕方がないので今回は素直に、空を飛べる人材の力を借りることにする。
メーガス姉妹やベイガンさんとの会話を経て感ずるところでもあったのか、とりあえずカインさんは大人しくしていた。
このまま自分の意思で仲間になってくれたらありがたいけれど、そう簡単に親友を裏切ってはくれないだろうとも思う。
「カインさんは高いところ大丈夫ですか?」
「竜騎士に何を聞くんだ」
「それもそうですね」
安心してテレポを唱える。目指すはカイポ上空だ。呪文が完了すると景色は一変し、私とカインさんは砂漠の空高くに投げ出された。
「え……!?」
「バルバリシアさん、お願いします」
「分かったわ」
驚愕に顔を引き攣らせたカインさんをよそにバルバリシアさんを喚ぶ。柔らかな風が発生し、私たちの体は落下することなく宙に留め置かれた。
レビテトは浮遊であり飛行ではない。感覚としては透明な床に立っているような感じで、だから地面より遠く離れて空を飛ぶことはできない。
その点、バルバリシアさんの魔法は風を使って自由自在に空を飛べるのが特徴だ。
どこにも体を預けることなく浮かんでいる感覚は、まるで無重力空間の中にいるようだった。
無重力か。重力を操る魔法を使えば空を飛べるかもしれない。
新しい魔法のヒントを得た私の横でカインさんは顔を真っ青にしている。
「な、なんて心臓に悪いことをするんだ」
「だから高いところ大丈夫ですかって聞いたでしょう」
「高いところがどうとかの問題じゃない! 一瞬落下してたぞ!?」
だって地上に転移して運悪くセシルと鉢合わせしたら困るし。飛行してからテレポすればよかったのではと今さら思ったけれど気にしないでほしい。
無駄な寄り道をしていなければセシルもそろそろカイポの近くに来ている頃だろう。
ベイガンさんの報告によるとローザも先ほど砂漠に入ったとか。
随分と早足だ。ミストの惨状を見てセシルの安否が心配になり、居ても立ってもいられず未習得のテレポを無理やり使ったらしい。
とりあえずバルバリシアさんの力を借りて町の真上に移動する。
「あれ、ローザさんでは」
タイミング良く、今まさに町へと運び込まれている真っ最中だった。カインさんが焦ったようにそちらを覗き込む。
「気を失っているのか?」
「当然の報いよね。魔力が足りてもいないのに無理やり歪な魔法を唱えたのだから」
馬鹿にしたような口調のバルバリシアさんをカインさんが思い切り睨みつける。
慌てて間に入ってフォローした。
「えぇと、ミスト北部の道がタイタンのせいで崩れたのでローザさんはテレポを使ったんです。それで体力が尽きて倒れたところをキャラバンに発見されたようですね」
「ローザ……そこまで……」
魔力が足りないのに魔法を使うのはとても危険な行為だ。命懸けでミストドラゴンを召喚したリディアの母親みたいに、死んでしまう可能性だってある。
よく考えるとこれ全然フォローになってない。ローザさんのセシルに向けた想いの強さを痛感してカインさんは落ち込んでしまった。
親切そうな人がローザさんを家に運び込む。その様子をじっと見ていたカインさんが、切羽詰まった顔で私を振り向いた。
「……あんたたちの魔法でローザを助けてくれないか」
「え? いや、その必要はないと思いますよ。セシルがもうすぐ町に着きますし」
砂漠の中に心許ない二つの人影がある。
カインさんがその姿を見つけると、バルバリシアさんは挑発的な笑みを浮かべた。
「眠れる姫君を救い出すのは彼女の愛するナイト様、というわけね」
「バルバリシアさん」
「何かしら?」
傷の抉り方がちょっと激しすぎます。軋むような痛みがカインさんから伝わってきて、感応している私もかなり辛い。
ローザが追いかけるのも、ローザが想うのも、ローザを救うのも、守るのも……隣にあるのはいつも彼。
人間のような姿をしつつも人間の心の機微に疎いバルバリシアさんは「女を取られて憎らしいなら、あの男を倒して奪い返せばいい」と素っ気なく言い捨てる。
「セシルは何も悪くない。あいつを憎む気持ちなど……単なる逆恨みじゃないか」
「くだらない思考だこと」
「何?」
できたらバルバリシアさんには『オブラートに包む』という技術を習得してほしい。
カイナッツォさんと違って性格は悪くないのだけれど、彼女はとにかく思ったことをそのまま言い過ぎる。
「あの娘はお前の想いに気づいていながらセシルへの恋心を優先しているわ」
「だからどうした。俺が……彼女を想ってるからといって、振り向く義務は、ローザにはない」
「そのローザの想いに気づいていながら、セシルは己の業を楯に彼女を拒絶しているわね」
「あいつは好きで暗黒騎士の道を選んだわけじゃない! 罪悪感がなければ、とうにローザを受け入れている……」
カインさんは自分の言葉にまで傷ついていた。大変不利な状況だ。
