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🔖選択肢は三つ



 ビサイドに向かう旅は正直なところ楽しかった。
 見るものすべてが新鮮で、だんだん太陽が明るくなって、暖かいところを目指していたから。
 でも帰りは全然違っていた。見てきたものすべてに別れを告げる旅。
 ルカを最後に喧騒から離れ、暗い雷平原を越えてもマカラーニャの深い森が続き、ようやく森を抜けたら身を突き刺すような雪原の寒さ。
 特にナギ平原を越えてからは一歩ごとに空気が冷たくなるようで……。

 黙々とガガゼトを踏破し、ザナルカンドの地に辿り着いた僕らを迎えたのは死人の僧官だった。
『長き旅路を歩む者よ。名乗りなさい』
「……召喚士ブラスカ。ベベルより参りました」
 ブラスカの顔をじっくりと見つめ、その死人は優しく微笑んだ。
『ユウナレスカ様もそなたらを歓迎するであろう。さあ、ユウナレスカ様の御許に向かうがよい』
 そう言うと彼は他の幻たちのように淡く消えていった。

「ユウナレスカ……」
 その名前を反芻すると、今まで鼓動を忘れていたかのように心臓が強く脈打った。
「召喚術の始祖と呼ばれる女性だ。……ユウナの名は彼女からいただいたんだよ」
「しかし『ユウナレスカ様も歓迎する』とは一体? 彼女は千年も前に生きた人物のはずでは……」
 謎めいた僧官の言葉に戸惑い、僕たちは立ち止まってしまった。

「なあ、ブラスカ。やめてもいいんだぞ」
 ガガゼトでロンゾ族に見送られた頃からアーロンは何度か旅の中止を提案していた。ジェクトがそれを口にしたのは初めてだった気がする。
「気持ちだけ受け取っておこう」
 これまでと同じように、ブラスカは笑って答えた。承諾する気はないということだ。
「わーったよ! もう言わねえよ……」
 肩を竦めてジェクトが再び足を進める。ブラスカもその後に続いた。

「……アーロン?」
 ついて来ない彼に声をかける。アーロンは俯いたまま絞り出すように叫んだ。
「俺は……何度でも言います! ブラスカ様、帰りましょう! あなたが死ぬのは、嫌だ……」
「君も覚悟していたはずじゃないか」
「あの時は……どうかしていました」
 駄々を捏ねる子供みたいに。こんなアーロンは、見たことがない。

 ブラスカは振り向くことなく、強いて明るく笑った。
「私のために悲しんでくれるのは嬉しいが、私はその悲しみを消しに行くんだ。スピラを覆う死の悲しみを消しにね。分かってくれ」

 悲しみを消しに。
 悲しみを忘れて……。
 もう二度とこのような想いをせぬために。


 遺跡群の中央にブリッツスタジアムのようなドームがあり、中に祈り子像が安置されていた。
 でもベベルで見たものとは違う。その像は抜け殻だった。またしても僧官が現れ、どことなく遠い声で語る。
『史上初めて究極召喚の祈り子となったゼイオン様の御姿を留める像。ゼイオン様は、もう……消えてしまわれた』
「消えた?」
「どういうこった? ここに来りゃ究極召喚がもらえるんじゃねえのかよ!」
 憤慨するジェクトに、僧官は先ほどと同じ言葉を繰り返すだけだった。
『奥に進むがよい。ユウナレスカ様の御許へ……』
 まただ。ユウナレスカという名を聞くたびに心のどこかが反応する。


 祈り子の間よりも更に奥へと進む。無数の幻光虫が集まってきて人の形を作り出した。
 銀色の髪と抜けるように白い肌。しかし確固たる存在感を持って彼女はそこに現れた。
『ようこそザナルカンドへ。長い旅路を越え、よくぞ辿り着きましたね』
 死人……、そう驚くブラスカたちよりもなお、ユウナレスカの方が瞠目していた。
 彼女の視線は縫いつけられるように僕を射た。

『なぜあなたがここに』
「……え」
『ザナルカンドに足を踏み入れることはなりません。元いた場所に帰りなさい!』
 激昂といって差し支えないほど、ユウナレスカは怒りに震えていた。周囲の幻光虫がざわざわと揺れる。
 どうしてそんな目で僕を睨むんだろう。

 こちらの困惑を感じたのか、ブラスカに目を向けたところでユウナレスカは落ち着きを取り戻した。
『召喚士ブラスカ、あなたに大いなる祝福を授けましょう。我が奇跡……究極召喚を。あなたの祈り子を選びなさい』
「祈り子を、選ぶ?」
『選ばれし勇士を一人。あなたの究極召喚の祈り子へと変えるのです』
 ブラスカが僕たちを振り向いた。アーロン、ジェクトに、僕。長い旅を共にしてきた召喚士のガード。

『想いの力、絆の力。その結晶こそが究極召喚……。召喚士と強く結ばれた想いの絆が、シンを倒す光となるのです。私は……』
 ユウナレスカが俯くと、銀の髪が悲しげに揺れた。
 初対面でいきなり罵られたにもかかわらず、彼女が悲しむのは嫌だ、そんな想いが湧いてくる。
『千年前……私は、我が夫、ゼイオンを選びました。彼を祈り子に変え、私だけの究極召喚を得たのです』

 究極召喚を使えば召喚士は命を落とす。そして祈り子となったガードも同様に。
 ブラスカは顔を蒼白にしながらもまっすぐにユウナレスカを見つめた。
「少し、お時間をいただきたい」
『考えなさい。しかし恐れることはありません。命が消えるその時に、あらゆる悲しみもまた消え去るのです』


