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🔖脱皮



 今日も今日とて私はバロン城を訪れている。目的はもちろん仲間集めだ。
 近衛兵、竜騎士、魔道士の中から、人間関係の構築に失敗して孤立している人や今の地位に不満を抱く人を中心に、根気よく勧誘して魔物化を行っている。
 変装して廊下を歩けばちらほらと合図を送ってくる兵士たち。
 彼らは一見すると普通の人間にしか見えない。今までと同じように暮らしているけれどその中身は既に魔物なのだ。
 バロンは着々と魔物の国になりつつある。

 配下が増えたお陰でクリスタルの捜索も捗った。
 水のクリスタルはミシディアに、火はダムシアン、風はファブール、そして土のクリスタルはトロイアに安置されていることが分かった。
 あとはさっさと勢力を拡大して軍を掌握し、攻め込むだけだ。

 しかし残念ながら赤い翼に所属している人の勧誘は失敗が続いている。
 軍事国家バロンにおいて今をときめく主力の飛空艇部隊、その地位に満足している人は新たな力を欲しないようだ。
 落ち目の竜騎士団や実績のあがらない魔道士団からは簡単にヘッドハンティングできるのに。

 ともあれ、誰彼構わず声をかけて暗躍がバレても困るので慎重な行動を心がけている。
 もう少し一気に仲間を増やしたいと思っているのだけれど、なかなか難しかった。
 一番いいのは偉い人を抱き込むことだ。
 カイナッツォさんが王様をやってるのである程度のことは揉み消せる。このように各部隊の長を味方にできればとても効率がよくなるのだけれど……。

 以前、適当な兵士に変身して主人公であるセシルの身辺を探ってみた。彼をゴルベーザ派にできればエンディングまで一気に進められる。
 でも、さすがに警戒心が強すぎて勧誘まで話を進められなかった。
 続いてセシルの恋人、白魔道士ローザに知人のふりをして声をかける。やはり彼女も魔物の味方にはなってくれそうにない。
 飛空艇の整備士を引き受けているシド、まったく聞く耳持たず。最後にもしかしたらと期待して竜騎士団隊長のカイン……全然、駄目だった。

 彼らは亡きバロン王様に個人的な親愛の情を抱いている。
 うまく口説いて味方にしても、私たちが王様を殺したことがバレたら敵対してしまう。危なくて勧誘できない。
 そんな中で、安心と信頼の近衛兵長ベイガンさん。
 彼は実際ゲームでゴルベーザ側についたという実績を持っているから口説くのも気が楽だ。

 正直なところ最初は仲間探しなんて適当にやっていた。どうせ放っといてもシナリオ通りに進むはずだし、と楽観視していたのだ。
 でもよく考えると今の“ゴルベーザ”は私なので、私が動かなければこの物語は始まらないのだった。
 もちろんベイガンさんだって勝手に魔物になってくれるわけじゃない。ゴルベーザが、彼を仲間に引き入れなければならないのだ。

 そろそろ私も魔法を使いこなせるようになってきた。セシルをミシディアに送り込み、オープニングイベントを開始したい。
 そんなわけで、ベイガンさんの勧誘に本腰を入れることにしたのである。
 バロン来訪連続一週間。今日こそは何としてでも仲間になってもらおう。多少強引な手段も辞さないつもりだ。

 王の執務室に腰を落ち着けて城内を歩く人々の思念を探る。
 この一週間で馴染んだベイガンさんの気配を見つけた。どうやら一日の職務を終えて部屋に帰ろうとしているようだ。
 規則正しい足音を響かせてベイガンさんが歩く。彼が私室のドアを開けようとする瞬間を見計らってテレポを発動させた。

 執務室のドアが開く。一瞬だけ硬直したベイガンさんは、私と目が合うなりうんざりした表情を隠そうともせず息を吐いた。
「こんにちは。今日もよろしくお願いします」
 椅子を勧めたのに無言で踵を返そうとするものだから、ベイガンさんの眼前で魔力を放ち、扉を閉めて鍵もかけてあげた。
 この一週間で私の魔法技術がいかに上達したか、彼もひしひしと感じていると思う。

「自分の部屋に帰ったつもりだったのですが、私はなぜここにいるのでしょうな」
「ベイガンさんの部屋の前に転移魔法を仕掛けてここに繋げてみました」
 対象に触れることなくテレポをかけるのは人間にとってほとんど不可能な高等技術なのに、ベイガンさんにはその難しさが分からないので讃えてくれなかった。
 悲しいので塔に帰ったらバルバリシアさんとスカルミリョーネさんに褒めてもらおう。