そんな彼にバルバリシアさんはトドメの一撃を振りかざす。
「あの二人は自由に振る舞っているじゃないの。お前が耐えようと耐えまいと無関係に」
「なっ……」
「押し込められた苦悩など無駄でしかないわね。恋を成就させたいなら友情に背を向ければいい。友情が捨てられないなら恋を諦めればいい」
バルバリシアさんの言い分は正しいけれど感情豊かな人間には難しいことだ。
「どちらも大事だなんて甘えたことを言っているから苦しむはめになるのよ。決断できないのなら、いっそどちらも捨てて遠くへ逃げてしまうがいいわ」
「……なぜお前にそんなことを言われなければならないんだ」
「見苦しくて不愉快だからよ」
今日のバルバリシアさんは珍しく饒舌で手厳しい。
一体どうしたんだろうと思っていたら、彼女は言い返せず睨むカインさんを無視して私に向き直った。
「ユリ。この男を洗脳しなさい。所詮は心の惰弱な人間、言い訳を探しているのよ」
「言い訳……ですか?」
「操られていれば裏切りは自分の意思ではなかったと言い逃れできるでしょう。己の憎悪すら御せないなんて、本当にくだらない生き物」
まるで汚らわしいものを吐き捨てるように言って、バルバリシアさんは姿を消した。
「えっ」
大地が引っくり返って頭の上に来る。
バルバリシアさんがいなくなったので飛行術が解けて私とカインさんは真っ逆さまに落ちていた。
「えええええっ! て、テレポテレポテレポーー!」
まったく酷い目にあった。
ゾットの塔に戻ってみると、カインさんは空から落とされそうになったのを怒る気力もないほど精神を疲弊させていた。
今なら簡単に洗脳できる。もしやバルバリシアさんはこれを狙って彼を虐め倒したんだろうか。
でも彼女は思ってもないことは言わない。だからあれもきっと本音だった。
「……カインさん。私はクリスタルを必要としています。これからバロンの軍を使ってダムシアンを攻める予定です」
祖国が戦争に利用されると聞いてさすがに顔を上げたけれど、カインさんの目はやや虚ろ。
「陛下を魔物に変え、セシルを追い出したのはお前の仕業か? 赤い翼を奪うために」
「はい」
人間を魔物に変えるのは私にとって奇跡の技だ。スカルミリョーネさんが死者を拾ってくれるから、無力な小娘でしかない“ユリ”が大量殺人に踏み切れる。
やることは山積みだ。知らない人たちの死に動揺して立ち止まってる暇はない。
ゼムスを倒してゴルベーザさんを自由にする。協力してくれる四天王たちを生かす。大事なのはそれだけだ。
「ダムシアンの次はファブール、それからトロイア。その後は闇のクリスタル。セシルたちは、私が見つけるより先にクリスタルを集めようとするはず」
「……それがどうした」
黒竜や、ルゲイエさん、バルナバ、四天王の配下たち。それに人間の身を捨てて魔物となった人々。ベイガンさんやメーガス三姉妹。
大事な仲間たちに自由な生を、思うがままに生きる力を与えてあげなければ。
「セシルを騙して、集めたクリスタルを横取りしようと思っています」
「俺にその役目をやれとでも言うつもりか?」
精神支配のやり方は分かっている。今もゴルベーザさんの心を抉じ開けようと魔手を伸ばしてくるゼムスに倣い、同じようにやればいい。
「私にはあなたの力が必要だ。だからカインさん、あなたの精神を支配させてもらう。私の操り人形となって……セシルを裏切ってください……」
私はゴルベーザさんの精神をゼムスから守るために戦っているのに、ゴルベーザさんと同じ立場にある彼の精神を縛ってーー。
心を縛り、無理矢理に従わせるなど小者のすること。……本当にそうだ。
従いたいと思える存在に自分がなれば、支配なんてしなくても仲間は集まってくるのに。
私はカインさんの精神に伸ばしかけた手を引っ込めた。きっと彼がいなくてもなんとかなるだろう。
そう決心したところでカインさんがよく分からない質問をしてきた。
「あんたのところにドラゴンはいるのか?」
「え?」
ドラゴン。なぜドラゴン。竜騎士なら見慣れてるだろうに、うちにドラゴンがいるなら仲間になるとでも言うのだろうか。
「えー、私が黒竜を召喚できます。あと四天王の配下にも何体かのドラゴンがいますね」
変身魔法の似非ドラゴンは数に入るだろうか? それはともかく、ドラゴンがいると聞いてなぜか彼の心から力が抜けた。
フッと小さく笑うカインさんの、傷ついていた精神が回復している。
「俺はあんたに協力する」
「い、いいんですか?」
「憎んでしまえば楽になれるのだと……ずっと前から分かっていた。俺はもうとっくの昔に、あいつらを裏切っている」
恋か友情か、選べないならどっちも捨ててしまえ。これはつまり、バルバリシアさんの挑発が効いたということだろうか……?
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