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🔖発覚



 重要任務の途中だということでカイナッツォさんはどこかへ去っていった。私は残った皆に必要な知識を教えてもらう。
 まず、彼ら四人はゴルベーザ四天王と呼ばれるこの陣営の幹部だった。それぞれに配下を増やして人間を脅かすのが仕事だ。
 中でもカイナッツォさんは変身能力を持っていて、今はバロンという国に潜入して一国まるごとゴルベーザさんの支配下におさめようとしているらしい。
 バロン王国は世界で唯一の飛空艇部隊を所持している武力国家で、そこをおさえれば世界征服も一気に簡単になるのだ。

 ゴルベーザさんの体にいるお陰か、あまり戸惑いもなく新しい知識を吸収できるのがありがたい。
 隣で世界観説明をしてくれているルビカンテさんに、更に尋ねた。
「私たちが今いるのは?」
「ゾットの塔だ。今はエブラーナ遠海に待機している」
「今は……って、えーと、海に浮いてるんですか?」
 質問の意図が分からなかったのか不思議そうな顔をしていたルビカンテさんは、ややあって何かに気づいたように頷いた。
「見た方が早いな。その窓から外を覗いてみるといい」

 言われるがまま窓に近寄り、外の景色を覗き込む。
 まさに絶景だった。
 空には太陽と兄弟のような二つの月が浮かんでいる。そして眼下には限りなく海が広がり、遠くの大陸には天を貫く巨大な塔が聳え立っているのが見えた。
 ゾットの塔は、海の上に建っているのではなかった。
 真下の海に巨大な影が映っている。塔の下部は途中で途切れている。この塔は、宙に、浮いていた。

「これも魔法の力なんですかね……」
「さてな。クリスタルのエネルギーを利用しているとも聞いたが」
 強大なエネルギーを秘めた不思議な石、クリスタルは人間を滅ぼすためにゴルベーザさんが集めようとしているものだ。
 これを使って、向こうに見えるバブイルの塔を起動させ、月から破壊の巨人を降ろす。バロンの機動力を欲しているのもそのためだった。

 なにかずっと喉元に引っかかっている言葉がある。
 このファンタジーゲームみたいな世界、ゴルベーザという名前、真昼の空に浮かぶ二つの月、そしてクリスタルというキーワード。
 窓に背を向けてルビカンテさんの目を見つめる。炎を見ると心が落ち着くけれど、その効果は彼を見ることでも発揮された。

「あのですね」
「何だ?」
「人間がHPを……ライフポイント……体力を取り戻したり、傷を癒したりするために飲む薬の名前は?」
 なおも怪訝そうな顔をしつつもルビカンテさんが答える。それはやっぱり、聞き覚えのあるアイテム名だった。
「ポーション、ハイポーション、エクスポーション、いろいろあるが。それがどうしたと言うんだ」

 知らない場所で目覚めた、という第一印象が強すぎて思いつかなかったのかもしれない。
「白魔法の基本はケアル。瀕死の人を回復するのはレイズ。三大黒魔法はファイア、ブリザド、サンダー、ですね?」
 ルビカンテさんは眉をひそめた。当然だ。異世界から来たはずの私が教えられてもいないこの世界のことを口にしたのだから。

「騙すつもりはなかったんですが、今、気づいたことがあるんです。……バルバリシアさんとスカルミリョーネさんを呼んでください」
 本当はゴルベーザという名前を聞いた時に気づくべきだった。
 でも仕方ない。私は、従姉がやってたのを横で見ていただけなんだから。

 広間に行くと、不在だったはずのカイナッツォさんまで戻っていた。話の重大性を察知してルビカンテさんが呼んでくれたらしい。
「行ったり来たりさせるなよ、面倒くせぇな」
「すみません、でも皆さんに聞いてもらわないといけない話があります」
 単にゴルベーザさんを呼び戻して心と体を元通りにすれば終わる話だと思っていた。でも、どうやらそれだけでは済まないようだ。

 私がいた世界にある物語。その内容を皆に説明する。主人公が“黒い甲冑ゴルベーザ”と戦って倒し、世界を救うという“物語”だ。
「ゴルベーザは八つのクリスタルを集め、人間を滅ぼそうとしている悪役で……、もしここがゲームの世界なら、私はこの先の展開を知っているみたいです」
 今、私は黒い甲冑を身につけていない。けれど塔の中にそれらしきものがあるのだろう。
 この荒唐無稽な話に四人とも「嘘つけ」とは言わなかった。

 それでも疑わしげに眉を寄せ、バルバリシアさんが尋ねる。
「この世界が作り物だと言いたいの? まあ、それはどうでもいいけれど。ゴルベーザ様が負けるというのは聞き捨てならないわ」
「正確にはちょっと違うんですけど。このゲームのラスボス……黒幕は、月にいるゼムスという存在です。ゴルベーザは彼に操られて人類滅亡を企んでいただけなんです」
 彼は逃げたのではないと結論づけていたけれど、話が変わってきた。

 スカルミリョーネさんが考え込みながら呟く。
「人類滅亡はゼムスとやらの望み、ならばゴルベーザ様は、支配を逃れるためにユリを呼んで自らの精神を異世界へ飛ばしたのか……?」
 私もそうじゃないかと思っている。
「ゼムスの支配が解けたゴルベーザは主人公と一緒にゼムスに立ち向かいます。“彼自身”が人類滅亡を望んでいないのは確かです。だって、」
 主人公の名を告げようとしたところ、また怒っているルビカンテさんに遮られた。

