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🔖想像



 動物への変身には慣れてきた。特に小動物はルビカンテさんからよくリクエストされるので習熟度がどんどん上がっている感じだ。
 あとはゾットの塔をうろついてるモンスターの一部にもうまく化けられるようになった。
 躓いたのは、試しにルビカンテさんの姿になってみようと思った時だった。
 魔法の訓練に付き合ってもらって一番見慣れているし、人の形をしているから変身しやすいと思ったのだけれどなぜか失敗した。
 続けて試した四天王全員の変身に失敗し、人間型には変身できないということに気がついた。

 動物なら「猫っぽく」という漠然としたイメージだけでうまく変身できたんだけどなぁ。
 いずれは他の、特定の人間にも変身してみたいと思っている。
 そこで私は変身魔法のエキスパートを訪ねることにした。

「師匠、もっといろんなものに変身したいです」
 見事な変身術を駆使してバロン王の執務室でお仕事しているカイナッツォさんは、私を一瞥するとおざなりに頷いた。
「あー、他の人間に変身できりゃ便利かもな」
「そうです。是非お願いします」
「でも教えるのはめんどくせえから断る」
「ええ!?」
 今忙しいんだと一蹴されてしまった。

 見たところ書類を読みもせずひたすら判子をついてるだけじゃないか。
 バロンはそのうち手放すのだからそんなに熱心に政を維持しなくてもいい。それはカイナッツォさんも分かっている。
 つまり本当にただ「めんどくせえ」だけなんだ。

 彼をその気にさせるには……。
「私がバロン王に変身できれば、替え玉をやれるかもしれませんよ? そしたらカイナッツォさんは休めます」
 建前としてそんなことを言ってみる。もちろん実行するつもりはない。
 外見は真似られても私に王様のふりなんて不可能だ。

 カイナッツォさんはこう見えてバロン潜入のために入念な下調べを行っていたそうだから、バロン王のふりは彼にしかできないのだ。
 しかし玉座に飽き飽きしているカイナッツォさんに、私の提案はかなり魅力的に聞こえたらしい。
 急に真面目な顔になって手を休め、私に変身術をレクチャーし始めた。

「お前は猫だの犬だのに変身する時、漠然としたイメージだけでやってんだろ?」
「そうですね。もし自分が猫だったらーって想像してます」
「つまりそりゃ“猫”になってんじゃねえ。“猫の姿をしたユリ”だ」
 ……うーん。ポーキーと同じ魔法の域を出ていない、ということかな?

 たとえば、とカイナッツォさんが続ける。
「動物の姿をしてる時でも人間語を話してんだろ。骨格も筋肉も脳の造りも人間とは違うのに、だ。……お前の世界じゃ猫は人間語を話すのか?」
 慌ててそんなことはないと首を振る。
 言われてみると猫の時どうやって口を動かしているのか記憶にない。ただ漫画やアニメのおかげで“人語を話す動物”をイメージしやすかった気はする。

「お前がやってんのは変身術じゃねえ、“猫になった自分”を想像して、再現してるだけだ」
「なるほど」
 だから同じ調子で、種族ではなく個人であるルビカンテさんに変身しようとしてもうまくいかなかったのか。
「人間は頭でっかちだからな。ちょっと矛盾に当たると術が完成しねえのさ。変身術ってのは、姿形をなぞるんじゃなく変身対象そのものになるんだ」
 漠然と猫になった自分を想像するのではなく、まず“何者”に変身するのかを明確にして隅々までその形を纏うのが変身術。

 やっぱり今がゴルベーザさんの体だから、それとはかけ離れてる方が成果を確認しやすいかな。
 姿形を頭に浮かべ、その動き、声、仕草を細かくイメージトレーニングしてから魔法を発動する。
 頭と胸部が重くなって下半身がすっきりした感覚だ。
「って、なんでバルバリシアなんだ。人間に化けろよ、人間に」
「最初に思いついちゃったので」
 自分で試した時は失敗したのにカイナッツォさんの助言であっさり成功した。
 でも特定の“誰か”に変身するのは、やっぱりとても難しいみたいだ。

 動物やモンスターに変身するのはポーキーの応用で済む。
 けれど、たとえば“バルバリシアさん”に化けるなら彼女の姿形から言動に声、仕種や癖まで事細かにイメージしなければいけない。
 改めて、カイナッツォさんがバロン王に変身し続けているのは凄いことなのだなぁと思う。

 それにしても髪が長すぎて、胸が大きすぎて重い。バルバリシアさんはこんなものを抱えていたのか。
 と、不意に気づいた。
 バルバリシアさんはいつも軽やかに飛行している。体の三倍くらいある長い髪もふわふわ浮いてて重さなんて感じさせないんだ。
「変身はできてるのに飛べないですね」
 ちゃんと飛んでいるところをイメージしたのに。
 そもそも四天王に変身してみようと思ったのも、彼らの能力が使えたら自己強化に繋がると考えたからだ。

 どうやったら飛行できるのか、せめて髪だけでも浮かせられないかと四苦八苦する私を見てカイナッツォさんがため息を吐く。
「そういう余計なことは考えないのが一番だぜ。術の邪魔になるからな」
「余計なこと、ですか」
 能力のコピーは変身術とまた違うのだろうか。言われてみるとカイナッツォさんも、政治能力や剣の腕前は生前のバロン王と同等じゃない。