 その場を少し離れ、アーロンが切羽詰まったように叫んだ。
「まだ間に合う。ベベルに帰りましょう!」
「私が帰ったら誰がシンを倒すんだ。他の召喚士と、そのガードが同じ想いを味わうだけじゃないか」
「それは……、しかし何か、きっと何か方法があるはずです!」
「でも今は何もねぇんだろ」
 どこか投げ遣りな調子のジェクトの言葉にアーロンも歯噛みする。

 べつに、考える必要なんてない。
「僕が祈り子になるよ」
「リツ……」
 ブラスカは迷っているようだった。そこへジェクトが割り込んでくる。
「いや、祈り子には俺がなる。おめえみたいなガキを見送っちゃあ、寝覚めが悪ぃからな」
「それを言うならジェクトこそ、奥さんと子供を置き去りにするなんてダメだ」
 家族のことを言えばジェクトは言葉に詰まった。
「僕は……居場所も帰る場所もない。だから僕を選んで、ブラスカ」

 だけどブラスカが口を開いた瞬間、思いもよらないところから怒声が飛んできた。
『あなたは究極召喚に相応しくありません』
「……な、」
 なんでそんなことをあなたに言われなくちゃいけないんだ、と……言い返す暇もない。
『立ち去りなさい!!』
 ユウナレスカは僕を視界に入れたくもないというように顔を背けてしまった。

 一瞬、唖然としていたブラスカが気を取り直した。
「お言葉ですが、ユウナレスカ様。リツは立派な私のガードです」
『なれば、召喚士よ。共にこの地を去るのです。その者を祈り子に選ぶことは許しません』
「私はリツを選びません」
「ブラスカ!」
 僕の方を見ることなく、ブラスカはアーロンに目をやった。
「リツを頼むよ」
「……は、い」
 そんなのは狡い。
 僕を止めるためにアーロンを使い、アーロンに諦めさせるために僕を使うなんて。狡いよ……。

「ジェクト、共に来てくれるか」
「聞くんじゃねえ。俺はザナルカンドに来た。おめえはシンを倒す。最初からそういう話だったろ」
「……ありがとう」
 自分でも何を言おうとしたのか分からない。なんでもいいから二人を止めたかった。
 でもアーロンが僕の腕を掴み、振り返って彼の苦しげな表情を見たら、何も言えなくなってしまった。

 僕らを見てジェクトが仕方ないやつらだと息を吐く。
「俺の夢は、あのチビを一流の選手に育てることだ。テッペンからの眺めってやつを見せてやりたくてよ。でもな……どうやら俺は、ウチにゃ帰れねぇらしい」
 家族に二度と会えない。ならば夢は終わりだと明るく笑う。
「……だからよ、俺は祈り子になってみるぜ。ブラスカと一緒にシンと戦ってやらあ。そうすれば俺の人生にも意味ができるってもんよ」

 握り締めすぎた拳が痛い。ジェクトの気持ちが分かる。だからこそ彼を行かせたくなかった。
『決まりましたか。召喚士ブラスカ』
「はい、ユウナレスカ様」
「待ってよ! どうして僕じゃいけないんだ。なんであなたが決めるんだ!?」
『……究極召喚は絆の力。確固たる己も持たぬ者には過ぎたる術です』
「僕は……」
 自分が何者かも分からない。だから、ブラスカのために命を擲つ資格もない、と?

 僕の腕を掴むアーロンの指に力が籠った。
「自棄になるな! 生きていれば……生きていれば無限の可能性があんたを待っているんだ!」
「自棄じゃねぇ! 俺なりに考えたことだ」
 ブラスカはビサイドでジェクトに召喚士のことを話していた。その時に、もう決めていたのだろうか。全部二人で話し合っていたのだろうか。
 どうして僕らに言ってくれなかったんだ。若すぎるから? 無力だから?
「僕だって、あなたを守りたい……」

 怒りと悲しみで熱くなっていたせいか、頬を伝う涙は生温かった。
 ブラスカは背を向けた。
「帰る場所がないというのなら、これから君はどこへだって行けるんだ」
 そしてジェクトも。
「おめえら、俺の分までブラスカを守れよ」
 いやだ、いやだ、何もできずに失うなんて。大人の都合と同情でただ守られているなど真っ平だ。
 僕は、この身の犠牲など厭わないのに。

 僕が見上げるとアーロンは固く目を閉じ、俯いた。
「ブラスカ様! ジェクト!」
「まだなんかあんのかぁ!?」
 目を開き、苦々しさを隠しもせずアーロンが言い募る。
「シンは蘇る……短いナギ節のあとで、また復活してしまうんだ! このままでは二人とも無駄死にだぞ!」
 終わりのない死の螺旋。そんな言葉が頭に浮かんだ時、ユウナレスカと目が合った。彼女は……痛ましげに僕を見ていた。

「私たちは皆、為すべきことを為すだけだ。今度こそシンは復活しないかもしれない。賭けてみるさ」
「ブラスカ様……」
「ま、心配すんな。このジェクト様がなんとかしてやる」
 大口を叩くジェクトに視線が集まった。
「無限の可能性ってやつに期待すっか!」
 根拠も何もない言葉に返事をしたのは意外にもユウナレスカだった。
『……期待していますよ。さあ、召喚士と共に、こちらへ……我が奇跡を授けましょう』

 眩いばかりに幻光虫が集まり、僕らの間を隔てる壁となった。
 僕でもよかった。アーロンでもよかった。どうしてジェクトを選んだんだよ。
 僕を犠牲にするべきだった。でなければ引き返すこともできた。なのにブラスカは、ジェクトと己の命を捧げることを選んだ。
 どうして……?


 あなたは生きて。
 どうか君だけは無事で。
 たとえすべてを忘れても私たちはあなたを見守っているから。


🔖


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