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🔖困惑
朝、目が覚めたら見知らぬ場所にいたとか、自分が自分ではなくなっていたとか。
古今東西よくある“物語”だ。でもそれが物語におさまらず、いざ自分の身に起こってみると対処の仕方が分からない。
昨夜は何の予兆もなくいつも通りに就寝したと思う。けれど今日こうして目覚めてみると私は、知らない部屋で知らない人間になっていた。
えっと、まずは状況を整理しよう。
昨夜潜り込んだはずの使い古した愛用布団は豪華なベッドに変わり、見慣れた畳の和室も病院の一室のように無機質な部屋へと様変わりしている。
隣で寝ていた従姉の姿も見当たらない。
そして起き上がって確かめた私の体は、鏡がないので正確なところは分からないけれどかなり体格のいい男性のものに変化していた。正直これが一番の衝撃だ。
「一体どうなっ……」
自分のものとは思えない野太い声が出て言葉に詰まる。
混乱というよりは、ただ呆然とした。
夢でも見ているなら話は簡単だ。
しかしながら私はどんなにリアルな夢の中でもそれを夢と認識できるタイプなので、これが現実だということはしっかり自覚していた。
百歩譲って見知らぬ部屋で目覚めるのは、従姉か他の誰かの悪戯や寝起きドッキリだったり、悪くすると犯罪に巻き込まれたなどの可能性が考えられる。
けれど、この体の変化だけは人の所業で説明がつかない。
俯いた拍子に流れ落ちた髪は銀色だった。
浅黒い肌も筋肉モリモリな下半身も割れた腹筋もまったく知らない誰かの肉体。
にもかかわらず手も足もどこもかしこも私の意思で動かせる。やはりこれは私の体だ。でも、私の体じゃない……。
一体どうなっているのか。
とにかく確かなのは、なんだかとんでもない事態が起こっているということだ。
ベッドから立ち上がって見慣れない部屋の中をそろそろと歩いてみる。
なんだかぎこちない。痛みのない筋肉痛のような、奇妙な違和感が体につきまとう。
まるで……誰か別人の体を動かしているみたいな感覚だ。
ふと顔を上げる。
さっきまで確かに無人だった部屋に、燃え盛る男が立っていた。
いや、待って、燃えてるんですが……!
熱血しているとかじゃなくて本当に炎を纏って燃えている。人体発火だ。
でも彼はまったく落ち着いた様子で私を凝視している。
「あ、あの」
燃えてるけど大丈夫ですかと聞こうとして思い止まった。
この人、いやどう見ても人ではなさそうだけれど、もしかするとこの事態の原因かもしれないんだ。迂闊に言葉を発しない方がいい。
あちらから話しかけられるまで私がこの体の持ち主じゃないとはバレないように気をつけて、
「貴様は……誰だ? ゴルベーザ様ではないな」
あっ、すぐバレた。
燃えている彼はその炎と同じくらいギラギラした目で私を睨んでいた。
普段であれば「怒ってるのかな」と思うところだけれどなぜか今はハッキリと分かる。あれは殺気だ。
彼は私を殺そうとしているんだ。
なんとか落ち着いてもらわなければ。私だって、わけも分からないまま殺されたくない。
そういうわけで私は努めて冷静に聞き慣れない野太い声を発した。
「私は、ユリ。さっき目が覚めたらなぜかここにいて……こちらも混乱しています。ゴルベーザっていうのは、この人の、この体の持ち主の名前ですか?」
事態を把握できてないのはお互い様だ、ということを一生懸命アピールすると彼は少しだけ殺気を緩めた。
それでもまだ疑わしげな顔つきで私を観察している。何かを探すかのように。
返事はないけれど、これが“ゴルベーザ様”とやらの体なのは間違いないだろう。
様というからには目の前の彼よりも偉い人物らしい。それならたぶん、いきなり殺されることはないはずだ。
少し気がゆるんだ隙に彼は一瞬で距離を詰めてきて、私の胸ぐらを掴んで凄む。
「ゴルベーザ様に何をした」
前言撤回。この人、話が通じないかもしれない。いきなり殺されることも充分あり得る。
「何をするもなにも、それが誰か知らないし私も混乱してるって言ってるじゃないですか」
まずその手を離してもらいたい。彼の身を覆う炎は私を焦がそうと更に燃え盛っている。ずっと至近距離にいれば火傷では済まないと思う。
これが平気な彼は間違いなく人間じゃないな。焼死した人の幽霊とかだろうか?
青い瞳がじっと私を見つめている。掴み所がなくて、温度の高い炎をガラス玉の中に閉じ込めたみたいだ。
「……ついて来い」
「え?」
目の前にあった炎が消えた。部屋を見回しても彼の姿はどこにもない。
ついて来いと言うからにはどこかへ移動したのだろうけれど、普通に歩いてくれなければ私にはついて行きようがない。
途方に暮れていたら彼は唐突に戻ってきた。
何もない空間にいきなり現れる。さっき来た時もこうだったのか。これはいわゆるテレポートというやつ?
彼はボーッと立ち尽くしている私に憤慨した。
「なぜついて来ないんだ!」
「どうやってついて行けばいいのか分かりません」
「広間に転移すればいい」
「だから、それがどこかも転移とやらのやり方も知らないんですってば」
苛立ちをあらわにしつつも彼が私に向かって手を翳す。足元に魔方陣のようなものが浮かび上がる。
強烈な光に思わず目を閉じて、再び開けた時にはまた景色が一変していた。
何もない部屋。広間、ね。
そこに先程の彼を含めた四人の……いや、四体の生き物が並んでいる。
ローブを被った顔の見えない人影。大きさからして人間じゃない。
それから甲羅を背負った青い肌の男。まったくもって人間じゃない。
その隣にいる異様に髪の長い絶世の美女は人間の形をしているけれど、宙に浮いているからやっぱり人間ではなさそうだ。
最後に相変わらず燃えている彼。
早く事態を解決したいのに、どんどんわけが分からなくなっていく。
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