「そもそもお前の話が真実だとなぜ信じられる? ユリが同族である人間を滅ぼしたくないがために嘘を吐いているかもしれないだろう」
「私はこの世界の人間のこと、同族だとは思わないです。異世界の生き物という時点で魔物も人間も変わらないので」
 それは偽りのない本心なのでハッキリと言い切ることができた。ルビカンテさんも納得してくれたようだ。

 それにしてもこの人は、逃げるということが本当に嫌いらしい。
 敬愛するゴルベーザさんが自分の職務から逃げ出したと絶対に認めようとしない。
 もちろんルビカンテさん自身も、あらゆる運命から逃げようとはしないだろう。

 ゴルベーザさんが何を考えて私を呼んだのかは分からない。
 けれど、一つ気づいたことがある。ゴルベーザさんの記憶を探っているのは私だけではないんだ。
 これはおそらくゼムスの魔の手。やはりゴルベーザさんは、自分の精神を奪われないために防壁を築いていたんだ。
 そのせいで私まで彼の記憶を覗けないのは厄介な問題だけれど。

 改めて、四人に向き直る。
「皆さんはゼムスの意思に従って青き星の人間を滅ぼしたいですか?」
 ひとまず私は“ゴルベーザ”の役をやることになる。その最終目的をどうするかは目の前の彼らにかかっていた。
 彼らがゼムスではなくゴルベーザさんの本意に従うと言ってくれたら、ゼムスを倒してから彼を呼び戻せばいい。
 けれどもし彼らがゴルベーザさんではなくゼムスに従うと言ったら……私たちは主人公と戦わなければならない。

 あれだけゴルベーザさんを慕っているのだから大丈夫だと思ったのに、あっさり裏切ってくれたのはルビカンテさんだった。
「強者の意思が通るのは道理だ。ゴルベーザ様の裏で糸を引く、より上位の存在があったというなら、私はゼムス様の望みに従う」
 ルビカンテさんがゴルベーザさんに心酔していたのは彼が自分より強いから。
 となるとゴルベーザさんを操るほど強いゼムスにも繰り越し敬意が芽生えるらしい。なんて単純なんだ。

 助けを求めるようにカイナッツォさんに視線を移してみる。
「殺すも壊すも魔物の性から逸脱してねぇしな。人間を守れ、育てろって言われりゃ反発するが、全部殺せって話にわざわざ異を唱える気もねえよ」
 こっちもゼムスに仕えて問題ないらしい。むむむ……。

 私は劣勢だ。このままではゲームの中の“ゴルベーザ”と同じ道を進むことになる。それでは彼が逃げた意味がない。
「スカルミリョーネさんは?」
 若干、声が威圧的になってしまうのは仕方ないと思う。
「私の意思はゴルベーザ様と共にある」
「ゴルベーザさんはゼムスに反発して私の世界へ逃げました。彼の望みは明らかです」
「それは分かっている。……あの方が不在の今、私は魔物としてあるべき姿に戻るだけだ。人間と我々は最初から敵対関係にある」

 あからさまに落ち込む私を見てスカルミリョーネさんは「早とちりするな」と苦笑した。
「人間がおらねば私の配下は増えんのだ。ゴルベーザ様の命令もなく奴らの滅亡を目論みはしない。尤も、共存したいとも思わんがな」
「なるほど」
 やっと味方一人ゲット。

 更にスカルミリョーネさんはゼムス派についたカイナッツォさんの説得まで試みてくれた。
「カイナッツォ、貴様の望みは人間を殺すことか、それとも苦しめることか」
「……チッ。まあ滅ぼしちまうよりは生かさず殺さずの方が楽しいかもなァ? 俺はどっちでも構わねぇよ」
 ちょっとどうかと思う内容だけれど魔物なりの理屈でカイナッツォさんも納得してくれたようだ。

 そして最後の一人は黙ったまま私を見つめている。
「バルバリシアさん」
「なぜ我らの意見など聞こうとするの? お前はゼムスとやらに従いたくないのでしょう? ならば聞くことなどないはずよ」
「え? なぜって、だって私は、とりあえず今は暫定的に皆さんの上司にあたるわけですし。今後のことを決めるなら皆さんの望みも考慮しないと」

 自分のことだけ考えるならクリスタルもゼムスも関係ない、今すぐゴルベーザさんを連れ戻して「自分で片づけろ!」といって元の世界に帰るだけだ。
 でも、それじゃあ同じことの繰り返し。ゴルベーザさんはゼムスに操られ、世界の敵になる。そして四天王も死んでしまう。
 彼らを守れるのは今“ゴルベーザ”である私だ。だから、私がしっかり皆の意見をまとめないといけない。

 何がお気に召したのかは分からないけれど、私の言葉を聞いてバルバリシアさんは満面の笑みを浮かべた。
 ……体が男性だからだろうか、ちょっとトキメキを感じてしまった。
「私を“風のバルバリシア”と呼んだのはゴルベーザ様。あの方は自由に生きろと仰った。風の向くまま己の思うがままに生きよと。心を縛り、無理矢理に従わせるなど小者のすることよ」
 これで逆転。三人はゼムスではなくゴルベーザさんの意思を尊重してくれる。あとはルビカンテさんを説得するだけ。

 私も人間だ。たとえ異世界とはいえ人間を滅ぼすのはちょっと嫌だ。
 でも、見も知らない大多数の人間より目の前にいる彼らの方が大切だった。それが人間の心ってものだと思う。
 仲間とは、同胞とは、その思想や立場に拘わらず大切な存在のことを言うのだから。
 顔と名前を知った以上、私が守るべきは彼らなのだ。


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