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🔖開幕



 ついにオープニングイベントが開始した。王命を受けたセシルが先日ミシディアを目指して旅立ったのだ。
 私は先回りして村の近くで待機している。
 じきに飛空艇が到着したら、セシルたちが無事にクリスタルを奪取できるよう陰ながらフォローする予定だ。

 今日は後学のためと言ってベイガンさんとドグさんが一緒に来ていた。
 二人とも今回必要な魔法を使えるからありがたくはあるのだけれど、保護者同伴でお使いをしてるみたいでなんとなく恥ずかしい。

 水のクリスタルを奉るこのミシディアは魔道士たちの住まう村。
 闇雲に攻め込んだら赤い翼と魔道士とで大規模な戦闘に発展しかねない。なんとか魔道士を無力化したいところだ。
 始めは村の住民にサイレスをかけてやろうかと思っていたけれど、全員にかけ終える前にエスナとのいたちごっこに陥りそうだからやめた。

 第一に攻撃魔法ではないこと。
 害意が強すぎれば私たちの存在に気づかれ、大混戦になってしまう。
 第二に魔力の消費が低いこと。
 村の全員を無力化するには何度も魔法を使わなければいけない。効果が高くても魔力をごっそり消費するような魔法ではダメだ。
 第三に、対処法が存在しないこと。
 前述のサイレスなどは魔道士も警戒している。エスナ一発で解除されるようなものでは妨害にならない。

「村を襲撃するならば我らも配下を呼び出しましょうぞ!」
 今すぐ御命令をとはりきっているドグさんに苦笑しつつ嗜めた。
「攻撃はしません。私たちの目的はセシルのサポートなので、魔道士たちの思考の邪魔をしようと思います」
「それは……コンフュをかけるということでしょうか?」
「もっと無害な術です」
 魔法を使うには集中力が必要だ。それを掻き乱してやればいい。魔道士たちの気を散らしてセシルと戦う余裕を消し去ってやる。

 空の向こうに赤い翼の姿が見えた。タイミングを間違えたらセシルにも被害が出てしまうから気をつけないと。
「リフレクをお願いします」
 ベイガンさんもドグさんも強化魔法が得意なので羨ましい。
 私はどうにもあれが苦手だった。炎や雷の魔法はイメージしやすいのだけれど、目に見えないバリア系はいまひとつ想像力が働かない。

 三人全員リフレクが行き渡ったところで私は白魔法サイトロを唱えた。
 まったく戦闘向きではない魔法の行使に二人とも不思議そうな顔をしている。

 新魔法開発に励みながら、効果的な魔法の使い方をいろいろと考えておいたんだ。
 リフレクにより乱反射した魔法がミシディアの住民に襲いかかった。
 村人たちの動きが止まる。まるで麻痺してしまったように硬直していた。
「サイトロにこのような効果が……?」
 首を傾げるドグさんの顔に影が射し、すぐに辺り一帯が暗くなる。飛空艇部隊が上空に到着したようだ。
 村からの魔法攻撃がないのを確認すると赤い翼は少し離れたところに着陸した。

 この魔法なら二人とも使えるというのでありがたく力を借りることにした。
 三人でお互いにサイトロをぶつけ合う。傍から見るとちょっと異様な光景だと思う。
 ミシディアの魔道士たちはなすすべもなくサイトロを喰らって動きを止めていく。

 ドグさんが困惑の表情で尋ねてくる。
「ユリ様、なぜ彼らは行動不能に陥っているのでしょうか」
「これは自分にかける魔法ですけど、効果が発動すると一時的に精神が肉体から離されるでしょう? ほんの数秒だけど肉体が制御不能になるんですよ」
「……なるほど。本来の使い方をしているだけでしたか」
 答えたのはベイガンさんだ。どうやらサイトロを改造した新魔法だと思っていたらしい。
 べつにそんなんじゃない。普通のサイトロを普通にリフレクで跳ね返してるだけだ。

