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🔖本質



 魔法訓練を終えて休息中、「聞きそびれていたんですけど」と前置いてユリが私に尋ねてきた。
「聖騎士……じゃなくて、パラディンになる試練を受ける場所ってどこなんですか?」
 思わず顔が強張った。炎のマントが音を立て激しく燃え上がる。ユリは顔を引き攣らせて仰け反った。

「なぜそれをわざわざ私に聞く?」
「バルバリシアさんが、ルビカンテさんなら知ってるはずだと言ってたので……な、なんで怒ってるんですか」
「バルバリシアだと?」
 てっきりカイナッツォかスカルミリョーネが余計なことを教えたのかと思ったのだが、意外な名前が出た。

 バルバリシアはそういった陰湿な嫌がらせはしない。あいつは私が気に入らなければ直接的な暴力で訴えてくるだろう。
 となればユリは別の理由があって尋ねているのか。
 ひとまず炎を抑えることに成功し、ユリが安堵の息を吐いた。

「ミシディアの近くにある試練の山。その頂上にある祠で試練を受け、己の過去に打ち勝てばパラディンとして認められる」
「試練を受けるから試練の山って、すごいそのまんまなネーミングですね」
 そういえば暗黒騎士の自分と戦うイベントがあった気がすると呟くユリは何も知らないようだ。
 ……杞憂だったか。しかし迂闊に掘り起こされるには不快な記憶だ。

「お前はこの“物語”を知っていると言うが、それはどこからどこまでを指すんだ?」
 もしも世界で起こる事象すべてを把握しているというなら神にも等しき存在となる。
 だがユリはおそらくあまり多くのことは知らないのだろうと思っている。

 不思議そうに首を傾げつつ彼女は言った。
「えっと、オープニングからエンディングまでなので、セシルが国を追われてからゼムスを倒すまでの間、ですね」
「それ以前のことは知らないのだな?」
「裏設定とかですか。ゲームで見れない話まではちょっと……自分でプレイしてたわけじゃないのでゲーム内容だってかなり曖昧ですし」
「そうか」
 よく分からないが、知らないのならべつにそれで構わない。
 ユリは嫌味ったらしくつつき回してくるような性格ではなさそうだが、カイナッツォたちが要らぬ話を吹き込まないよう注意しておかなければいけないな。

 なぜいきなりパラディンの話など始めたのかと思ったが、なんでもユリの知るシナリオではスカルミリョーネが試練の山で殺されるらしい。
「その場所さえ分かればセシルが来たタイミングで見張れますし。私もこっそり尾行して、いざとなったらスカルミリョーネさんを連れて逃げようかと」
 何の因果か誰ぞの皮肉か、このゲームとやらの主人公であるセシルはゴルベーザ様の弟だという。
 そして彼は試練に打ち勝ち、パラディンとなって我々の前に立ちはだかるのだ。
 私がなり損ねたパラディンに。

「ルビカンテさん?」
「……ああ、聞いているよ」
 一体どうすれば試練を乗り越えられたのか。興味がないと言えば嘘になる。
「どうせ逃がすつもりなら、最初からスカルミリョーネを向かわせなければいいじゃないか」
 でなければスカルミリョーネの代わりに私が行っても構わない。私の提案に、しかしユリは承諾しかねると首を振った。

 本来ならば“ゴルベーザ様”はセシルがパラディンになるのを阻むためにスカルミリョーネを送り込む。
 しかしセシルにクリスタルを集めさせるつもりのユリは、むしろ彼にパラディンとなってもらいたいらしい。
「ならば無闇に手を出さず、放っておけばいいのではないか?」
「いえ、ある程度は敵対しておくべきだと思います」
「ゴルベーザ様の弟なのに、か」
「いろいろシミュレーションしてみた結果、シナリオ通りに競い合いながらクリスタルを集めるのが一番効率的かなと」

 たとえば、スカルミリョーネもカイナッツォもバルバリシアも、そして私も主人公とは戦わないとする。
 セシルは我らを脅威と認識しなくなる。
 敵対意識が薄れればどうなるか。我々がクリスタルを集めても彼らは立ち向かって来なくなるかもしれない。追う理由がなくなるのだ。
 そしてセシルはゼムス様との対決にまで辿り着けない。
「なるほどな」
 我々はセシルたちにとって倒すべき悪であらねばならないのだ。その義憤をいずれゼムス様へと向けさせるためにも。

 ゴルベーザ様がなぜ弟であるセシルと離れていたのかは分からない。
 まだ精神の未熟な幼少時にゼムス様の支配を受けて、弟から引き離されたのかもしれない。
 兄弟で相争うのは、人間にとっては辛いことだろう。このままいけばゴルベーザ様は実の弟に強く憎まれることになるのだ。

 だから、バランスが大事だとユリは言う。
「少なくとも払拭できないほどの禍根は残さないつもりです」
「しかし彼らが危機感を覚える程度には悪行に励まねばならんというわけだな」
「難しいですね」
「困難な道ほど燃えるというものだ」
 弱敵に勝っても嬉しくはない。強者を倒してこその強者だ。

 つまりユリが命ずるのは「敵をうまく鍛えてやれ」ということだった。それは私の主義に反しない。むしろ望むところだ。
「ルビカンテさんがやる気を出してくれて嬉しいです」
 そう言って笑うのは確かにゴルベーザ様の顔だが、あの方はこんな表情を見せなかった。
 妙な具合だ。外見はゴルベーザ様にしか見えないのに、あの方ではあり得ない言動をする。
 精神魔法の心得があるカイナッツォやスカルミリョーネにはユリの本質に近いものが見えているようだ。これを期に私も精神魔法を鍛えるべきだろうか。

 新たな魔法が必要だ……そんな私の思考に寄り添うかのように、ユリもまた同じような言葉を吐いた。
「攻撃魔法はだいぶ覚えてきたので、他の魔法を覚えたいです」
「それもいいだろう。ゴルベーザ様の魔力があれば些末な補助魔法などあまり必要ではないが」
 強力無比の魔法で敵を翻弄し、相手の攻撃は転移で避けて撹乱してしまえばいい。
 プロテスやシェルをかけてまでわざわざ攻撃を喰らってやる意味はないのだ。しかし覚えておいて損もない。

 ユリはしばし思案げに俯き、ふとした思いつきを口にした。
「透明化とか分身とかの魔法ってありますか?」
「そのような術は発見されていない……が、新たな魔法を開発してみるのも面白いかもしれないな」
 あまり気は進まないがルゲイエと引き合わせてみよう。
 ユリの世界に魔法はないが、様々な物語に描かれるこの世界には存在しない術を知っている。二人で未知の魔法を開発することもできるだろう。

 私も、ゴルベーザ様の外見に引きずられることなくユリの精神を見るよう心がけることにする。
 ……あの外見で小動物じみた言動をされると混乱するんだ。
 本当のユリがどんな存在なのかを知れば、多少は違和感も和らぐかもしれない。


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