 黒目のない乳白色の目が私の体を観察し、一点で視線を留めた。
「お前、その服はどうなってんだ?」
「え、どうなってると言われましても」
「そんな服さっきまでは着てなかったろ? 変身で現れたってことは服もお前の一部か? それを脱いで、体から離しても服の形を保てるのか? それに元々着てた服はどこいったんだ?」
 矢継ぎ早に尋ねられて頭が混乱した。

 これはバルバリシアさんがいつも身につけている服だ。だからそのままコピーペーストしたように私も同じものを着ている。
 この服を脱いだとしたら、どうなる……?
 変身術は文字通り“身”を“変じる”魔法だ。服を作る魔法じゃない。ということは、脱ぐことはできないのか。
 見せかけだけの幻影として服を纏っているなら触れればゴルベーザさんの体や元々着ていた服の感触があるはずだ。でもそんな様子はない。
 さっきまで着ていた服はどこに消えたのか?

 でも“服を着たバルバリシアさん”に変身したのだし……とすると脱いだ“服”はどうなるのか……。
 そもそもゴルベーザさんの服は変身術の影響下にないはずだから“ゴルベーザさんの服を着たバルバリシアさん”になるはずでは。
 そんな風にわけが分からなくなってきたところで、唐突に服が消えた。
「わああっ!!」

 幸いにも全裸になったのは一瞬、すぐにパニックになって変身が解けたので元のゴルベーザさんの体に戻った。もちろん服は着ている。
「それが余計なことを考えるって状態だ」
「な、なるほど」
 よく分かりました。
 衣類や装飾品、能力まで変身術の範疇と考えるかどうか。そんな“余計なこと”を考えたら集中が乱れるのは当然だった。

「いいか、重要なのは想像力だ。“そこにそういう形で存在してる”って思い込みさえありゃ大体のことは何とかなる」
「大雑把なんですね」
「創造魔法は力業だ。だからそれができねえ精神魔法の方が難しいのさ」
「なるほど」

 黒魔法ひとつとってもそうだ。炎を想像し、その想像に魔力を与えてやれば現実に炎を創造することができる。
 でも精神魔法は相手の心に作用する術。己の想像力だけでは成り立たない。
 姿を真似るだけなら変身術でいいけれど、相手の能力をコピーするには精神魔法の素質も必要になりそうだ。

 こう考えればいい。変身術は“着ぐるみ”の中に入るんだ。
 あくまでも事前に想像した通りの姿を創造するのであって、服を着替えたりはできないし、しなくてもいい。
 全裸にもならない。
 余計なことを考えてはいけない。

 全裸ダメぜったいと自分に言い聞かせる私をカイナッツォさんが胡散臭そうに見つめていた。
「ふーん……」
「な、何ですか?」
「いやなに、人間には変身術なんか使えない、と思ってたんだがな」

 人間は自分の姿に確信を抱いている。この世に生まれた時点でその存在は確固たるものとなり『別の自分』を想像するのは難しくなるらしい。
 それはモンスターも同じで、ほとんど精霊に近い存在である四天王はまだしも、普通のモンスターには変身術なんて使えない。
 またプリンのような魔物なら定まった『自分』を持っていないから変身術を使う条件は整っているけれど、知能が足りないのだとか。

「ま、ユリの場合は既に他人の体に入っちまってるからなァ。精神が体の変化を受け入れやすくなってんじゃねえか?」
「それはあるかもしれませんね」
 私は“ゴルベーザ”に変身しているようなものだ。他人の肉体に変じるということを感覚的に知っている。
 ゴルベーザさんの肉体に入ってすぐは衝撃の連続だった。主にトイレとか、お風呂とかが。
 体験したことのない感覚に確信を持つのは確かに難しいだろう。

 これからは、よく知っている相手に限れば特定の人間に変身することもできそうだ。となると……。
 様々な悪事を働くにあたって、その汚名を背負う“ゴルベーザ”ではない人物を作るべきかとも思う。
 たとえば本来の“ユリ”だ。黒髪の小柄な娘、見た目も名前もまったく違う人物。
 いずれゴルベーザさんが帰ってきた時に過去の悪事の影響を受けずに済む。そして私も元の世界に帰るならばどんな悪名を負っても平気だ。

 でも……それをすると、自分が本当は何者なのか忘れてしまう気がした。
 ゴルベーザさんの体にいるから、数々の不便と不慣れがあるからこそ、私は彼と入れ替わった“ユリ”なのだと覚えていられる。
 慣れない男性の体に対する違和感と困惑が“本当の私”を忘れさせない。
 変身はあくまでも変身であり、それを本性の代わりにしてはいけないと思うのだ。

「カイナッツォさん、ありがとうございました。この魔法はいろいろと役立てさせていただきます」
「おうよ。じゃあ早速バロン王に化けて……」
「私は塔に帰りますね。お仕事がんばってください」
「おい、てめえ! 待てコラァ!!」
 できるかもしれないと言っただけで「替え玉をする」とは言ってない。
 話が違うと憤慨する声を聞きつつ急いでテレポを唱えた。
 申し訳ないけれど、私にはゴルベーザに変身し続けるという大切なお仕事が待っているのだ。


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