 サイトロとは、肉体から精神を分離して周辺の地形を確認する魔法だ。魔法をかけられた者は遥か上空から地上を見渡せるようになる。
 たぶんゲーム上ではマップを開くための魔法なのだろう。従姉が使ってるのを見た記憶がないので定かではないけれど。
 この世界にはGPSどころか地図もなく、バロン以外の国では空を飛ぶ手段もない。だだっ広い大地で迷子になったら野垂れ死に一直線。
 だからサイトロは、町から町を旅する商人や兵士にとって重要な魔法だ。
 そして私の求める三つの条件をすべて満たしている。

 凍りついたような村人たちに向かって白魔道士が治癒魔法を唱えている。が、何の効果も見込めない。
「体に害のあるものじゃないからエスナで解除することもできないし」 
「しかし効果はあまり長く持ちませぬぞ!」
 ドグさんが指し示した方に目を向ければ、確かにサイトロ効果が切れた村人が術者を探している。
 私はすかさず魔法をかけ直した。それでまた村人は動けなくなる。ほとんど魔力を消費しないので遠慮なく乱発できた。

「魔法の効果が切れると精神は肉体へと帰り、視界も元に戻ります。では絶え間なくサイトロをかけ続けると、どうなってしまうでしょうか?」
 その視界は一瞬で空へ舞い上がり、かと思えば地に落ちて、また空を飛び、また落ちて、めまぐるしく繰り返される風景の急変。
 ミシディアの人たちは今、肉体的なダメージは受けていないけれど、超高速連続フリーフォールを視点カメラで見ているような感覚に苛まれている。
 3D酔いしやすい私だったら三回目くらいで吐いてると思う。

 魔道士が一人、真っ青な顔で踞る。それを皮切りに村人たちが次々と倒れてゆく。その光景を見ながら心なしか気分の悪そうな顔でベイガンさんが呟いた。
「乗り物酔いですな」
「ベイガンさん、乗り物弱いんですか」
 いつもなんでも平気そうな顔をしているので意外だ。
「ええ、飛空艇に乗せられたことがありますが、最悪でしたよ」
 船酔いするタイプらしい。だから有能なのに赤い翼所属ではなかったのかもしれない。気の毒に。
 ベイガンさんにはなるべく乗り物の不要な仕事についてもらうように考慮しておこう。

「視覚から得る動きと他の感覚で得た動きが一致しないと酔うんです。風景は激しく動き回っているのに体はじっとしている。情報の誤差に脳が混乱するんですね」
 ベイガンさんは納得しているけれど、ドグさんはよく分からないという顔をしていた。こちらは酔いとは無縁らしい。
 彼女たちはゾットの塔に常駐することになるから乗り物に強くて一安心だ。移動のため飛空艇に乗る機会も多いだろうし。
 ちなみにゴルベーザさんの体質のお陰か私も乗り物酔いや3D酔いとは無縁になっていた。ありがたいことだ。

 苦しげに呻いている魔道士たちを怪訝な顔で見やり、セシルが祈りの館へと突き進んで行く。
 祈りの館内はサイトロの被害を受けていないけれど、この状況で激しい反抗は起きないだろう。
 あとは放っておいても大丈夫だ。でも一応はクリスタルを手にして村を出るまで見届けることにする。

 一息入れようとベイガンさんが持ってきたバスケットの中からサンドウィッチを取り出してお茶まで淹れてくれた。……なんて準備のいい人なんだ。
 さりげなく嫌いな具材を避けようとするドグさんを牽制しつつのんびりと雑談をして暇を潰す。

「ユリ様、それではリフレクは何のために唱えたのですか?」
 直接サイトロを唱えてもよいのではと熱心な生徒のように尋ねるドグさんの横で、ベイガンさんは自分なりに理由を考えている様子。
 すごく向上心のある二人だな。

「相手は魔道士だから、シェルやリフレクで対処されないようにしました。リフレクで反射させた魔法は補助魔法で防御できなくなるんですよ」
「なるほど! それ故にわざと自らにリフレクをかけたのですね」
 このゲームにも反射魔法を使ってくる敵がいたはずだ。というかそれってドグさんたち姉妹だったような……?
 彼女らも元は魔法に疎い人間だから、あれはゴルベーザさんに教わった技だったのかもしれないな。そう考えるとここでドグさんを連れてきてよかった。

 こんな風に魔法の新たな使い方を仲間と相談しながら模索していくのは楽しいものだ。


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