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🔖召喚
始まりは主人公が王命によりクリスタルを奪うところから。ユリはそう言っていた。
清廉潔白であったはずのバロン王の変化に戸惑い、疑念を抱いたセシルの心に離反への道が浮かび上がる。
そうしてセシルは自らの足で歩み始め、やがてはゴルベーザ様と敵対してクリスタルを守ろうとするようになるという。
セシルが攻め込むのは小さな魔道士の村だそうだ。
しかしそこには重要人物や設備が揃っているため、できるだけ被害を出さずにクリスタル奪取を終えさせねばならない。
クリスタルは莫大なエネルギーを秘めている。どの国とて容易く手放そうとはするまい。
もしも主人公、暗黒騎士セシルが飛空艇部隊を率いて村に侵攻すれば、まともな“戦争”になってしまうのは間違いなかった。それを避けねばならん。
我々の庇護が必要になる。魔道士どもを無力化し、セシルが速やかに、かつ穏便にクリスタルを奪えるようにするのだ。
“ゴルベーザ様”としての生活に慣れる傍ら、ユリが最初に行ったのは魔法の特訓だった。
その肉体には強力無比な魔道士たるゴルベーザ様の持つ魔力が犇めいている。
にもかかわらず、魔法のない世界からやって来たユリは魔力の使い方を知らなかった。
そこでバロン王国での滞在を余儀なくされているカイナッツォを除き、我ら四天王で彼女に魔法を叩き込むこととなった。
攻撃魔法はバルバリシアが、回復魔法はルビカンテが、そして精神に作用する魔法は私が担当している。
まあ、攻撃魔法とはいってもバルバリシアが教えるのは建物ごと崩壊させるかのような破壊魔法だけだが。
お陰で基礎的な魔法のほとんどを私が教えるはめになっている。
基本の三大魔法は各々得意な属性をユリに伝授する予定だった。
しかし雷と火はともかく氷の魔法はカイナッツォかその配下でなければ教えられない。
始めはゾットの塔とバロンを往復させていたが、日に何度も転移を繰り返させられてカイナッツォがキレた。以来、氷属性の魔法は特訓を中断している。
そのうちユリもバロンへ赴くことになる、その時に教わればいいだろう。
やらねばならないことは多いものの、想像力だけは豊かなようで、ユリはゴルベーザ様の習得している魔法を次々と使えるようになっていった。
些末な怪我ならばケアルで治せるほど成長したのには驚かされる。
「まさか回復魔法も使えるようになるとはな」
「ゴルベーザさんは使えなかったんですか?」
「ああ」
基本的に人間の能力では白魔法と黒魔法を同時に操れない。
有能な者ならばどちらも習得することはあり得るが、歳を経るにつれ魔力は変質し、より己に相応しい形へと収束してゆく。
成人しても両方の魔法を操れるのは賢者と呼ばれる極一握りの人間か、ヒトの皮を被ったモンスターだけだ。
ゴルベーザ様は賢者に匹敵する能力を有していたが、白魔法だけは絶対に唱えられなかった。
今にして思えばそれは暗黒より魔の手を伸ばすゼムス様の影響があったせいなのだろう。
ユリには月からの精神支配が届かない。だからゴルベーザ様には使えなかった魔法をも操れるのか。
あるいは、単にユリが“ヒトの皮を被ったモンスター”であるのかもしれない。
それにしても、明らかに別人と分かるとはいえ外面上ゴルベーザ様の姿をした相手に今さら魔法を教えるというのは、なにやら不敬な気がしてやりづらい。
ルビカンテなどはまったく気にせず、むしろ喜び勇んで猛特訓を行っていたが。お陰で今は微妙にユリから避けられている。
あいつは根っからの戦闘狂だ、おそらくユリが充分に力をつけたら毎日のように試合を申し込まれるだろう。
「……やはり白魔法はあまり習得しない方がいいかもしれんな」
「え?」
「ルビカンテに絡まれたくなければ」
回復魔法を使えれば、それだけ長時間の戦闘に耐え得るということだ。
私の言わんとしているところを察したらしく、ユリは眉尻を下げて助けを求めるようにこちらを見つめてくる。
……ゴルベーザ様の顔で情けない表情を浮かべるな。
基礎が終わったのでより高度な魔法へと手を伸ばす。強化や弱体、そして召喚魔法だ。
とは言うものの、実はこれらの魔法は召喚魔法ひとつで事足りる。
強化魔法も弱体魔法も呼び出した魔物に唱えさせれば自らの魔力は消費しなくて済むからだ。
四天王の中では魔力総量の少ない私だが、大量のアンデッドを呼び出すことで魔法の威力を補っている。
ユリは既に我々を“喚ぶ”ことができた。ならば他の魔物を召喚するのも簡単だ。
私が教えた姿を思い描きながら、ユリはゴルベーザ様の中から竜との繋がりを手繰り寄せる。
「こくりゅう……」
覚束なげに名を呟けば部屋の床に魔方陣が広がった。程なくして漆黒のドラゴンが顕現する。
黒竜はいつもと違う主の様子に戸惑い、ユリを注意深く眺めていた。
肉体がゴルベーザ様のものならば攻撃されることはない、とは思うが……念のため私も警戒しておく。
ところが、ユリの方を見ると黒竜の比ではなく衝撃を受けた様子で、両手で顔を覆いながら踞ってしまった。
そういえばユリの世界にはモンスターがいないと言っていたな。もしや黒竜を恐れているのか?
……いやしかし、私やカイナッツォに平気で接しているくせに竜を怖がる道理もないか。
「ユリ。動揺を見せるな」
いくら契約を結んでいるとはいえ召喚者が隙を見せれば敵対することもあり得るのだ。
まして黒竜を支配下に置いているのはユリではなくゴルベーザ様。このまま踞っていては侮られる。
なんとか立ち上がったものの、ユリは涙目で黒竜を見つめている。黒竜の方もすっかり警戒して訝しげにユリを睨んでいた。
「か……い……」
「おい、しっかりせんか。一体どうしたんだ?」
「か、か、かわいい……」
「……」
『……』
黒竜が緊張を解く気配を感じた。それとは別の意味で私も脱力してしまった。
モンスターに対しても物怖じしないヤツだと思っていたが、どうやらそれ以上だったらしい。ユリはドラゴンが好きなのだそうだ。
己の甲冑と同じ闇の輝きを持つ体に手を伸ばす。見知った主の姿をした別人に困惑を隠せない黒竜は、ユリの手をするりと逃れた。
「そうか、ゴルベーザさんに懐いてるんだね」
しかし黒竜は使役してもらわねばならない。ゴルベーザ様の守護はこの召喚獣が担っているのだ。
「君のお父さんはちょっとお出かけしてるんだ。帰ってくるまで私と一緒に遊ぼうね」
ユリは幼い子供に向けるような微笑を浮かべ、黒竜を手招いた。
戸惑いながらも誘われるまま近寄ってきた黒竜を優しく抱き止め、いい子いい子と頭を撫でる。
……ユリの歳がどれほどかは知らんが、黒竜は人間の寿命の倍近く生きている成竜だ。
それは完全に間違った態度だぞ……と、指摘するべきか迷ってやめた。
黒竜はユリを受け入れたようだった。「主とは少し違うけれどこの人間は自分を甘やかしてくれそうだ」という思考が滲み出ている。
若い雌ドラゴンである黒竜としてはユリを異種族の友人として認めたのかもしれない。
まあ、いい。私としてはゴルベーザ様の肉体さえ守護してくれるなら他のことはどうでもいい。
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