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🔖残り物には何がある?
銀雪のガガゼトを再び越える。人影がひとつ足りない。
ジェクトは……もういない。
彼がいないと静かだった。雪にすべての言葉を吸い取られてしまったみたいに三人ともしゃべらない。
機械のように黙って手足を動かすだけだった。
ザナルカンドより帰還したブラスカをロンゾ族の祝福が迎え、そしてナギ平原へと送り出された。
平原の端、身投げする者を待っているかのような崖の突端にブラスカが立つ。
行きは魔物だらけで苦労したのに今日は平和そのものだった。
「さあ……始めよう」
ブラスカが舞うごとに幻光虫が形を成してゆく。僕の周りに集まっていた光もまとめて空へ……究極召喚獣が姿を現した。
浅黒い肌に刻まれたチームのロゴマーク、バンダナと大剣。
端々に残されたジェクトの面影のなか、違っていたのは灰色の鬣だった。
僕の髪と同じ色。
強大な気配に誘われてシンが降り立った。
そこから先はもう……僕らにできることなど何もなかった。
激戦の後、異界送りもされず消えるブラスカの遺体を呆然と見送って、僕とアーロンはしばらく黙り込んでいた。
ブラスカが望みを果たす、この日を待ち望んでいたはずなのに。もう一度シンに会えたら何か思い出すような気がしていたのに。
もしジェクトがいてくれたならこんな気分にはならなかった。
もし祈り子になったのが僕ならば、こんな想いをしなくても済んだのに。
「これから……どうするの?」
「ああ……」
小さな声はため息に似ていた。
アーロンは不意に思い出したように顔を上げた。
「ベベルに行かねばならん。ブラスカ様に頼まれたんだ。ユウナを、ビサイドに連れて行ってほしいと」
「そっか。いいかもしれないね」
あの南にある小さな田舎はベベルよりもずっと暖かかった。
しかし、とアーロンは首を振る。
「俺は、もう一度ザナルカンドに行く。ユウナレスカ様に会うために」
「……どうして?」
「あの二人の犠牲でシンは倒された。これで……スピラは救われたのか。確かめに行く」
僕も一緒に行くと言うつもりで口を開き、言葉が出てこなかった。
どうしてもユウナレスカの強固な態度を思い出してしまう。
ザナルカンドに足を踏み入れることは許さない、立ち去れ、彼女の言葉が頭をぐるぐるまわっている。
そして僕がジェクトを最後に見た時の、彼女から向けられた視線。
理不尽な扱いを受けたと思う。けれど腹は立たなかった。
彼女が悲しい想いをするのだとしたら、僕はザナルカンドには行けない。
ついて行かないと僕が告げるとアーロンは静かに頷いた。
「どのみちお前には、先にベベルに行ってほしいと思っていたんだ。……無事にガガゼトを往復できる保証はないからな」
「縁起でもないこと言わないでよ」
このままアーロンまでいなくなってしまったら、僕は……。
ユウナ。あの子はどうしているだろう。
じきにシンが倒されたという報せがベベルに届くだろう。
ナギ節の訪れと同時に彼女は父親の死を知らされるんだ。
「僕……ベベルには行くけど、ユウナを連れては行かないよ。それはアーロンが頼まれたんだから」
「……そうだな。分かった」
ではベベルで待っていてくれと言い残し、彼は再び北へと旅立った。
アーロンの姿が見えなくなると僕はベベルを目指した。
なんだか、ザナルカンドを発ってからずっと感情に蓋がしてあるみたいだ。
記憶の向こうに悲しみが満ちているのにそこまで手が届かない、そんな気がする。
グレート=ブリッジからシンが消えるところが見えたのか、ベベルの街はすでにお祭り騒ぎだった。
歓喜に沸く人々の間を抜けてまっすぐにブラスカの家を目指す。
ユウナが一人きりで僕を出迎えてくれた。
「おかえり、リツ!」
「……ただいま」
君は知ってるんだな。ぜんぶ、分かってるんだ。
それからしばらくの間、僕はユウナを寺院に引き取ろうと押しかけてくる僧官を追い払ったりしながらブラスカの家で過ごした。
ユウナは明るく振る舞っていた。少なくとも僕の前で、一度も涙を見せなかった。
泣いたら父親の死を認めてしまう気がするのだろうか。
早くビサイドに行けたらいいのに。明るく暖かな日が射す砂浜。ユウナの笑顔はあの場所で見た方がきっと可愛らしい。
でも、アーロンは現れなかった。
連日続いている祝祭の途中でロンゾ族の少年がユウナを訪ねてきた。
死にゆく者の願いだと彼は言った。
キマリと名乗る彼に連れられて、ユウナはベベルを出ていった。
僕も……どこかへ行かなくちゃ。居場所も帰る場所もないのだから自分で探さなくてはいけない。
そう、ルカの街へでも行こうかな。あそこには寺院がないから落ち着くと思う。
ブリッツの選手を目指すのもいいかもしれない。そしていつか僕も異界に行ったら、ブラスカたちに話そう。
ルカ・ゴワーズは強豪チームだっていうから精々補欠にしかなれないかもしれないけれど。
きっとジェクトは「おめえは雑魚だからな」と笑うだろう。俺様のようにはなれないと。
そしてアーロンがその不器用な言い様に呆れ、怒り、ブラスカが嗜める。
……そんな日がいつかまたきっと、来たらいいのに。
満たされたような気になっていただけで僕は何も手に入れていなかったんだ。
だから彼らがいなくなった途端、また空っぽになってしまった。
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