 逃げられないことを悟ってベイガンさんが私の向かいに座る。
「さて、今日も昨日と同じ用件です。バロン王を見限って私の配下になってください」
「……王の部屋に何度も忍び込まれるとは。衛兵は一体なにをしているのか」
「ちゃんと侵入者を見張ってましたよ。ただ私がそのドアを通らず直接部屋に入っただけです。そもそもテレポに対応できる兵なんてバロンにはいないのでは?」
「それについては返す言葉もない。魔道士団は未だ何の成果もあげておりませんからな」

 バロン王が設立したという魔道士団は、白魔法も黒魔法もろくに使い手が育っていない、有名無実の集団だ。
 まともな戦力になりそうなのはローザだけと言ってもいいくらい。
 とにかくバロンは魔法技術が未熟だった。かくいうベイガンさんだって無防備なところへテレポをかけられて、あっさり誘拐されている。
 魔法への対処法がない。だからこそ私は、その弱点をついて不安を煽り、彼らを仲間に引きずり込める。

「私の配下になれば魔法を学べますよ」
「陛下をお守りすることが私の使命。お誘いは光栄に思うが、国を裏切るつもりはない」
 一週間で飽きるほど聞いた言葉。この人は本当に決断するんだろうかと疑わしくなるほど揺るぎない。
 それでも、ベイガンさんは自分の意思で私たちの仲間になってくれる。そう信じている。

「聞きたいんですけど、あなたが仕えてるのはバロンという国ですか、それとも王様個人ですか?」
「無論、我が祖国ですとも。個人的にも陛下のことは尊敬しているが、仕事に私情は挟みませんよ」
 ほら、こんなことを表情も変えずに断言できる辺り、素でちょっと変な人なんだと思う。
 勧誘を断られつつもそれなりに親しくなってきた今だからこそ分かる。
 彼は、私たちがバロン王を殺したと知っても、あまり動揺しないと思う。

「その尊敬すべき陛下は、既にあなたの守るべき主君じゃないかもしれません」
「何を……、それはどういう意味ですかな?」
 そろそろ本題に入るとしよう。
「カイナッツォ」
「こちらに」
 指を鳴らせば姿を隠して待機していたカイナッツォさんがバロン王の格好をしたまま部屋に現れ、ベイガンさんの目が驚愕に見開かれた。
 陛下がテレポを使えるなんてビックリしただろうな。

 それにしてもカイナッツォさんを呼び捨てにするとなんだか口の中がモゾモゾしてしまう。
 モンスター相手に何をと本人にも呆れられてしまったけれど、歳上を呼び捨てにするのは気が引けた。
 でも“ゴルベーザ”の立場もあるので人前では絶対四天王に対して敬語を使わないようにと叱られたので仕方ない。

「前の王様に未練があるなら仕方ないですけど、私の配下になっても国に尽くすことはできますよ。私はバロンを滅ぼすつもりなんてないので」
 ただちょっとそこに住んでる人を改造してクリスタル収集に役立てたいだけなんです。
 私の目配せを受けてカイナッツォさんが変身を解いた。王の輪郭が崩れ落ちて真っ青なモンスターへと変貌する。
 ベイガンさんはその様子を瞬きもせず見つめていた。

「……では、陛下は」
「死んでしまいました」
「いつからですか」
「カイナッツォさんが完全に成り代わったのは一ヶ月前くらいでしょうか」
 びりっと殺意を感じて思わず肩を竦めた。あ、さんをつけて呼んでしまった。

 密かな怒気を投げつけてくるカイナッツォさんから目を逸らして、私は引き続き勧誘に励む。
「王様を守れなかったのはあなたたちが弱いからだ。カイナッツォ……が成り済ましているのに気づけなかったのは、あなたたちが魔法に疎いからだ」
 もっと魔法を知らなければならない。もっと強い肉体を手に入れなければならない。今のままでいくら頑張ったって、大切なものは守れない。
「バロンをもっと強い国にしたいと思いませんか?」

 椅子に座ったまま黒竜を呼び出した。部屋に冷たい殺気を放ちながらドラゴンはその体を私に巻きつけて甘える。
 ベイガンさんは身動ぎもせず、いや……指先ひとつも動かすことができず、凍りついたように私を見ていた。
「人間にも魔物にも負けない力が欲しくはないか?」
 その呪縛から逃れる術を、ただの人間は持たない。欲しければ力を手に入れるんだ。
「私の手をとれ、ベイガン」
 自由を掴む力をあげるよ。そう、囁く声に導かれるまま、彼は私の前に跪いた。


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